第23話 美しき宝石は強敵

 出立の日はいよいよ明日ということもあって、わたしの城・荊城ドルンブルグで寛いでいるお母様ゲェルセミの姿が見られますわ。


 お母様は体があまり丈夫ではないですから、転移門を潜る際に酔いに似た症状が出るのもあって、頻繁には行き来が出来ませんの。

 だから、来た時は暫くの間、滞在してくれるのですけども。


 今回は娘の晴れ舞台だからなのか、お母様は相当に気合を入れてますわ。

 気合を入れるところが何か、違う気が……。


「リーちゃん。大事な式だから、おめかしをしないといけないわ」

「あのお母様」

「このドレスの方がいいんじゃない? それともこれ?」

「えっと、だから……お母様」

「リーちゃんにはあのドレスの方が似合うかしらね」


 お手上げですわ~。

 お母様はわたしの声が聞こえていないのではなくて?

 もしも~し?


「お母様。残念ながら、そのようなクラシカルなドレスでは道中が移動しにくいですわ」

「え~、そうなの? リーちゃん、歩いて行くの?」

「あっ……歩いてはいかないですけど?」

「じゃあ、このドレスでいいじゃない?」


 この堂々巡りのドレス選びにかれこれ、数時間付き合っていると疲れるのですわ。

 お母様の選ぶドレスがまた、舞踏会にでも出れそうな気合の入ったものばかりなんですもの。


 外を歩くのには全く、向いてませんの。

 ましてや、道中に何があるのか、分からないですわ。

 ニブルヘイムはそれなりに危険な地ですけれど、余程、分かっていないモノでない限り、わたしに手を出そうとする愚か者はいないでしょう。


 それにレオに告白されましたの!

 彼はわたしを守ってくれると……え?

 どういう手を使って、純粋な子を騙したか、ですって?

 わたし、そのような卑劣な真似はしてませんわ。

 「リーナはお姫様なんだよね?」と聞かれたので「そうですわ」と正直に答えただけですもの。

 スカージに姫様と呼ばれていますし、嘘ではありませんでしょう?


 それに彼は「僕は勇者だから、お姫様を守るんだ」と妙に大人びた顔で言いましたわ。

 これは愛の告白ですわ。

 あまりにも素敵だったから、つい「う、うん」となるべくか弱く見えるように返事をしておきましたけど、問題ありませんでしょう?

 ええ、ないですわ。


「ねえ。リーちゃん。例の子を気に入ったのね。良かったわ」

「え? は、はい。気に入ったような? 気に入ってないような?」

「うんうん。つまり、気に入ったのね。このドレスにしましょうね」

「はぁい……」


 ダメですわね。

 なぜか、勝てる気がしませんわ。

 結局、お母さまに押し切られる形で明日、着る衣装が決まってしまいましたの。

 まず、素肌に羽織るのはシルクの白いローブですわ。

 素肌というのはそのままの意味でしてよ。

 何も着ないでローブですわ。

 下着もダメなのですって……何の罰なのかしら?

 その上から、気休めのように薄い桃色のケープを羽織りますの。

 このケープは生地が薄くて、透けてますわ。

 実質、防御力はないに等しいですわね。


 レオが何の邪気も無い純粋な子だから、いいですけど危ないですわ。

 ええ。

 分かってますのよ?

 呪術的な防御が施されていることは分かってますわ。

 分かりにくいように小さな魔石を装飾エングレービングに紛らせてあるんですもの。


「お母様。これは短すぎると思いますわ」

「見えそうで見えないから、大丈夫よ」

「歩いたら、見えそうで……」

「どうせ、そんなに歩かないでしょ」

「そうなのですけど……」


 儀式が行われるのは『運命の泉』。

 またの名はの『ミーミルの泉」。

 首を斬られた知恵の巨人ミーミルの放置された胴体から、流れ出た血が貯まり、源泉になったという伝承で知られる曰く付きの泉ですわ。

 お祖父様が片目と引き換えに知識を得た『ミーミルの泉』とは全く、違うものでしてよ。

 でも、簡単に行けるように近くに転移門を設置済みですのよね。

 お母様にも知られていたとは不覚ですわ~。


「これでバッチリね。その小っちゃい子はメロメロよ」


 そう言って、ケラケラと笑うお母様は無邪気なかわいらしい少女にしか、見えませんわ。

 もしかして、わたしが儀式は厳かな物と勝手に思っているだけですの?

 本当は違うのかしら?


 勇者ではなく、婿を確保するのが本当の目的ですの?

 そんなはずがないのですけど……。

 おかしいですわ。


 でも、これだけは言わせてくださいな。


「小っちゃい子ではなくて、小さな勇者様ですわ!」

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