閑話 勇者マグニ・激突! 黒獅子VS石の巨人

「やめろっー!」


 竪杵がセベクの頭へと振り下ろされる寸前、ルングニルの巨体が大きく揺らぎ、体勢を崩したのだ。

 がら空きになっていた右の脇腹に強烈な蹴りの一撃を喰らったのが原因だった。


「父さんやみんなに酷いことをしたな。絶対に許さないぞ」

「馬鹿な……俺の体が!?」


 セベク達を庇うように仁王立ちしたレオニードの表情に元気で優しい子供だった時の面影はない。

 紅玉ルビーの色をした瞳は薄っすらと妖しい光を帯びており、彼自身の体もぼんやりとした燐光に覆われていた。


 突然の衝撃に大地に倒れた石の巨人ルングニルはようやく立ち上がると僅かに崩壊しつつある右脇腹の損傷部に愕然としていた。

 自身の体の硬度は並大抵の武器では傷つかない。

 そう信じて疑わなかったルングニルの自信が根底から、揺らぎつつあった。


「おのれ、小僧! 許さんぞ!」

「それはこっちの台詞だ!」


 大地を力強く蹴ったレオニードは一瞬でルングニルとの間合いに詰め寄るとその膝に向け、赤い燐光を帯びた右の拳を突き出す。

 硬い岩にしか見えないルングニルの膝に大きなひびが入り、途端にバランスを崩しかけた。

 しかし、そこで完全に崩れることなく、体勢を無理矢理立て直す。

 それは巨人としてのさがが成せる業だったのかもしれない。

 竪杵をいささか無謀とも言える乱暴な振り回し方で間合いに詰めていたレオニードが離れざるを得ない状況を作り出した。


「くそっ! 近付けない」

「どうした? どうした? オラオラ」


 十歳程度の子供の身の丈しかないレオニードと三メートルという巨躯に加え、長い竪杵を振り回すルングニル。

 明らかに見て取れるリーチの差により、いつしか、レオニードは回避に徹しなくてはいけない防戦に追い込まれていた。

 駆け回り、飛び退りながら、ルングニルの竪杵の一撃を避けているレオニードだが、体力には限界がある。


「レオ! これを使え!!」


 その時、右腕しか使えないセベクが自身の持っていた直剣をレオニードに向けて、投擲したのだ。

 レオニードはセベクが利き腕ではない腕で投げたとは思えない速度で飛んでくる直剣を難なく、受け取る。


「ありがとう。父さん!」


 レオニードは受け取った剣を左手で鞘を持ち、右手は柄にかける独特の姿勢に入った。

 腰は低く屈め、前に出した右足のやや膝を曲げながら、左足を膝を地面スレスレの位置まで後ろに伸ばした奇妙な姿勢だ。

 精神を統一するように両目を閉じ、呼吸を整える。


「なめるな! 小僧が!」


 その様子が自分を馬鹿にしていると捉えたルングニルはさらに激高し、大きく竪杵を振り上げて、空気が唸るほどの勢いを持って、レオニードに向けて、振り下ろした。


「今だっ!」


 瞬間、カッと目を見開いたレオニードが柄にかけていた右手に力を籠め、一気に抜刀する。

 独特の姿勢から、貯めていた力を一瞬の爆発的な力へと変換した一閃が竪杵を真っ二つに切り裂いていた。

 まるで雷光が轟いたような一瞬の煌き。

 ルングニルの巨体がグラリと揺らぎ、仰向けに大地に伏した。

 小さな勇者が誕生した瞬間である。




 名も無き島で起きた一連の動きを遥か離れた地で見ている者がいた。

 虹の橋ビフレストの袂に住む神々の番人ヘイムダルだった。

 彼には特殊な力がある。

 世界各地で起きている事象をどこにいても見ることが出来るのだ。


 起こした焚火の側に腰掛けているヘイムダルの瞳は金色の輝きを放っている。

 彼が世界を見ている時はいつも、こうだった。


「ついに見つけましたよ。しかし、本当にいいんですか?」

「ああ。運命じゃよ。あの子らが出会うのは運命じゃ。それでは行くとするかのう」


 ヘイムダルの向かいに腰掛けていた黒尽くめの隻眼の老人が重い腰を上げるとつばの広い黒の三角帽を目深に被った。

 神々の様々な思惑が絡み合い、ニブルヘイムにも黒い影を落とそうとしていることに気付く者は誰もいない。

 全てを識るオーディンであろうとも……。

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