閑話 悪役令嬢奇譚4
悪役令嬢と罵られ、身分を剥奪され、最果ての地ニブルヘイムに送られたアグネス・クリスティン・ジョーレーがどうなったのか?
残念なことに公式の記録ではその後の彼女の足取りは杳として知れない。
これは彼女とともに送られた者達についても同様である。
アグネスの父マーカスと母グロリア。
そして、ドローレス・ツイタルネン。
モーリス・ブナンダヨ・スデズク前ゲメトー国王とモニカ・ブナノヨ・スデズク前ゲメトー王妃。
ニブルヘイムまでの長い旅路に疲れ果て、憔悴した姿の彼らを
この
固く閉ざされたこの地獄門が開く時、世界の終わりが始まるとされている。
呪われた軍勢が神々への復讐の為に
そうならないようにと門を監視している勇敢な神――神々の番人ヘイムダルが
この神は人間の愚かな所業を前に何を考えているのか?
それは誰にも分からない。
「人間てえのは酷えことをするもんだな」
「しょうでしゅわね。ヘムヘム」
「お前……また、勝手に出てきやがったか。そのヘムヘムというのはやめろ」
「でも、ヘムヘムはヘムヘムでしゅわ」
「でしゅ~でしゅ~」
肩まで伸ばした金色の髪を適当に紐で結わいた青年は不機嫌さを隠そうともせず、やや乱暴に頭を搔きむしると胡乱な視線を声の主が座っている切り株へと向けた。
無精髭を生やし、身なりもみすぼらしいものだが整った顔立ちと佇まいは只者ではないと感じさせるのに十分なものだ。
「しゅて子もしゅて犬もしゅて猫も……しゅてドラゴンもダメでしゅわ」
「しゅわ~しゅわ~」
「うるさいぞ。お前ら」
切り株にちょこんと腰掛けているのは陽光に煌めく白金色の髪をそよ風に靡かせる小さな女の子だった。
その頭の上には小さな羽が生えた蜥蜴のような生き物が鎮座している。
妙な合いの手を入れているのはどうやら、その蜥蜴のようだ。
「でも、あの門をちゅくったのはあたちでしゅわ」
「しゅわしゅわ~」
「そういう問題じゃねえだろうよ」
「門は七ちゅありゅから、大丈夫でしゅわ」
「ありゅ~ありゅ~」
青年はついには頭を抱え込み、思考をやめることにした。
「あのな。俺はお前らが出て行かないように見張るのが仕事だってことを忘れてねえか?」
「でも! でも! だってぇ! おかあちゃまがヘムヘムはおもしゅろいお話してくれるって、言ったもの」
「もの~もの~」
「分かった。分かったから、その『でもでもだって』は止めろ。いいな?」
少女はそれまで、じっと青年を見つめていた視線を慌てて逸らすとあらぬ方向を見て、誤魔化そうとする。
『でもでもだって』を止める気は当分、ないらしい。
「じゃあ、止めるから、あの人達をもりゃってもいい?」
「いい? いい?」
「あ、ああ。構わないが……」
青年は諦めたように両手を上げ、降参した。
青年には何かを思いつき、目を輝かせながら、お願いをしてくる小さな女の子を突き放せる酷薄さがなかったのだ。
「ありがとう。ヘイムダル」
飛び去って行く漆黒の幼竜の姿を遥か遠くに見やりながら、青年は大きな溜息を吐くと先程まで少女が腰掛けていた切り株に腰を下ろした。
「全く……疲れる母娘だぜ」
そうぼやいているものの青年の顔は僅かに綻んでいる。
満ち足りたように暫く、呆けていた青年だがやがて、何かを思い出したかのようにのっそりと動き出すのだった。
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