第57話 二人の覚悟
カイトを阻む壁も消え去りカイトが私の元へと駆け寄ってくる。
そんなカイトに私は言った。
「私の存在ってなんなんだろう。人でもなければ竜でもない。こんな状態でこれから先、生きていけるのかな?お母さんやお父さんにだってなんて説明すればいいの、もし受け入れてもらえなかったら私」
すすり泣く私にカイトは言った。
「アサはアサだ、君が君であることにかわりなんてないじゃないか?俺の目には何も変わったようには見えないよ。まだ出会ったばかりの俺がいうんだ、長年一緒にいた両親ならこんな事でアサのことを嫌いになったりするもんか」
「本当にそうかな?」
「ああそうだとも」
「さぁ帰ろう、君はこんな悲しい現実を見てはいけない。砲弾の音の聞こえぬ地へ、緑豊かなで、川のせせらぎが聞こえるような、そんなのどかで穏やかな空気のすんだ地へ行こう」
カイトが私に手を伸ばす。カイトの差し出された手に私は手を伸ばそうとするが、途中で手を止めた。
「アサ?」
拒絶された事への恐怖かカイトの声と腕が震えている。
しばしの沈黙の後、私はうつ向けた顔を上げ穏やかな口調で言った。
「カイト私はね、カイトのいったような世界好きだよ」
その言葉は私なりにカイトにありがとうという意味をこめた。
「でもね、見ないふりなんてできない。知らないほうが幸せなことだって分かってる。でも私は知っておきたいの、私の生きるこの世界のことを。
世界は何処までも続いてる。私の知らないことがまだたくさんあるはずだわ」
その言葉を口にしたアサの目は力強くどこまで真っ直ぐで、きっとその視線に写る俺なんかを通り越して未来の自分の姿を思いに浮かべているのだろう。先ほどまであんなにおどおどと瞳を左右揺らしていたのに。でも君の選択はいつも俺の心を打つ、それはきっと君が言ってることが正しいからなんだろう。
「そうだね。なら行こう二人で」
「うん」
アサの顔がようやく笑顔になり、俺の手を掴んでくれた。どうやら自分の運命を受け入れ、踏ん切りがついたようだ。今度は俺が覚悟を決める時か。
俺は握った手に力が入ったままアサに話しかけた。
「アサ……今まで言えなかった事があるんだ。言う暇もなかったんだけど」
カイトが照れくさそうに手を頭の裏に回し、私の目から視線を外し、ぼそりと言った。
「俺…お前が好きだわ」
はっ
すーっと音をたて霧に覆われた白い世界は姿を消し 意識が次第にもどっていく。
カイトは私の背中、大きい竜の背中につかまりまたがっていた。
夕日の光が私の体を照らし返す中、赤い粒子が私を包みこみ私の竜のカラダをとかしていった。
滑空してる体はゆっくり降下していき私を人の姿へもどした。
そこはバルセルラから少し離れた平原の水辺で近くにはバルセルラに繋がる川がながれている。
草原の土手から転がりこむ私達、何度も体の上下を入れ替えながら、斜面の終着点でカイトが私の上になった。
しばらくはその衝撃で私に顔をうずめていたカイトだったが、しばらくして状況を理解し、慌てて腕を伸ばし顔を私から遠ざけた。
私が目を開くと頭上目の前にいるカイトと目が合った。カイトは顔を赤らめているが人のこと笑えない、だって私もきっと真っ赤だもん。心臓の鼓動がばくばくと聞こえ胸が苦しい。でもあれはもしかして私が都合のいいように妄想して解釈しただけかもしれないとふと思ってしまった。
「カイトあの時の言葉覚えてる?」
カイトが顔を赤らめながらも頷いた。
私は背中をお越しカイトの顔が横に並ぶように、そっと彼をだきしめた。
「嬉しかった。私待ってたんだから」
私は恥らいながらもカイトにそう言った。
そして顔を離し、お互いを見つめ、どちらからいう訳でもなく、そっと顔を近づけた。夕日が沈みゆくなか、私達は初めてのキスをした。
「キーキー」
かん高い声を上げ、川の上流から丸い何かが流れてきた。
「おいアサ?アレって」
カイトがその丸い物体をみて何か気付く。
私も確信した。
「うん、リップだわ」
「クプー」
リップが川から飛び出すとカイトに飛び掛かり鳥のように何度も頭を小突いた。
「おいやめろって俺が悪かったって」
カイトがたまらず声を上げた。
「もう、おやめなさいったらリップ」
私が叱りつけるとリップは不服げながらもカイトをつつくのをやめた。
「やっぱり竜はおっかないぜ」
「カイトも憎まれ口を叩かない」
カイトが叱られるとリップはざまー見ろといわんばかりにケラケラと笑った。
そして私の腕の中に収まろうとしたが、リップの重さに私は前かがみに倒れてしまった。
「ごめんねリップ痛くなかった」
「クワァー」
リップは大丈夫だと私の頬にすりすりと顔を擦りつけた。
「あなたも気付かないうちにすっかり大きくなってたのね。私嬉しいわ」
これが子の成長を想う母親の気持ちなんだと少しばかり理解できたような気がした。
「でもカイト、なんでリップだけつれていかれなかったのかな?」
「さぁな。リィズがお前に託したんじゃないのか?」
「そっか、リィズさん私を認めてくれたんだ」
「さて日が暮れちまうぞ、俺達も帰ろうぜ」
「そうねリップ飛べる?」
「クー」
リップが折りたたんだ翼を広げると、以前のようなアンバランスに小さいなんてことはなく、楽々と体を支えられる程の立派な翼が備わっていた。
私はリップにまたがりカイトに言った。
「カイト、受け取って」
私はカイトに向って首にかけたペンダントを投げこんだ。
「なんだよこれ?」
「中に写真が入ってる。お母さんに伝えて欲しいの。アサは先におうちに帰ってるって」
「おい、お前母親に会わないつもりかよ」
「お母さんやお父さんにどう話せばいいか少し考える時間が欲しいの」
私は空に見上げ、自分の心を見つめカイトにそう言った。
カイトはその言葉に納得し、顔を微笑ませた。
「そうか、分かった伝えておく」
「そのペンダントあげる訳じゃないんだからね。必ず返しにきてよね」
その言葉を聞いてカイトの顔がほころんだ。
「ふんお前が二十歳になった時だ。」
「え?」
唐突に言われ私はなんのことだか分からなかった。でもカイトがすぐにその理由を言った。
「アサお前世界をもっと知りたいって言ったろ?
アサが二十歳になったら、俺必ずアサを迎えに行くよ」
「うん、楽しみに待ってる。またねカイト、リップ飛んで」
「クー」
カイトに手を振り、私はリップとともに故郷であるエルモに向けて飛び立った。
カイトは私を見送りおえると、握られたペンダントを開いた。
中には幼日頃の私と家族の3人で撮られた写真が入っていた。私はまだ小さくお母さんに抱きかかえられ。お父さん少し照れぎこち無く笑顔を作っている。
カイトにはそれが微笑ましく思えただろう、だけどそれだけじゃなかった。カイトは私の父親の顔に確かに見覚えがあった。
「この父親にしてこの子ありか」
カイトは深く目を閉じ納得したようにバルセルラに向けて歩きだした。
それそれが別の道を歩みはじめようとしている。でもカイトとは将来また点と点が重なり一緒に歩む時がくる事を知ってるから、私は寂しくない。いや寂しくなったらまた会いにいけばいいだけのこと、だって私達は同じこの世界に生きてるんですもの。
空から見える景色はこれまで私が歩いてきた軌跡を辿っているようで、その時その時の記憶が読みがえってくる。
この旅で得るものはたくさんあって、多くの信頼できる人達に出会えた事は私にとってかけがえのない一生の宝物だ。それにお母さんの愛情の深さも再認識することができた。
でも同時に人間の闇にも触れて、傷つき、失ってしまったものもある。
もう今までのように純粋に人の善良だけを信じることはできないだろう。でもそれが大人になるってことなんだと私は思う。
だから私はあの夜、リップのお母さんを探そうと決断したことに一切の後悔ない。
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