第48話 カウントダウン
「お前達しっかり捕まっていろ」
艦のスピードが上がったことで私達は風圧で飛ばされないように必死にリィズさんの体にしがみついた。
「クー」
リップはすっぽりとリュックの中に収まり隠れてしまった。
そんなリップに私は「リップ後もう少しだから頑張って」と声をかけた。
リュックの中で体を縦に振るリップをみて私はこわばった顔を微笑ませ、リィズさんに顔を向けた。
「リィズさんフロントを目指してもらっていいですか?」
「どうする気だアサ」
「龍を襲うなんて馬鹿げたことを辞めさせます」
「アサ奴らに説得は無駄だ」
リィズさんは艦を落とすことでしかこの騒動を止められないと考えていた。
でも私にはどちらか片方が犠牲になるしか道がないなんて、そんな悲しい選択が正しいとは思えなかった。
「今ルヴィーさんはフロントにはいないはずです。今なら事情を話せばイヤリング取り戻せるはずです」
「もう残された時間は僅かだが」
私はリィズさんの顔に抱きつき耳元でささやいた。
「リィズさん私の最後のまがままを聞いてちょうだい。私は誰にも死んで欲しくない。みんなで笑ってリップとお別れしたいの」
「わかった」
リィズさんが瞳を閉じ深く頷き言った。
その時ルヴィーさんは血を滴らせながら廊下を渡り、武器庫から一丁の狙撃式ライフルを取り出した。
そして整備用に用意された天井扉の梯子を登り、重い扉を開けた。梯子の下にはルヴィーさんの滴りおちた血が溜まり、艦の外に出たルヴィーさんは消耗仕切った意識の中でライフルを構えた。
「はぁはぁはぁ、後もう少しだ。これで全てが終わる」
荒れた吐息、かすれた声でルヴィーさんが言った。
操舵室では龍のアジトまで目前になり、ミハエルさんがそのことを報告した。
「バルバロス副官、目標地点までもうすぐです」
「了解だミハエル。砲撃までカウントを数える。カウント0とともに一斉攻撃だ分かったな」
「了解です」
ミハエルさんが回線を開き、武装操縦員全員に告げる。
「ただいま目標に接近中、みなさん攻撃開始に備えて下さい。繰り返します、ただいま目標に接近中みなさん攻撃開始に備えて下さい」
「よしカウント開始する」
バルバロスさんが今までで一番に大きく叫んだ。
「10、9、8、 7 」
バルバロスの数えたカウントをミハエルさんがなぞる形で艦内全体にその声を響かせた。
その声は勿論ルヴィーさんの元へも届いており、ルヴィーさんは頃合いと思いライフルの狙いを定める。
「さて龍王様、そのお命頂きますよ」
目の前は巨大の雲に覆われ龍の姿はまるで確認出来なかったが、ルヴィーさんのスコープで見つめる先には龍王様の姿がくっきりと写っていた。そしてルヴィーさんは一思いにトリガーに指を掛けた。
「3、2、1 」
バルバロスさんが0をいう目の前で、私を乗せたリィズさんが艦の目の前に立ちはだかり、攻撃を止めに入った。
「やめてーー‼」
私が両手を広げて悲痛の叫びで訴えかける。
バルバロスさんはそれでも0のカウントを叫んだが、目の前に人がいる状態でミハエルさんには0の合図が出せなかった。
「ミハエル何をやってる撃てー!!」
バルバロスさんが怒鳴り声をあげるが、それでもミハエルさんには決断が出せない。
「だって人が」
ミハエルさんが震える声で叫んだ。
「馬鹿者が」
バルバロスさんがミハエルさんのヘッドマイク取り上げ、攻撃の合図を叫んだ。
「攻撃はじめー!!」
大砲が一斉に発射され、私はその場にしゃがみこんだ。カイトは私が飛ばされないように私の両足をしっかりおさえこんでくれている。
リィズさんは体をリンドセル号の脇にそらし攻撃をなんとかかわした。
大砲による一斉攻撃がはじまり、ルヴィーさんは艦の上で、開いた天井扉を手すり変わりに立ち上がり、宙にライフルを投げ捨てた。
「確かに手応えありましたよ龍王様」
ルヴィーさんは勝ち誇った顔をし一人呟いた。
すると次の瞬間、目の前の雲に覆われた先から大きく低い声が空間をとどろかせた。
「進軍」
それは到底人の腹から出せる声ではなく、私が龍の聖域と呼ばれる場所で聞いたそれと同じものだった。
「思い上がった人間どもよ、龍の恐ろしさ今一度思い知らせてくれよう」
その声の主は龍王様であった。龍王様はルヴィーさんに確か頭を撃ち抜かれたが、撃ち抜かれた傷口は直ぐに塞がり、大群の龍達に攻撃を指示を出した。
「なんだこの数の龍は」
バルバロスさんが次々と雲の向こうから姿を現す龍に驚愕した。
「怯むな撃ち続けろ」
バルバロスさんは焦る気持ちを押し殺し、攻撃指示を出し続けた。
ミハエルさんは自分達の死を悟り、頭を抱え、机の下に塞ぎこみ錯乱しぶつぶつと言葉を繰り返した。
「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない」
龍達に囲まれたリンドセル号は龍の攻撃を受け、途端に至る所から火の手を上げはじめた。
バルバロスさんはこの危機的状況に通信機を手に取り、直ぐ様ルヴィーさんに連絡を取った。
「ルヴィー貴様こんな時にどこにいる」
焦るあまりバルバロスさんはルヴィーさんを強い口調で怒鳴りつけた。
「この状況じゃどこにいても変わらんさ」
逆にルヴィーさんは淡々とそう口にした。
「我々はこれからどうすればいい?」
「バルバロスお前にも分かってるはずだぞ。もう何をやっても無駄だってことがな」
「なんだと」
「お前も軍人だ。死ぬことを覚悟する時がきたんだよ」
「ルヴィー、ルヴィー!!」
バルバロスさんが何度もルヴィーさんに向かって叫んだがそれ以降、通信機からルヴィーさんの声が聞こえてくることはなかった。
それもそのはずだった。ルヴィーさんは通信機さえも空の彼方へ投げ捨ててしまっていたのだ。ルヴィーさんのその目に移る景色は、赤々と燃え盛る炎の海で、その火の手はルヴィーさんをも呑み込もうとしていた。
私は艦の後方からルヴィーさんの姿がみえ、リィズさんに艦に近付くよう頼んだ。
「ルヴィーさん!!」
私の声にルヴィーさんが後ろを振り返った。身体中傷だからけだがその表情柔らかく私達に敵対心はなさそうだ。
「アサか」
「そこは危険です。こちらに飛び移って下さい」
私は手を伸ばし真剣にルヴィーさんに言ったが、ルヴィーさんはそんな私を笑い飛ばし私に言った。
「ここまでのことをしておいて今更お前に助けて貰おう等、私は思っていないよ」
「まだ今なら龍を止められます。ルヴィーさんこっちに来て下さい。私のイヤリングを返せば全て終わるんです」
「残念だがここには無いんだよ。君のイヤリングは国王陛下の元にある」
「そんな……」
私は下を向き愕然とした。そんな私にルヴィーさん力強い声で私の名前を呼んだ。
「アサ!!お前は私と違ってここで死ぬべきじゃない、だからすぐにここを離れな。お前にはまだ成すべき事があるだろ」
今までにない程ルヴィーさんは真剣な眼差しで私に言った。ルヴィーさんは
もう自分の死を受け入れているようで私に全てを託しているようにそう聞こえた。
「はい」
私はルヴィーさんとの別れが近づいてることを悟り、目に涙を浮かばせた。
「礼を言うよアサ、あんたのお陰で私は私の本来の姿を取り戻せたのだからね」
ルヴィーさんの言ってる事は最後の最後まで分からないことばかりだったけど、私はそんなルヴィーさんでも私にとってかけがえのない存在だったんだと涙の溢れる数で思い知らされた。今ならルヴィーさんのしでかした罪も許せるような気がした。
「アサこれ以上は限界だ」
艦の羽が崩れ始めリィズさんは艦から身を遠ざけた。
「ルヴィーさーん!!」
私は手を伸ばし遠ざかるルヴィーさんに向かって叫んだ。
ルヴィーさんは燃え盛り落ち行く戦艦リンドセル号の上で静かに最後の言葉を口にする。
「リィズ、アサの事を最後まで守っておくれ」
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