第56話:精霊遊び

 集落の入口に無惨な兵士と馬の遺体が転がっており、集落の中を外から覗くと、中も相当酷い事になっているのが分かった。

 外から覗いただけでも集落の殆どの建物がは壊されて、瓦礫と化しているのが分かるが、火の手は余り上がってはいなさそうであった。


 「ちょっと死体が無い所に移動しよう。明莉にはキツいかも知れない」


 「そうじゃのう」


 「・・・ごめんなさい」


 明莉はしょぼくれてそう言うが、これは仕方が無い事だろう。


 「別に謝るなって。とりあえず中に入ってみよう」


 俺はそう言って木で出来た外壁と門であったであろう瓦礫を横目に移動した。


 「此方は良いから、生存者が居るか確認するのじゃ。とりあえず魔物は居そうに無いが油断はするで無いぞ」


 集落に入るなりアリシエーゼは傭兵達にそう声を掛ける。傭兵達は無言で頷き、一人一人バラバラに散って行った。

 中に入ったは良いが、所々に遺体は転がっていたが、思ったよりも数は少ない様に思えた。


 「元々ここに何人が住んでたのかは分からないけど、思ったよりは遺体は少ないんじゃないか?」


 「家の中で死んでるかもしれんじゃろ。それに建物も意図的に壊されておる様に見えるし、例え建物の中に避難したとしてもそこが安全じゃったかと言われると、のう」


 「まぁそうだな」


 アリシエーゼは暗に生存者は居ないと言っているのであろうか。

 その辺りはアリシエーゼなら直ぐに分かりそうだが、それでも捜索を指示する辺り可愛い所もあるなと思った。


 「姫!ここ使えるぞ!」


 生存者を探しに行ったナッズが入口近くの民家の様な建物から出て来てアリシエーゼにそう言った。

 それを聞きアリシエーゼは手を挙げて答え、俺達に振り向いて言った。


 「とりあえずあの建物の中に入るかの」


 「そうだな。明莉、篤、行こう」


 「うむ」


 「・・・はい」


 篤は普段と特に変わり無く見えるが、本当に変わりは無いのだろうと思った。

 この様な事態を予想していたのか、心構えは出来ていたのかは分からないが、受け入れている様であった。

 明莉は案の定と言うか、顔を蒼白にして目の前の惨状を自分の中で受け入れるかどうかをまだ悩んでいる様に見えた。


 人が目の前で無惨に殺されてて、それがそこら中にゴロゴロしてるんだ

 普通の心理なら中々に来るものがあるんだろうな


 の常人の心理状態を慮ってはみたものの、とうの昔にそんな心理状態では無くなってしまっているのになと自嘲した。

 ナッズが確認した後の建物は普通の民家の様で、一階は小さいダイニングキッチンと小部屋が二つ。二階は小部屋が三つというこの世界では一般的なんだろうと思わせるくらいの至って普通の作りであった。

 周りが半壊以上の建物がある中では比較的損害は少ない方だが、所々は壊されており、扉はほぼ破壊されていた。


 「二階を見て来たけど、使えそうだ」


 俺は家に入るなり二階を確認に行き、それが終わったので一階に戻って来ると残っていた三人に声を掛けた。

 明莉はダイニングにある木製の椅子に腰を下ろし俯いていたが、明らかに気分は悪そうであった。


 「明莉、大丈夫か?」


 「はい・・・いえ、大丈夫じゃ無いかもです」


 「・・・そうか。無理はしないで」


 「・・・はい」


 今はそっとしておこうと明莉との会話を終わらせてアリシエーゼへ向き直る。


 「これは大量発生してるコボルトが原因と見ていいかな?」


 「じゃろうな。じゃがそうなると前にも話に出たが、テツヤ付近のあのゴブリン達と衝突していなかったのが気になるの」


 「確かにな。コボルトがどれくらいの規模かは分からないし、ゴブリン達はあまり目立った行動はさせて無かったみたいだからコボルトから喧嘩売らなきゃ何も起きなかったのかもな、今までは」


 「そうかもしれんの」


 アリシエーゼは何を考えているのか、ため息をついて何か思慮する様な表情をしていた。


 「・・・ちょっと明莉を頼む」


 俺はアリシエーゼにそう言って民家を出ようとすると、篤が声を掛けて来た。


 「私も付いて行ってもいいか?」


 「・・・あぁ」


 俺は短く返事をして民家を出た。

 篤も無言で俺に着いて来て、俺達は目的があるでも無く、破壊された集落を見て回った。

 アルアレ達傭兵の面々は声を出し、生存者が居ないか探して回っていた。


 「ダメだな、生き残ってる奴は居ないぞこれ」


 俺達を見付けてナッズが近付きながらそう言った。


 「・・・そうか」


 そこまで大きな集落では無いので、もう既に四人で全体は回りきれている様だが、少し気になる事があった。


 「この大きさの集落にしては死体の数が少な過ぎじゃないか?」


 そこまで大きな集落では無いと言っても百くらいの住民は居そうなくらいの大きさであるのにも関わらず、見掛けた死体は十にも満たない。

 もしかしたら、他は瓦礫の下何てこともあるかも知れないが、ナッズ達は一応、瓦礫の下も掘り起こしては無いまでも軽く確認はしているとの事だったったが、そこにはほぼ死体は無いと言っていた。


 「あー・・・たぶん連れ去られたんだと思うぞ。生きたままか死んでからかは分からんが」


 「そうなのか・・・それって―――」


 食料にする為なのかと言い掛けて、そんな事どうでもいいかと思い直した。


 「―――いや、何でも無い」


 「・・・」


 ナッズは何も言わなかった。

 少しの間、俺達は無言で破壊された集落を見詰めていると、そこまで無言であった篤が口を開いた。


 「少し思ったのだが、コボルトの死体が無いな」


 「?」


 「例え突然強襲されたのだとしても、一匹や二匹くらい村人でも殺せそうなものだと思ったんだがな」


 確かに言われてみるとそこは疑問に思う。

 先程戦ってみて思ったが、通常のコボルト事態は大した強さがあるとは感じ無かった。

 ゴブリンと同程度の様な気がする。

 その程度の強さの魔物なら、村人でも武装さえしていれば簡単にとは言わないが殺せそうだと思った。


 「確かにそう言われてみると―――」


 そこまで言うと少し離れた所からパトリックの声が聞こえて来た。


 「ちょっと誰か来て下さいー」


 会話を中断してパトリックの元へと向かう。

 パトリックの足元には二体の人間の遺体が転がって居た。


 「これって入口の死体と同じ鎧着てるって事は巡回兵だよな?」


 「恐らく」


 死体は鉄製のプレートメイルと兜を装備しており、一目で兵士と分かる装いであった。


 「・・・これ、武器でやったんじゃねぇよな?」


 ナッズが指差す場所を見ると、プレートメイルがいた。

 一体は腹の辺りを真一文字に、もう一体は肩口から逆袈裟に引き裂かれている。


 「確かに武器って感じでは無いな・・・」


 「・・・コボルトとは腕力だけでプレートメイルを引き裂ける様な強さなのか?」


 篤の問いに俺とナッズとパトリックは目を合わせ考える。


 「それは難しい、かな」


 「だな。アイツらはそこまで強くねぇぞ。すげぇ武器を使ってんなら別だろうが」


 「俺も戦った感じ、そこまで強いと感じなかった」


 「では、これをやったのはコボルトでは無いと言う事か?」


 「「「うーん・・・」」」


 入口の兵士の死体も損壊が激しかった。

 それも含めて考えるとどうにもコボルト程度がやったと思えなかった。


 「なにか見付けましたか?」


 そこにアルアレとソニもやって来た。


 「・・・これは」


 直ぐに兵士の死体に目をやり、沈痛な面持ちでアルアレは呟く。


 「これ本当にコボルトがやったのかって話をしてた所だ」


 「・・・なるほど」


 アルアレは、それを聞き、そう言う事ですかと納得していた。


 「一度、姫様に報告しましょう」


 アルアレの言葉に一同頷き、入口近くの民家で待っている、アリシエーゼと明莉の元へと戻った。


 「・・・なるほどのう」


 報告を聞きアリシエーゼは唸る。


 「うーむ・・・とりあえずその話は一旦置いておくとしよう。妾も少し気になる事があるんじゃ」


 「なんだ?」


 アリシエーゼはここで明莉と待っている間、自身の能力を使い、色々と探っていたらしい。


 「なんじゃか、この村、精霊達がおかしいんじゃよ」


 「精霊?」


 「うむ、前にも少し話したと思うが、精霊は至る所に居る。この村も例外では無いんじゃが、普段の精霊は余り人に干渉もして来んし、なんと言うか、自然の一部なんじゃよ」


 「へぇ。で、その精霊がどうおかしいんだ?」


 そこでアリシエーゼはもう一度唸った。


 「うーむ・・・何と言えば良いか。妾に対して妙によそよそしいんじゃよなぁ」


 何か嫌われる様な事でもしたんじゃないかと言いそうになったが、そもそも普段がどう言う態度なのかが分からないと言うか、そとそも俺には精霊は見る事も感じる事も出来ないので、アリシエーゼの感覚にどうこう言えないなと思い黙っておいた。


 「ここだと精霊魔法が使えないって事か?」


 「そんなことは無い。ほれ」


 アリシエーゼはそう言って自身の指先にポッと火を灯して見せた。


 「じゃあ問題は無いんじゃないか?」


 「そうなんじゃが・・・うーん」


 アリシエーゼはそう言って腕を組んでウンウン唸った。


 「お主ら、妾に何か隠し事しとるじゃろ?」


 唸っていたアリシエーゼが突然、天井を見上げてそんな事を言った。


 「え?俺達に言って―――」


 「あーッ!絶対何か隠しておるな!?」


 俺の言葉を無視してアリシエーゼは天井を睨み付け地団駄を踏んだり、ピョンピョンとその場で跳ねたりしだした。


 「妾の言う事が聞けぬと申すか!?あッこら!何処へ行く!」


 何なんだこの一人芝居は・・・


 「むーッ!彼奴ら絶対何か隠しておるぞ!」


 「お、おう・・・」


 「・・・」


 俺と篤はアリシエーゼの一人芝居に何も言えず、どう反応したら良いか困っていたが、明莉は平常運転だった。


 「精霊さん、何を隠しているんでしょうね?」


 「わからんッ、でも絶対何かあるぞ」


 「精霊さんって、どんな姿してるんですか?」


 「低位の精霊は姿は固定されて居らんぞ。空気みたいなもんじゃ」


 「空気・・・?」


 「うむ。精霊魔法を使うと、それに力を貸してくれた精霊はその場で消滅してしまうんじゃが、消滅してもいつの間にかまたその場に復活しておる。勿論、これは低位の精霊はと言う話じゃが」


 「えッ!?精霊さんって死んじゃうんですか!?」


 「死ぬと言うのは語弊があるかの・・・何と言ったら良いか・・・そう!妾達も普段こうやって息をしておるじゃろ?口から酸素を吸い、肺に取り込み、そして口から二酸化炭素を吐き出す」


 「はい?」


 「じゃから、低位の精霊も空気と同じ様な物なんじゃ。酸素も口から取り込んだとしても、そこだけ酸素が無くなると言う事は無いじゃろ?それと同じじゃ」


 「は、はあ・・・」


 アリシエーゼの説明に明莉は目を白黒させ、意味を理解出来ない様子で居た。


 「んで、その空気達は何を隠してるんだ?」


 「わからんッ、この村に誰か生き残りが居らんか教えて貰おうと思ったんじゃが・・・どうにも歯切れが悪い」


 空気に歯何てあるのか?と思わなくも無いが気にしない事にした。


 「兎に角!ちょっと探ってくるぞ!」


 そう言ってアリシエーゼは民家を飛び出していった。


 「お、おい!?」


 傭兵達は姫様!とか言って一緒に飛び出して行ったので、民家には俺とあつしと明莉だけが取り残された。


 「・・・行っちまった」


 「私達も後を追うか?」


 「・・・いや、明莉はまだ外歩いたりきたく無いでしょ?」


 「・・・も、もう大丈夫です」


 「いやいや、無理しなくていいよ。外は数は少ないって言ってもまだ死体も転がってるしさ」


 「だ、大丈夫ですッ」


 明莉は必死に訴えて来たが、大丈夫だとは思えない。

 常人からしたら、死体の損傷具合もグロいの一言だと思うし、絶対に精神衛生上良い訳は無い。


 「私は大丈夫だぞ」


 「知ってるよ」


 篤は精神と言う意味では既に常人では無いと俺は思っている。精神構造と言うか、たぶん異常者だ。


 「むッ、知っていたか」


 篤はふむ、と一つ唸り腕を組んだ。

 とりあえず篤は置いておき、今は明莉だ、と明莉に向き直る。


 「無理はしなくていいよ。グロいしさ」


 「大丈夫!です!もう自分の中で折り合いは付けました」


 「え、そ、そうなの・・・いや、でも・・・」


 「ハルくん私の事子供扱いしてませんか?」


 いや、大人とか子供とかと言う話では・・・


 「いや、してないけどさ・・・まぁ大丈夫と言うなら・・・」


 「はい、行きましょう!」


 そう言って明莉は民家を出るので、仕方無く俺と篤は後を追った。

 外に出ると、アリシエーゼが遠くで、「待て!」だとか、「動くな!」だとか言って駆け回っており、それを四人の傭兵が必死に後を追っていた。


 何だかなぁ・・・


 そんな何ともマヌケな光景を眺めつつそちらに歩いて行く。


 「このッ、妾を謀る気じゃな!?そっちにはどうせ何も無いんじゃろ!こっちじゃな!?」


 そんな独り言を言いつつアリシエーゼが凄惨な現場を精霊と戯れて走り回る姿を見て、色々と考えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。


 アホらし・・・

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