空からの狂兵4 開戦

 グライストとカルメラは、スタッグリフォード防衛軍の総指揮官カナン・ファラフリの元へ呼び出されていた。


「おいおい」

「これは……」


 【メイガスIII】で本陣のあるスタッグリフォードの中心街へ向かう最中、未だ避難が続いている街中を見ながら二人は驚く。

 避難が終わっていない。

 三日しか時間が無かったとはいえ、これはあまりにも酷いモノだ。下手をすれば時間内に全ての避難は完了しないだろう。


「よく来てくれた」


 中心街に設置された他軍間の通信中継を兼ねている本部へ二人は辿り着く。

 そして【メイガスIII】を降りた二人を出迎えたのは一人の青年だった。

 若い雰囲気を持ち、伸びた髪を後ろで縛って肩口から前に垂らしている。しかし、その雰囲気はゼンミーアにも劣らない――いや、それ以上の風格と威厳を纏っている。


「――――敬礼はいいのですが」


 思わず二人は敬礼をしていた。

 反射的に自分たちの指揮官として理解したように軍人としては当然の行動。敬礼はいい、と言われるまで敬礼をしていた事さえ気がつかなかっただろう。


「いや……思わず。なぁ」

「失礼ながら……こんなに若いとは思わなかった」


 グライストとカルメラはカナンと握手をしながら思った事を口々にする。


「グライスト小隊には本隊から離れての警戒任務をお願いしたい。少数での行動になる関係上、必然と危険度が上がってくる。せび、部隊員の顔を見ておきたいと思いまして」


 予想以上にグライストとカルメラは目の前の青年に感心してしまった。ただでさえ時間が無いと言うのに、こうして一兵士と顔を合わせるなど本来なら必要無い事だ。


 しかし、どういう意図かは知らないが目の前の指揮官は少なくとも兵士を人間と見ているらしい。


 若いゆえの無知か、それとも全てを知っての心得か。指揮官として避けられない“友軍の死”を経験しているかどうかで、この接触の意味は大きく異なる。


「それに『オールブルー』は隊長の故郷でもある。その部隊ならば安心して重要任務を任せられると言うものです」

「それは光栄ですな。ちなみにその部隊長殿の名前は?」

「セレグリッド・カーターです。『オールブルー』でも知名度が?」


 グライストの言葉にカナンは特に躊躇う様子もなくその名前を口にする。


「リッド? なるほど……生きていたのか。彼は今も元気で?」

「? ええ。その意味は測りかねますが、セレグリッド隊長が居るからこそ、今の瞬間まで『セブンス』は継続してきました」


 セレグリッド・カーター。

 グライストが知る限りでは彼は20年前の『オールブルー』存続戦争で膨大な戦果を挙げて、歴史書に載る程の“英雄”として記録されている。


「確か“英雄”ですよね? 隊長」


 カルメラの言葉にグライストは20年前に、共に死地を越えた戦友の事を思い出しながら頷く。


「その事は知っていますが。本人はその話を一度もしません」


 カナンもセレグリッドの事はある程度調べている。彼が故郷で“英雄”と呼ばれている事も。しかし、本人に聞いても、特に自慢する事でもない、と言いはぐらかすのだ。

 親友で彼の養子であるシゼンとその妹から聞くところによると、


“オレよりも強い奴がいるから、情けない事をベラベラ語るのは恥を語る事と同じだ”


 と言っているとの事だ。


「間違いなく、セレグリッド・カーターは“英雄”。共に20年前を駆けたグライスト・パーカーが言うので間違いないと思っていてくれて結構だ」


 きっとセレグリッドが言っている“強い奴”とは彼の事だろう。

 白銀色の髪を持った当時最強のアステロイド搭乗者ドライバー。その彼がアステロイド戦で負けた事は生涯で一度も無かったと言われている。


「それよりも、未だに市民の避難が完了していないようですが……」


 身内話に花を咲かせるために来たのではない。本題となる事をカルメラの口から放たれた。






 危険である事は百も承知だと、カナン・ファラフリは告げる。

 しかし、逆に考えれば今回は殲滅戦ではなく市民の全てが避難する為の時間稼ぎだとも考えられた。


アグレッサーにとっては他国の領土に踏み込むようなモノ。だからこそ物資や出撃回数は限られていると推測できる」


 もし物量それさえもこちらを圧倒的に上回るのなら、もっと大規模交戦が世界各地で起こっていても不思議ではない。それに、


「こちらは敵の出現する条件を粗方予測している」


 『サンクトゥス』は敵勢勢力アグレッサーが今まで出現した状況と場所から、特定のパターンを持ってこちらの要所に現れていると推測し、更に『スカイホール』の特徴からもどれほどの戦力が投下されるかも判断できる。


 一、アグレッサーは人口密度の高い場所を選ぶ。

 二、より高度な技術、文明がある場所を選ぶ。

 三、展開された『スカイホール』が大きいほどに現れる戦力は強大である。

 四、軍団であれば必ず指揮官が居る。


「三と四は素人でも判断は出来る。だが問題は敵も“作戦行動”を展開して来ると言う事だ。特に『スカイホール』。コイツが一番厄介な要因で一度大型のモノが展開された後は、周囲に磁場が残留する。それによって小規模な『スカイホール』が周辺に時間差で造られる事も確認されている」


 “グラウンドゼロ”はまさにその状況下だった。

 今まで最大級の『スカイホール』の出現に加えて、陣を立て直す為の臨時補給拠点へ、奇襲的に出現した『スカイホール』によって総崩れになった。そして前方と後方から挟み撃ちに合い、戦略的に凄まじい早さで全滅に向かったのだと言う。


「今回は戦力的にも奇襲は一度でも受けると甚大な被害が予想されている。なので奇襲ソレを誘導する」


 あえて無警戒地区フリーゾーンを晒し、そこへ敵が奇襲する様に誘導するとの事。ちなみにスタッグリフォードの随所に設置された補給所には対空迎撃が何重にも張り巡られており、そこに出てきてくれるのなら逆に最も労力を用意ずに殲滅できるのだ。


「北部山岳地区は間もなく避難が完了する。そこを戦略上“手放した”と敵に認識させ、“奇襲”をこちらが奇襲する」


 一連の流れをそう説明されたグライストは思う所が多々あれど、今の避難状況から見て決して山岳地区は敵に奪われるわけにはいかないと悟った。


「やってくれるか?」


 どれほどの大部隊でも“奇襲”を喰らえば体勢を崩す事は必須。一撃離脱はグライストの得意分野でもある。更に奇襲の効果は物理的なモノだけでは無く、他にも潜んでいるかもしれない、と思わせる精神的な攻撃の役割も果たすのだ。


「了解です」


 考えるまでもない。

 今、その役割が出来るのは【メイガスIII】を要する少数部隊であるグライスト小隊だけなのである。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『総員に告げる。此度のスタッグリフォード防衛総指揮を執る、『セブンス』指揮官のカナン・ファラフリだ。

 各国よりの勇士たち。この地に赴いてくれた貴公達の勇気に私は心から感謝を申し上げる。多くの者達がこの地に集い、そして様々な心境を持ち合わせているだろう。中には仇敵となる国々の部隊も、来たくなくとも本国からの命令でこの地へ強制された者も居るだろう。

 今宵、この地に揃った仇敵を許せとは言わない。中でも目の前で死にかければ、その手を伸ばし助け合うのは難しいだろう。


 だが、今一度思い出してほしい。


 我々は同じ“人”だ。苦しみ、悲しみ、を共感できる人と人だ。ならばその気持ちを、今まで敵にだけを向け続けた強い“感情”を今宵だけこの地で統一してほしい。

 敵はただ一勢力! 人類の敵――アグレッサーだ!

 “グラウンドゼロ”を……今まだ復興中のウォーターフォードのような悲劇を全世界で起こる事を見逃すわけにはいかない。我々は、ただ蹂躙されるだけの脆弱な存在では無い!

 下手に手を出せば、火傷では済まないと奴らに改めて思い知らせる!

 私に、人類に、君たちの力を貸してくれ!』






 太陽が地平線に消える。

 そして、『サンクトゥス』の予測した時間――数十秒前に不自然な銀色の光を都市スタッグリフォードに集まった全部隊が見上げた。

 その光は電気を弾かせながら明滅を繰り返し少しずつ都市の中心街上空で輪を作る様に確かな形となって行く。


 市民の避難はまだ終わっていない。それでも戦わなければならないのだ。

 各国の思惑は違えど、カナン・ファラフリの言った事は少なからずこの場の戦士たちの総意でもある。

 白銀の輪が形を成す。それと同時に、スタッグリフォードに集まった全部隊へ――


『全部隊、作戦開始!!』


 総指揮官の声が響く。

 鋼鉄の群と鉄の雨が『スカイホール』より現れ始めた敵勢勢力アグレッサーに下から降り注いだ。

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