白銀者の帰還15 その思いは届いている

 漆黒の機体を道連れにしたイノセントの決死。

 その衝撃は水中で起こったものの、流石に運河の横幅では完全に軽減できなかった。

 両脇の運河を作る人工の両岸にはヒビが入り、衝撃は地下全体を自身の様に揺らす。発生した波は防波堤を乗り越えて海水が薄く都市に入り込んだ。

 それが気付けとなりLRADで気を失っていた市民たちは、まだ残る頭痛を感じながら何とか立ち上がっていた。


 そして、ウォーターフォード基地の管制室では、アグレッサーの反応が消えている事を確認している。


燃料気化爆弾サーモバリックの直撃を確認」

「誘導装置は正常に作動」

「敵の反応、消失」

「沖合より、ウォーターフォード船団の帰還を確認しました」


 通信の中継を行う為に最低限の人員は基地に待機していた。そして、現在は基地司令が直接報告を聞き現状を把握している。


「……多くの者達を犠牲にした」


 基地司令は、敵を倒したにも関わらず声を上げて喜ぶことなど出来なかった。

 基地の部隊員七名と、勇敢なタフリールの練者を失ったのだ。彼ら無くてはアグレッサーの撃破は不可能だったとはいえ……


 管制室は今宵死んだ者達に黙祷を捧げるように沈黙に包まれた。


「――! し、司令!!」


 すると、オペレーターの一人がレーダーに捉えた反応を見て驚愕する。反応ソレは――


「あ、アグレッサーです!! 敵機生存! 生存しています!!」


 その言葉に驚きの声が管制室に駆け巡る。


 「馬鹿な!! 小形の核に匹敵する戦術ミサイルの直撃だぞ!? どうやれば生存できると言うのだ!?」


 基地司令の言葉は間違いではない。

 漆黒の機体アグレッサーは、イノセントの【ヴルムII】と共に燃料気化爆弾サーモバリックの直撃を受けた。

 そして、粉々に機体が砕け散ったのも、一時的に反応が消えた事が証明している。

 だが、それでアグレッサーが死ぬかどうかは別の話だった。






 サーモバリックの直撃を受け漆黒の機体は粉々になった。しかし、爆発と共に発生した水柱で、右腕部だけは高々と舞い上がり海岸に落ちていた。

 残ったのは右腕部のみ。そして、それだけでも人類の技術史を凌駕する超技術オーバーテクノロジーだった。

 当然のごとく身動き一つしない右腕部だったが、落ちたソレに一つの影が近づく。


 作業用アステロイド【クランク】である。

 辺りで上がる炎に影を作るように、古い旧型の【クランク】は、おもむろに右腕部を持ち上げた。そして次に、とんでもない行動に移る。


 自機の右腕部を力づくで引きちぎり、その断面に回収した右腕部を接着するように近づけたのだ。

 すると、右腕部の断面からケーブル伸び、【クランク】の引きちぎれた右腕部に入り込むと無理やり結合する。そのまま浸蝕するように機体の色が黒く変色していった。


『DEM機動』


 短く、どこからかそんな音声が響く。

 そして【クランク】は近くで漆黒の機体に溶断された【ヴルムIII】の破片を回収するように触れる。途端、まるで取り込まれるように破片は消えると武骨な塊として【クランク】全体が膨らんだ。


 更に、もう一破片、もう一破片と、次々に【ヴルムIII】の残骸を取り込む度に不気味に肥大化していき、その場には【クランク】ではなく凸凹した楕円の鉄塊が出来上がっていた。


『認めよう……』


 鋼鉄の卵から、突き破るように漆黒の機体が這い出てくる。背部や腕部に繋がった、点滴のようなケーブルを引っ張りながら地に脚部を降ろして立つ。


 同じ機体。同じ姿。同じ声。そこには、燃料気化爆弾で粉々に吹き飛んだはずの、漆黒の機体が佇んでいた。


貴様イノセント・ハーバーを……戦士と認めよう』


 まだ、悪夢は終わらない。いや……これからが悪夢だと、漆黒の右腕部を携えたアグレッサーは語っていた。






 燃料気化爆弾の衝撃は第六ターミナルに入ったシゼンも感じていた。

 ただでさえヒビだらけで崩れそうな状態に加え、地震のような衝撃に少しだけ動きを停止して揺れが収まるのを待っていた。


「崩れそうにない……かな?」


 パラパラと、天井から細かい破片が剥離して落ちてくるが、次第に収まる。だが、ピシッと、嫌な音が明確に耳に入った。


誘導ナビゲートします。走ってください』


 ファラの冷静な声と同時に片目に装着している小型画面には視覚情報に向かうべき道筋に矢印が走り、同時にタイマーが表示されていた。


「このタイマーは?」

『貴方が生き埋めになる時間です』

「げっ」


 と、シゼンの真上が崩れてくる。慌てて走り出すと、入って来た道は崩れた天井に塞がれた。それが皮切りとなりターミナル全体の崩壊が始まっていく。


「ははは。なんだが、生きてるって実感できる!!」


 随時更新される画面の誘導に従い、崩れ往くターミナルを走る。小形の平面マップも同時に表示され、ゴールは天上の開けた路線――【クライシス】の元であると認識した。


「なぁ、ファラ」

『なんでしょう?』


 シゼンはナビゲート通りに崩壊の中を針の穴を通るように、着々と目的地へ走り進む。降り注ぐ天井は紙一重で避けたところもあったが、ソレに命の危機を感じなかったので、さほど焦ってはいなかった。


「正直、楽しみでしょうがない」

『私はアナタから学ぶように言われて、マスターより生み出されました』

「いいね。今の状況も、一歩間違えば行き埋めだ。今の内に腹を割って色々とフラグ立てようぜ」

『こういう事を言っても良いのか解りかねます。ですが、あえて言わせてください』


 改札を飛び越えて、振ってきた瓦礫を横にステップして躱す。


『アナタは戦うべき人です。どんな理由でも、こんなところで死んでしまうような人ではありません』

「おう。お前もな」


 ただの人とAIではない。肉体の無い電子上の存在とは言え、ファラに対しては部隊の者達や、肉親と同等の信頼を寄せている。

 今の一歩間違えば死に至る状況でも、涼しく焦りなく進めるのは本来の“死”を恐れない本質だけでは無く、彼女を信頼しているからだ。


 路線に降り、そのまま線路沿いに走るように画面には表示されている。


「問題なく行けそうだな」


 既にシゼンの視界には天井が崩れて月の光が刺し込んでいる空間が見えていた。


『直線200メートルです』


 進行方向の崩れてきた瓦礫を躱す。だが、


「あ、やべ――」


 ジャケットの襟首が引っかかり、僅かに足が止まった。そして、止まる事の無い瓦解がシゼンを呑み込んだ。


「…………あれ?」


 シゼンは反射的に閉じた目を開けると、天国にしては妙に暗かった。瓦礫から逃げ切れず、瓦解に呑み込まれたと間違いなく感じている。崩れた天井に押しつぶされ、一瞬で圧殺されたと思ったが、どういう事かまだ生きている。


「――――ファンタジーかよ……」


 目の前――見上げる瓦礫は彼を押しつぶす手前、浮かぶように空中で停止していた。


なにが、どうなっている? 


 普通なら目の前の光景に、その様な疑問が浮かぶのも必然だが、シゼンとしてはそんな事はどうでもいい。


「――ダメか。脱ぐしかないな」


 ジャケットは瓦礫の間に挟まり、仕方なく脱ぎ捨てる。そして必要なモノだけを抜き取ると、急いで走り抜けた。

 途端、停止していた瓦礫は本来の役目を思い出した様に落下、再び瓦解が始まる。

 シゼンは再び走る。後ろから迫る死が本当に心地いい。


 幾度と戦場で感じた、一歩判断を間違えば、もたらされる終末は実感できるのだ。


「オレは帰ってきた。ファラ、泥臭く行こうぜ!」

了解サー


 シゼンの視界は、壁に背を預けて瓦礫に埋もれた【クライシス】が映っていた。






 クライシス。

 そう、呼ばれた気がした。その機体は半分以上が瓦礫に隠れている。いや、埋もれていると言った方が正しいだろう。

 崩れた衝撃に第六ターミナル全体が呼応して崩れて行く。そんな耳を塞ぎたくなるような音は聞こえず、瞳にはソレ以外に入らなかった。

 ただ、目の前に鎮座する、視えない機体。瓦礫に消えており、ただコアハッチの開いた胸部装甲だけが光を外に放っていた。


「――――笑って、泣いて、君は一体、何者なんだ?」


 ふと、そんな言葉と涙が流れた。こみ上げる感情の正体は解らない。理解も出来ないだろう。ただ、悲しくて、それでいて――


『シゼン!!』


 何かに取り込まれそうな感覚を、通常に引き戻したのはファラの音声だった。

 シゼンは背中を叩かれた様に無意識に止まっていた足を動かす。天井は開けて月の光が刺し込んでいるが、崩壊するターミナルは隙間を埋めるように無慈悲に押しつぶして来ていた。


「うお!?」


 コアハッチに乗り上げた所で気を失っているエイルに気がつく。瞬時に彼女の身なりを見て判断。コアを開いたのは間違いなく彼女だろう。その手は傷だらけで相当苦労したのだと解る。


『構っている暇はありません。早く乗り込んでください』

「お前のね、そう言う所キライ」


 シゼンはエイルを抱える。その時、連鎖しながら天井が崩れ落ちてきた。慌ててコアに落ちるように入り込む。


『複座を確認。二人乗りのようです』

「いいから! ハッチ閉めろ! ハッチ!!」


 落ちてくる瓦礫を視界に捉えていた。

 シゼンは気を失ったエイルを下敷きにするわけにはいかず、彼女が覆いかぶさるような形で身動きが取れないのだ。

 すると、音を立ててハッチが閉じ、コアの中が電子光で薄暗く明滅する。


「ナイス」

『私ではありません』

「まぁ、閉じたから良いよ。理由は後で考えよう。それよりも、これからどうするよ?」


 シゼンは、ポケットから一つのUSBを取り出すと適当なコア内の端末に接続する。

 現状は生き埋め状態。コア内も見た事の無いデザインで、最低限の操作レバーが正面の席に伸びている。しかし、本来ならあるハズの脚部を動かすペダルが無い。


「こいつ、脚はあるよな?」


 アステロイドと言っても、特殊な機体であることは間違いないようだ。両手で握る操縦桿に脚部の動きも連動しているのだろうか?


「どうだ?」

『……機体性能は不明です』


 コア内の端末に繋いだUSBはファラの侵入する為の間接的な無線RANも兼ねているのだ。本来はコレを介さずとも独自に侵入できるのだが、特殊な機体という可能性を考慮してRANを繋いだのである。


「複座も考え物だが、今は助かった」


 エイルを後部の座席に座らせ、シートベルトを閉める。そして、メイン座席へ座った。


「ファラ」

『なんでしょう? 何か解り――』

「彼女、寝顔も可愛い」

 『……………………………………………………ハァ?』


 ファラの長い沈黙と、その果ての言葉は、状況を理解しているのか? と現実にいれば顔をしかめる程の感情の入ったモノだった。


「冗談だって。まぁ、潰される心配はないだろ。元々、長い間、埋まってたみたいだし、機体の損傷も今の所は警告も何も出てない」


 薄暗いが、メインモニターには機体の損傷や警告は出ていない。


『このまま生き埋めは困ります』

「データは解らないの?」

『機体のデータが膨大過ぎます。現在の既存容量値を遥かに上回り、全てを読み取るだけで48年かかる計算です』

「…………は? 48年? 48年って言った?」


 本来のファラの検索速度なら、アステロイドのOSを丸裸にするのに数秒もかからない。それが、この機体に限り膨大な月日がかかると告げているのだ。ちなみに、ファラはシゼンと違って冗談は言わない。


『はい。今は、自機性能に絞って検索していますが、それでも3年はかかります』

「無茶苦茶だな、おい。お前って情報処理能力は世界一じゃなかったっけ? 非公式で」

『もちろんです。しかし、この機体は周りの情報処理設備を経由できず、全て自機で賄っているので、それだけの時間がかかると思われます』


 コアからしても特別スペシャルな感じだからなぁ。普通のアステロイドとは勝手が違い過ぎるか?

 まぁ、アグレッサーの物だと仮定すれば納得の代物だが。とは言っても――あ、


「トレースはどうだ? この機体は少なくとも動いていたハズだ。オレは『グラウンドゼロ』で直接確認してるからな。最後に動かしたプログラムを履歴検索。そこから浮遊機関を解読」

了解サー。ビンゴです。浮遊機能の名は『ジャナフ』。これは、“翼”も含めた浮遊機関の名称のようです。詳細解読は不明。ですが機能から浮かび上がる事は出来ます』

「今すぐ飛び上がれるか?」

『機関機動確認。機体は待機状態だったようです。『ジャナフ』発動までカウントダウン開始。3秒前』


 視界の邪魔にならない様に、モニターの端にカウントが表示された。

 3、2、1――


「飛べ!!」


 瓦礫が積み重なった闇を照らす様に、【クライシス】に光が宿る。






 漆黒の機体は、鋼鉄の卵にケーブルをつないだまま、先の『高熱装甲』を再生しようとしていた。

 技術ちしきは持っている。後は材料があれば再現は可能。時間がかかるが、周囲の金属と必要な資材を少しずつ吸収していく。

 その時だった。モニターの端に瓦礫が浮かび上がって行く様を捉えて、弾けるようにそちらを振り向く。


 場所は第六ターミナル。まるで、その場所だけ無重力になった様に、瓦礫を浮かび上がらせている根源は光に包まれていた。


 否、その光は機体そのものが発する命の証明であるのだ。

 誰にも否定できない、人の貫いた“未来”が繋いだ意志。何人も決して消す事が出来ないと告げていた。






 この世界に、星に、そして人々に――

 思いは届いている、と――

 絶対の破壊を体現する右腕を持つ漆黒の機体。

 左眼を縦に破壊されたような傷を持つ純白の機体。

 最も“同じモノ”であるが故に、“意志”が違えたから相反し合う。


 その決着をつける為に……“星の意志”は世界を越えて対峙していた。

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