白銀者の帰還8 売られた兄妹
オード兄妹――シゼンとミアンは3歳の頃に母親に売られた。
理由は彼らも知らない。実父の姿を見た事も無く、母は毎日の様に別の男と家に帰ってきた。その度に、部屋の隅や押し入れの中に押し込まれた。
まだ物心付く前だった。
けれど、シゼンとミアンはなんとなく悟っていたのだ。母にとって自分たちの事は足枷にしかなっていない……不要な存在なんだという事を――
そして、珍しく兄妹は母と一緒に出掛ける事になった。その足で軍の施設に連れて行かれ、次に迎えに来るまで言う事を聞いて良い子で居るように言われた。
子は母を選べない。例え……求められていなくても、彼らにとって唯一頼るべき存在は母ただ一人だった。
連れられていく時、窓から外を覗いた際に母は大金の入ったケースを持って、いつも家に来ていた男と車に乗り込んでいた。
シゼンにとって、ソレが母を見た最後の姿である。
その後は良くわからない。軍服の指示に従って、別の建物に数日かけて移動すると、今度は白衣を着た人たちに単純な事をやらされた。後に実験と言われる事だった。
人を殺す事を命じられた。
まだ幼く、明確な“死生観の線引き”が構築される最中であったことから、何をするにしてもソレが当たり前で何の疑問も感じなかったのである。
人は、どこまでで死ぬのか。
捕虜となった敵兵士。その“人”の皮を剥いでみた。悲鳴が煩かったので口を縫い合わせる。けど、ソレは情報を引き出せないと怒られ、以降はなるべく控えた。
動かなくなった“人”を貰った。その時は、妹も参加するとの事で、久しぶりに二人で“遊んだ”。椅子に括り付けて、色々と試した。一番びっくりだったのが、死んでいても反射運動は残っているらしく頭に釘をうちつける場所で動く手足の位置が変わるのだ。
また、生きた人の相手。今度は身体の半分の皮を剥ぎ、腸を引っ張り出す。結構死ななかった。人体の神秘に眼を輝かせながら、臓器を順番に取り出してどこまで行けるのかを試す。結果、途中で大量出血で死んでしまった。
そんな、捕虜を拷問し情報を引き出した後で“遊ぶ”日常が半年ほど続いた頃、世界が違って見えるようになった。
“人”が全て“人形”に見え始めたのだ。
例えるなら、安い作りの糸釣り人形。よく、露天なんかで見かける簡素なモノで、人のポーズをデッサンする人間が使っている人形を想像してくれればいい。
妹はいつも通り“人”に見えていた。それ以外はただの“人形”だ。だから、結局妹以外は全て玩具なのだと、今まで以上に自分のやっている事が当たり前の作業だと実感できるようになった。
飽きない様にバラバラにする方法を変えてみる。腕を切り落として左右つけ替えたり、眼球が以外にも硬かったりと、試す事には事欠かなかった。
一度情報を引き出せば後は用が無い、と次々に“人形”は入れ替えられる。時には自決しようとして呑み込んだ薬を取り出すために急いで腹を切り開いた事もあった。当然、その対象になった捕虜は死んだ。
シゼンとしては生きたまま、頭に釘を打ち着けて痛いかどうかを知りたかったと、残念そうに呟く事も多々あった。
妹も混ざった時は、“人形”のパーツを使って、見真似で野球をしたり、昔見たアニメのヒーローごっこをして過ごした。
それからだった。母と別れてどのくらい経ったのか解らないくらいの時間を過ごした頃、いきなり耳を塞ぎたくなるほどの爆発と、なだれ込んできた“人形”がいた。
シゼンとミアンは嬉しかった。ようやく次の“人形”が来たのだ。動かないのはもう飽きてしまっていた。
そして、鋼鉄の扉を蹴破って入って来たのは、赤く長い髪を持つ“人形”――――セレグリッド・カーターだった。
「…………」
シゼンは半年間世話になった仮設宿舎の自室で仰向けになって先ほどの出来事を思い返していた。
『『タフリール』。活動内容は“戦地復興”を主としているようです。登録自体は、50年前から確認されており、設立者はシーランド・サクス。海洋国家の王族の一人です』
近くのコンセントで充電している
「慈善精神だね」
『既に故人ですが、現在は六つのグループに分かれて世界中で活動しているようです。今回接触してきたのは恐らく『面白い事をする団』の一員です』
「無茶苦茶フリーダムなネーミングだな。本当に復興組織かよ」
『実績はそれなりにあるようです。『面白い事をする団』は』
「その名前を連呼するな。吹き出しそうになる」
『
ともあれ、一番驚いたのが初対面で“人”に見える少女――いや、美少女の事だ。
今までは、どんな人間でも初対面で妹以外は“人形”にしか見えない。だが、長年人生で様々な人間と関わった結果、“人”と“人形”に見える境が解ってきたのだ。
きっかけは養父のセレグリッドに出会ってすぐに抱きしめられた時だった。その時から彼を“人”に見えるようになったのである。
『セブンス』のメンバー。『サンクトゥス』の総帥。その他、特に親身になって関わり、腹の内を明かし合った“人”たち。
数えてみると、世界で自分が“人”に見える人間は本当に極僅かだ。
そして、自分の視界が捉える“人”と“人形”の境は、自分自身が心から信頼に値するかどうかであるらしい。
なら彼女は何者?
「最初から、他人が“人”に見えていたのは初めてだ」
ここ半年、セレグリッドと復興作業中に訪れた『オールブルー』の人間以外は全て“人形”にしか見えない。もし、まともな人間がシゼンの視界を体験すれば、不思議な世界に迷い込んだと、正常では居られないだろう。
それも踏まえて彼は“人形”だらけの世界で違和感無く日常生活を行っている。
当人もそれが異常であると理解していた。
『私には理解できません。“人”が“人形”に見えるなどと』
「まぁ、過去の過酷な体験の賜物だな。結構便利だぜ? なんせ、偽物と本物の区別が簡単にできるからな」
他人には信じられないような世界だが、それでも意外と役に立つ事も多い。特に何気なく近づいてくる殺気を持った相手には大いに役に立った。
『アナタの脳を調べれば科学の発展に役に立つと思います』
「はは、結構言うじゃねぇか」
『言いたいことは遠慮するなと、アナタに言われてますので』
「うーむ。お前は少し空気を読むことを覚える方が良い」
『努力します』
ファラとの会話で考察の論点がずれたが、改めて考え直してみると……彼女は明らかに“人”に見えていた。誰かの身内だったのかもしれないが、彼女とは一度も面識はないし、知っている人の面影も感じなかった。
“エイル・S・オードと申します”
「ん? あれ? オード……?」
『今更ですか』
思わずシゼンは起き上がる。“オード”というミドルネームは最近検索したところ、ここ近年で事故や病によって死去している者が殆どであり、今となっては自分と妹しかいないのだという。
そもそも、“オード”という名は珍しく、そのミドルネームを持つ人間とは顔を合わせた事が無い。今日を除いては。
「身内に居たっけ?」
最近妹から、母に会った、と連絡があった。しかし、そちらはもう消えた“オード”であるため数に数えなくていい。
『検索しますか? 時間は12時間38分28秒かかります』
「……いいや。どうせ、また明日会うし、その時に聞く」
明日は『サンクトゥス』と
それと、整備に回していた愛機も送ってもらおう。物資の搬入や瓦礫の撤去など復興作業にアステロイドの有無は大きく役に立つだろうし。
「なんか、明日が待ち遠しいわー」
なんたって、美少女だ! しかも可憐。しかも“人”に見える。初見で! なんかこう、青春的な物を感じますよ! 25だけど。
“アグレッサー”は空に現れる楕円の空間スカイホールから降下してくる。
スカイホールの大きさは様々で、その直径から投下されるアグレッサーの数を推測できる。
だがスカイホールら展開時に高密度のエネルギー磁場が発生しており、航空機はもちろん、アステロイドも対策を取っていなければ強制的に
グラウンドゼロの時、『セブンス』による、この世界で最も高い威力と射程を持つ『艦隊連動式大型狙撃電磁加速砲』――通称インサイト・オブ・オーバーによる狙撃を行い、出現したスカイホールの破壊を試みた。
弾丸にはエネルギー
狙撃手はカナン・ファラフリ。彼の狙撃は完璧に行われ、命中であると本人も告げた。
しかし弾丸は、スカイホールに接触した瞬間に消失した。
消滅ではなく消失。それによって前々からの仮説が、立証された瞬間だった。
スカイホールは文字通り、別の世界を繋いでいる扉なのだと。得体の知れない技術を要する“アグレッサー”との戦終に一歩だけ近づいた瞬間でもあった。
後は、スカイホールを通る為の機体を用意する必要がある。しかし、撃破した“アグレッサー”の機体を解析しても特別な処置を施している様子は無く、自分たちの機体と根本的な材質は何も変わらない。
見つけた突破口だが、未だに“アグレッサー”の一方通行を許している事から、戦いは後手に回るしかなかった。
そして、今夜……最も、在りえないと思っていた場所に『スカイホール』が現れる。
それは、多くの傷跡を残しつつも、再び立ち上がろうとしている都市。
零時。日と日を跨いだ、その瞬間――復興途中の『ウォーターフォード』上空に『スカイホール』が出現した。
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