白銀者の帰還6 白銀の狂児

 それはイノセント・ハーバーが軍に所属していた頃――20年前の出来事だった。


 彼は第8次中央戦争にて、同盟国として戦場に参加していた。

 彼の出身国は『ヴルム』と呼ばれる後の勝利国。当時は対地戦用のアステロイドを駆り、小隊を率いていた。


 元々、敵国との兵力は倍近く差があったのだが、何故か作戦や重要な情報が筒抜けになっていた事からズルズルと長引いていたのである。

 その事は、敵国に潜り込んでいたスパイや、捕虜になった者達が喋るハズも無く、自陣から情報が漏れていると上は推測していた。


 仲間と共に多くの死線を潜り抜け、小隊は勲章も受賞されるほどの戦果を挙げた頃、外部部隊との合同任務にて、とある施設を攻撃、制圧する任務を請け負った。


 攻撃目標の施設は敵国でも重要な拠点であり、制圧によって戦争全体の戦局が決まるほどの重要な作戦だった。

 その頃になると、敵国の敗北は濃厚になっており、その施設の制圧も勝利へのダメ押しのような戦いである。何も知らない者達が見ればそのように解釈しただろうが勝利国には、どうしてもその場所を落しておきたい理由があったのだ。


 その施設は、捕虜収監場だった。多くの同胞が誰一人帰らない事に、その収監所に多くの者達が捕まっていると上層部は判断したのである。

 そして、アステロイドの部隊を相手にするのが、イノセントを含む多数の腕利きの部隊。施設内部を攻略するのが『フォルス』と呼ばれる、他の組織が保有する私設部隊だった。


 作戦が開始され、重要拠点であるが故に、激戦を予想していたが、何とも手応えの無い戦いだった。

 既に敵国に戦力は殆ど残されておらず、更にこちらは最新機の【ヴルムIII】だったことからも、赤子の手を捻るように完勝だったのだ。

 外部のアステロイド部隊は難なく殲滅。高空攻撃に備えながら、施設の内部制圧を待つことになったのである。


 そして、内部へ突入した『フォルス』からの配慮として制圧の様子を外部部隊のアステロイドのモニターに中継していた。

 これは、何らかの要因で内部の制圧部隊が全滅した際に、次に突入する部隊が同じ鉄を踏まないような配慮だったらしい。


 徹底した配慮と装備。一国を上回る技術的を持つ『フォルス』に多少疑問を覚えたが、大概の隊員は、そんな技術もあるのかー、と中継されてくる映像を眺めていた。

 順調に制圧されていく中、『フォルス』の隊員の一人が、ある一室へ侵入したところで、勝利に浮かれていた外の部隊は言葉を失った。


 映像に映し出されたのは、“赤い部屋”だった。だが、部屋の“赤”は元々の部屋の色ではないと映像を見ている者達は瞬時に理解する。


 それは……戦場では見慣れた“兵士の流す血”だったのだ。絵の具の様に天井、壁、床と、千切れた腕を、筆代わりに塗りたくっていく子供の姿も映し出された。


 赤い部屋に居たのは白銀色の髪を持った一人の子供。そして……カメラ――突入した『フォルス』の隊員に向かって視線を向けた。


『? お兄さん。新しい……おもちゃを持ってきてくれたの? ほら、もうこれって色が出なくて。あの天上の角……見える? あそこで全部塗り終わるんだよ。真っ赤真っ赤♪』


 まるでソレが当然の様に、死体を使って部屋中を赤く染めている少年は、片手に大人の千切れた腕を持って屈託のない表情で微笑んでいた。


『……通信はここまでだ』


 そう言って映像が途絶えた。あまりの光景に誰も声が出ず、中にはコア内で嘔吐した隊員もいたほどである。

 映像でコレなのだ。現場にいる『フォルス』の隊員は大丈夫なのだろうか?

 しばらくして『フォルス』から連絡が入った。


 施設内を制圧。敵は殲滅。生存者はゼロ。施設内に居た少年と少女を保護。


 そして、施設から回収された記録映像から全てが解ったのだ。

 なぜ、敵国が作戦や、機密を知っていたのか――

 それは、敵国が捕えた捕虜やスパイを拷問して得た情報だったのだ。


 如何にして、拷問も耐えうることが出来る戦者たちから情報を引っ張り出したのか。その内容は見せてもらうことが出来なかったが、少なくとも……人間が見るべきモノではないと言われて察した。


 どれ程残酷な事が出来るのか。

 人としての道徳を考えるのなら、その映像は見るべきではない。見てしまえば人と言う存在を心底信じられなくなる、と言った観点から映像の記録は全て処分された。


 後に結論だけを言われ、少年と少女は戦時中に噂になっていた『白銀の狂児』と『銀色の悪魔』である事が判明した。

 多くの同胞から情報を抜き取り、あまつさえ殺していた事に自国は大きな怒りを露わにする。


 自国は、その二人の身柄を引き渡す事を『フォルス』に強く要請。しかし、『フォルス』の方で処分した、という報告から、この件は一種のタブーとして機密ファイルに収まる案件となり闇の中に仕舞われた。


 だが、イノセントは……あの時の映像越しに向けられた視線を覚えている。


 “人”を人とは見ない、あの眼……“人”と家具や物と同じと見ていると感じたのだ。

 あの少年と少女は息をするように人を殺していた。そこに、命の弊害も、罪悪感も無い。ただ、無邪気に、子供が玩具を与えられ嬉々として遊ぶことに何の疑問を抱かないように……目を輝かせ、人を殺す。


 それは、快楽殺人者のように精神異常を来しているわけでもなく、知能不足からソレが悪い事と知らないわけでもない。

 当然の事なのだ。まるで、殺す事が日常の一部であるかのように、他人を“人”とは思っていない、あの眼……瞳に映った命を奪う事になんら抵抗が無い。


 そして――生涯忘れられないその眼が……今、20年の間を追いて目の前の男から向けられている。






「色々あったけどさ。こう見えても、社会貢献は多い方なんだけどね――うっひゃ!?」


 鋭いナイフを不恰好な避け方でシゼンは躱す。隙だらけな動きにも関わらず、未だにナイフが掠める事も無い様子にイノセントは憤慨していた。


“こいつ……何を待ってる? まさか、居るのか? 『銀色の悪魔』も――”


 目の前のシゼンだけではなく周囲にも気を配る。そして、ある結論に至った。


“囮……か? ならば狙うのはエイルか!”


 長引くのは状況を悪化させかねない。今回出向いている部隊員は自分とエイルだけ。

 自分に何かあればエイルは――


後方支援バックアップは望めないんでな」


 ナイフを仕舞わず、近接の可能性も考慮しつつ、イノセントは懐から銃を取り出した。

 本人は、なるべく目立つ事をするつもりは無かった。だが、シゼンを確実に殺すに為に、これ以上に堅実な判断はない。


「わぁお……」


 シゼンは迷わず走る。目標は近くにある瓦礫の陰だ。銃の射線から外れるようにそこへ滑り込むと同時に、弾丸は唯一晒していた肩を掠る。幸い服を抉っただけで、身には当っていない。


「あーあ、特注なのに……」


 現状よりも服の心配をしていた。

 彼がそこまで現在の戦いに真面目でない理由は状況を打開する手を既に打っているからでもある。


「……何の真似だ? エイル」


 瓦礫からそっと顔を出して様子を見ると、先ほどの少女――エイルが銃とシゼンの間に入り、イノセントの攻撃を静止していた。


「イノセントさん……ダメです。彼を……殺すのは……いえ……どんな理由があっても、人を殺す事は……間違っています」

「…………お前は、そいつの事を知らないから言える。良いか、この世の中には居るだけで……多くの害悪をばら撒く人間だっている」


 イノセントの銃を向ける相手はエイルではない。だが、現状はシゼンを庇うように銃口の前に立つ為、向けていると言っても間違いではない。


「……私は……イノセントさんの痛みを知りません……彼をそこまで否定する理由も……私は共感する事は出来ない……でも……きっと知る事で……心を通わせる事ができる……私は心からそう思っています」


 彼女の言葉も戦場に出れば、価値も意味も容易く失われる“綺麗ごと”だ。

 戦いに出る以上、誰よりもソレを口にすると言う事は、ソレに似合うだけの力を持たなければ説得力はないのだ。


「…………」


 元々、戦場で命を晒したイノセントも彼女の言う事を、あからさまに否定しているわけでは無い。

 理想は必要だ。傷つき、傷つけられた人間が、前に進む為に他の理想に縋る事はよくある事なのだ。


「――――エイ……!!?」


 降ろしかけた銃口をイノセントは再び向けた。何故なら、シゼンが物陰から出て来たかったからである。


「ま、女の子に護られるのは間違ってるよね」


 タイミング的にも明らかに……狂っている。今この状況で再び銃口の前に姿を晒す行為は、誰がどう見ても自殺に等しい。隠れていた方が、穏便に姿を出せる可能性が高かっただろう。


 だがシゼンは、その背にエイルを庇うように躊躇いなく前に出た。あまりにも無謀な行動に、イノセントは引き金を引けずに驚愕していた。


「おっさん。確かにアンタが言うとおり、オレは壊れてる。まともなら、こんな風に身を晒す事はありえない事だ」

「そうだ。やはり……お前は――」


 引き金に乗せた指に力がかかる。ここで殺しておかねばならない。この男は……やはり危険すぎる!!


「だから、さ。その銃口はオレだけに向ければいい。間違っても、女子供に向ける様な真似は今後止めてもらいたいね」

「ダメです……アナタは……死ぬべきでは……」


 背後からのエイルの声に、シゼンは後ろ目で微笑んだ。


「ま、君には“未来”がある。ここは、オレの顔を立てさせてちょーだいよ」


 位置を譲る気はない。エイルは銃口の前に身を晒してから震えていたのだ。

 それは銃を向けられることに慣れていない証であり、戦場に慣れていない事でもある。


 そんな彼女が自分の為に勇気を振り絞ったのだ。ここで前に出なければ男が廃る。


 それに、イノセントの目的は間違いなく自分だ。距離的にも撃たれても後ろには貫通しない様に配慮しているだろう。


「……死ぬ気か?」

「罪悪感って奴を感じたことが無いんでね。だから、ソレを抱えた事を想像すると……恐くて自殺してしまいそうなんだよ」


 眼は……相変わらず人を“物”として見ている瞳だ。引き金を引けば終わる。ソレで長年抱え込んでいたあの戦争が自分の中でようやく一区切り着くだろう。だが……


「…………」


 イノセントは、銃をホルスターに戻した。ナイフも仕舞う。


「おや?」


 何をしているのか、イノセント自身も解らなかった。今でも彼の中ではシゼン・オードが危険人物であることは変わらない。だが……


「古い考えでは、前に進めないと悟っただけだ。勘違いするなよ」

「イノセントさん……」


 エイルも胸を撫で下ろしながら、誰も傷つかなかった事に安堵の表情を浮かべる。


「いやー、正直肝が冷えたわ」

「嘘つけ」


 相変わらずの様子にイノセントはシゼンへ告げる。今、この瞬間まで彼は死ぬ事を恐れていなかった。エイルの前に立ったのも、命を賭けた決意ではなく、適当に命を放り出した行動に近かったのだ。


「まぁ、君が無事でよかったよ」


 シゼンは緊張の糸がほぐれたエイルを見てかすり傷一つない事を目視で確認する。


「ありがとうございました……」

「いいって、いいって。それで、君とおっさんは、オレに会いに来たんでしょ? 何の用かな?」


 だいぶ遠回りになってしまったが、二人が自分の所在へ訪れた理由を尋ねる。先ほどまで殺されかけたにしては、あまりにも警戒心が無い。

 だが、そんな彼の考慮は切り出し辛い状況になっている二人の言葉を繋げるきっかけになった。


 エイルは一度イノセントを見て頷く。そして――


「私達に……協力してくれませんか?」

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