白銀者の帰還3 壊れた兵士
それは、神のようなモノなのだ。
天地を創造し、愚者へ天罰を降す、古の神。
空を飛び、空間の移動を可能にする。全てを溶かす灼熱でも、全てを停止させる白銀の冷気でも、かの神を止める事は出来ない。
それどころか、傷一つ付けられないかもしれない。
人が羽虫などを気に掛けないように、神もまた、人の事を気にかけるハズはなかった。
だが、ソレは降臨した。
この世界で唯一触れる事の出来る……機械仕掛けの
星の意志がどこへ行くのか、ソレはまだ、人に託されている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
報告。
“グラウンドゼロ”主戦場都市ウォーターフォードの復興作業にて、かねてより情報のあった“機体”を発見しました。
地盤が崩れ、地下鉄道の線路に落ち、更に崩れた天井の瓦礫に埋もれていた模様。どうやら【セブンス】の
本日、作業をしていた【クランク】のチームより機体が埋まっていると情報を受け、現場へ向かいました。
瓦礫から露出している一部分の装甲を調べた結果……この世界のどの素材にも当てはまらない材質であることが判明。
事態を情報レベル8として現場には厳重注意。発見した作業員の上役会社にも圧力をかけ秘匿とする約束を取り付けました。
やはり、エルサレム様の言っていた【クライシス】であることは確実であるようです。後日回収の輸送ヘリと、撤去用の専用重機の導入を願います。
部下からの、この報告を聞いた世界最高峰の頭脳を持つ『サンクトゥス』の総帥は安堵した。
「少し歳を取ったが……お前の悲願だ。クライシス――」
これで、多くの犠牲が報われた。と――
「元気にしてたか?」
シゼンとセレグリッドは基地の近くにある酒場にいた。
ウォーターフォード市街の飲み屋は、全て瓦礫と化してしまった為、郊外の旅人や通りすがりを歓迎する酒場は連日満席となって繁盛している。
ウェイトレスは次々に来る注文で大忙しで、カウンターの奥でつまみを調理する店の主人も普段溢れる事の無い客足に大満足だろう。
「そっちこそ……髪切ったんですね。失恋でもしました?」
相変わらず、不動の様子が衰えない部隊長に対して、シゼンは安堵の様子だった。
唯一心を許すことのできる人物――セレグリッドは背に届く程度の髪を後ろで三つ編みにしていた。前はもっと髪の量が多かったが、今ではすっきりしている。
「馬鹿。むしろ逆だよ」
「逆?」
「今のは聞き流せ。命令な」
「まぁ……了解です」
任務先で何かあったのだろうか? 昔から、“負けたら切る”とか言っていたので切った理由は、その辺りが濃厚だ。
「今や『セブンス』は世界の花形だ。俺としては、あんまり派手なのは好きじゃないんだがな。上からすれば『ナイトメア』や『フォルス』が動くには良い隠れ蓑だと」
アステロイド開発の第一権威でもある、大企業サンクトゥス。
かの組織には三つの私兵部隊が存在している。
『セブンス』もその内の一つで、他の二つ――『ナイトメア』と『フォルス』は他の部門での特化部隊である。
そして、公に出来ない事柄も少なからずある為、残り二つの存在は
「隊長は今も任務を?」
「ああ。ちょっとばかり仕上げの段階でな。調整に時間がかかるってんで二日ほど離れてる。まぁ、ここは最後に寄ったところだから、この後の基地からの輸送船に乗って戻るさ」
セレグリッドは世界に散って任務に着いている部下たちの経過と様子の確認の為に訪問して回っていた。
「そうですか。良かったような、そうでないような……」
「ここに来た理由を察して見ろ。セイバー4」
「……その呼び方、止めてくれません?」
「お前が“隊長”って呼ぶからだ」
その言葉にシゼンは身内でも無意識に距離を取っている事に改めて気が付いた。
「……わかったよ。親父」
「おう、クソガキ。ようやくか」
やっと、いつもの様子に戻ったシゼンに、セレグリッドは笑みを浮かべながら煙草に火をつけた。
「はっきり言って隠居はごめんだ」
セレグリッドは運ばれてきた酒のつまみなどを食べながら、
ちなみに二人とも酒は飲まないので、その席だけこの店一番の嗜好品が無い事に若干違和感がある。
「そんな話があったの?」
「総帥からな。『ナイトメア』に異動しないか考えてくれって言われた。断ったけどな」
「ふーん。ていうか、『ナイトメア』ってあれでしょ? オレたち以上の特機専用部隊で、総帥の直属部隊」
「『ナイトメア』は、シギントが仕切っている。俺は気楽な部隊長が出来る『セブンス』の方が良い。まぁ、いずれは『ナイトメア』の方がアグレッサーには有効打を与えられるようになるだろ。オレ達はその繋ぎだ」
「こっちとしてはどうでも良いけどね。奴らとの戦いで楽できるならそれでいい」
シゼンはウーロン茶を飲み干しながら、セレグリッドはツマミを口に運びながら言う。
「なんとも、世界は少しずつ滅びに向かってる気がするんだよ」
「“アグレッサー”の所為で?」
今、最も世界中に被害をもたらしている存在の名前を挙げた。しかし、セレグリッドは肯定も否定もしない。
「さぁな。だが、サンクトゥスも規模がでかくなって、末端までは把握しきれない程の大企業だ。ほぼ、全ての国がアステロイドを保有する時代であるからこそ、多くの需要があるんだが……それでも背中を撫でる不気味な悪寒は消えねぇ。それどころか年々、デカくなってる気がするんだよ」
“グラウンドゼロ”はソレに気が付くキッカケに過ぎなかったかもしれない、とセレグリッドは語る。
その言う事はシゼンも少なからず感じ取っていたし、彼の勘は結構当たる。
劇的な流れの中で、ただ目の前のことに必死だった。“グラウンドゼロ”では生き残るために、全神経を集中させ、出来る事の限界を超えて、渡り続けた。そして、渡り切った先に待っていたのは――
スカイホールを通り、目の前に降り立った白い機体。敵だと解った。
交戦。不思議な事に白い機体は戦おうとしなかった。まるで戦う事を拒否するかのように、退きながら戦場を離脱しようとしていたのだ。
ソレを逃すほど甘い戦場ではない。
アグレッサーの思考は予測不可能。落とせる時に落としておかなければならない。
シゼンは背を向けた白い機体に瞬時に肉薄。そして撃墜した。
その地に仰向けに墜落した白い機体の動向を確認しようと近づくと“コア”が開いていた。中には――
「…………親父。オレってやっぱり壊れてるかも」
「馬鹿。もう二十年も前の話じゃねぇか。今更、思い出すなよ。しかも食事中に――」
「ハハ。ごめん」
困ったように笑う息子を見てセレグリッドは昔から抱いていた懸念がたった半年でかなり膨れ上がっている事を危険視していた。
ソレは時限爆弾のようなモノだ。シゼンの妹は上手く処理しているが、彼はいつ炸裂するか分からない。
「やっぱりお前は温いバイトするより……戦場に居る方が良い」
「ソレを親が子に言う?」
「ああ。特に心に深い傷を負ったクソガキには普通の生活は無理だ。だから、普通じゃない生活で自分を保て」
「…………」
「“普通”のフリは止めろ。そんなんじゃ、いつか壊れるぞ」
昔……本当に昔の事だ。オレと妹はもう普通には戻れないところまで追いつめられたのだ。
3歳の頃が初めて。ソレを2年間やらされた。そして、ソレを今やれと言われても問題なく行使できるだろう。
人たちが“人形”に見えている限り――
「なぁ、シゼン。もう、良いんじゃないか?」
「……何が?」
「何か変われると思ったから、ここに残ったんだろ?」
正直な所、シゼン自身も何故、部隊から離れているのか……よくわからなかった。
なにか……完成するはずだったパズルが、急に正しいピースの並びでない事に気が付いて、組み立てるのを止めてしまう様な……
なんとなくだが、今の自分はソレに近い気がする。自分で例えを上げておいて、本懐はよく解らないが……
正しいと思ってやっていた事が、普通だと思って目指したモノが、
しかし、ソレに対する“答え”も結局のところ見つかっていない。
「結局は何も無かった。これで良いじゃねぇか」
「…………」
そう。全部ただの気のせいで、本当は何も無いのかもしれない。半年間……ただ黙々と瓦礫を掘り起こし続けたのも、分からない“何か”を探すと言う、訳の分からない行動だったのだろう。
つくづく壊れている。シゼンは心の中で自虐した。
「『セブンス』に戻ってこい。そうすれば、“いつもの日常”に戻れる。カナンも、シエンも、ミアンも、リンも……お前が戻るのを待ってるぞ」
その言葉にシゼンは明確な返事は出来なかった。ただの“日常”で壊れていると感じる自分の過去で“抉られてしまったモノ”が何なのか……
誰にも解らないし、答えなんてもらえない。だけど確かな事が一つだけある。
今日も“答え”が出なかった事だけが、“確かな答え”だと言う事だ。
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