第8話 血を吸われたウサギ

 吾作がトボトボと家に帰ってきたのはもう明け方近くだった。

 その間、おサエは心配で寝る気分になんてなれず、ひたすら家で待っていた。


 もう空の色が変わってきたなあ……


 おサエは障子の外の色が黒から赤黄色に変わってきた事に気がつき、ため息を一つもらした。そんな時、


「ただいま…………」


 力ない吾作の声が聞こえた。おサエは家の扉を急いで開けた。


「おかえり! 大丈夫だった?」


 しかし、おサエは吾作の豹変した顔を見て驚きが隠せなかった。しかし吾作はその事に気がついていない。


「わし……ウサギの血を飲みきって……殺してしまったわ……」


 そう力なく言った吾作の左手には、骨と皮だけになったウサギが耳から握られている。

 おサエはそのウサギの亡骸を見て、更に驚いて、わなわなオロオロを冷静にいられなくなってきた。


「ご、吾作? あんた、顔……手も……なんか昨日のあの人みたいになっとるよ」


「え?」


 吾作はその一言を聞いて、自分の両手をまじまじと見た。

 その手は、あの男のように平たく広がり、指が細く長くなり、爪も一晩で伸びる長さではない長さに伸びており、先が尖っていた。

 ウサギを持っている左手も、器用に爪が刺さらないようにウサギの耳を握っていた。

 それに驚いた吾作は自分の顔を見るために土間の鍋にはってあった水に顔を写した。


 その顔は、まさにあの男と同じ、生気が抜けて頬はこけて青白くなり、目は窪んでいるが妙にギョロっとして、前歯は出っ歯じゃなかったのに出っ歯になっており、歯の先端は尖って鋭かった。

 さらに、何故か水面に写った顔は半透明のように顔の後ろの天井が透けて見えているではないか。

 この顔を見て愕然としていると、手に持っていたウサギの亡骸が急に、


 ビクビクッ!


と、動き出した。


「ひ、ひええ~!」


 吾作はあまりにびっくりしてつい手を離しウサギを地面に落としてしまった。

 するとそのウサギはすぐに起き上がると、キョロキョロと落ちた家の土間とすぐ横にいる吾作を見て混乱している態度をとった。

 それを見た吾作とおサエも骨と皮のウサギがあまりに元気に動いているので、あまりの衝撃に見入ってしまった。

 するとウサギは二人の人間の顔を確認すると、慌てて家の外に飛び出した。


 外はもう朝日が差し込み始めており、ウサギはその朝日をしっかり浴びた。

 その瞬間、ウサギから一気に炎が全身から吹き出し、鳴き声を出す余裕もなく一瞬にして燃えきってしまった。

 そして灰すらも残らなかった。


 その一瞬の出来事を見た吾作とおサエは、あまりの事に立ちつくしてしまった。


「わ、わしが血を吸ったウサギがあんな……あんな……わ、わしもああなるのか? わしも…………ヒィーーーーーーーーーーーー!」


 吾作はあまりの恐怖に大慌てで布団の中に潜り込み、ぶるぶると震えた。

 家の入り口で見ていたおサエは、そこにウサギがいた辺りを見ながら、わなわなと震え、その場でヘタリとしゃがみ込んでしまった。

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