第2話

"君は強くなりたいのか"


"うん。強くなりたい"


"それは何故だい"


"うーん、何でだろ。よく分かんないや" 


"目的もないのに強くなりのか"


"うん"


"随分と変わった子どもだね君は"


"そうかな、でもそう決めちゃったんだ"


"そうか…じゃあおじさんが強くさせて上げよう"


"本当!"


"ああ、本当だとも。だけどかなり厳しいけど大丈夫そうかい"


"多分大丈夫!"


"そうか、そしたら君の名前を教えてくれるかい"


"僕はアルバート·レイスだよ。おじさんは?"


"私か、そうだな…、私は…………


「はッ!」


 アルバートは目を覚まし、気が付けば手を伸ばして何かを掴もうとしていた。


「夢か...、見るならもう少しマシな夢を見たかったな。」


 アルバートの見ていた夢、それは幼い日の思い出だった。まだ、彼が五歳の頃の夢である。


「全く、汗でびっしょりじゃないか。最悪だな。」


 心の奥底に残っていた記憶。彼から見てしればそれは消したはずのものだった。


「師匠...」


 夢の中で邂逅した男。それはアルバートの師であり恩人、そして今尚残り続けている彼の後悔だった。


「俺は今、アンタにどれだけ近づけているんだろうな。」


 アルバート以外の人が居ない彼の寝室で、一人虚空を眺め過去を振り返っていた。


「ん?ああ、風か。」


 ベッドのすぐ側にある開いた窓から風が吹く。その風に自身の熱を奪われぬ様にアルバートは約束に遅れぬよう準備を進めた。




 


 


 アリスト王国。それはこの世界で五本の指に入る列強である。この世界の五つある大陸の一つ、マウラリア大陸の頂点に君臨し、同盟国は約二十数ヵ国と栄華を極めている。その成り立ちは現国王の祖先が興したものであり、今から数えて約二千年の歴史を持つ。その隆盛は内政·外政は勿論のことだが、多くは戦いを通して築き上げてきたものだった。


 そんな王国の都市部である首都カルデラにアルバートはいた。


「相変わらず、ここは人が多いな。」


 リリアとの待ち合わせのために久々に王国の中心部に足を運んだアルバートはそこの活気、言い換えるなら人通りの多さに辟易としていた。だが無理もない。彼はそもそも人が来ない様な場所を好んでいる。その源流は幼少期に過ごした環境によるものだが、それが大人に成った今でも引き継がれていた。




「あら、奇遇ね。というか随分とお早いことね。」 


 いっそのこと約束を無碍にしようかと考えていた所でリリアと出会った。


「リリアか、別に早くはないだろう。まだ三十分もあるんだからな。それよりも、お前の方こそ何故此処にいる。仕事はどうしたんだ。」


 そう、まだ時間ではない。現在の時刻は九時二十分。昨日の約束が九時五十分であることからも特段変ではないのだ。


「仕事なら部下に任せてるわよ。といっても殆ど解析だからウチの部署は管轄外だしね。」


「解析というのは昨日のか。」


「そうね、まあ殆ど分からない事だらけだから進んでるのかも不明だけど、学者たちは大興奮状態よ。あんなところに居たら疲れちゃうし邪魔になるわ。」


 だから先に抜けてきたのと続けて言ったリリアを見て、その返答にある程度納得がいった。アルバートの知る彼女はかなり真面目で几帳面だ。それこそ仕事を途中で投げ出すなんて事は決してしないし、許さない。だからこそ、彼は疑問に思っていた。まさか仕事をサボったのではないのかと。


「それにしてもちゃんと来るなんて、明日はオークが降るんじゃないかしら。」


「失礼だな。勝手に約束されたならともかく、俺の意思で約束はしただろう。お前には一体俺がどう写っているんだ。」


「自己中心的で、ひたすらに鍛え続けてる変人ってとこかしらね。」


 微笑みながらそういうリリアにアルバートは単純に酷い評価だと感じた。しかし端から見れば彼女の評価は正しいものとして受け入れられる。それ程にアルバートは少しずれている部分があった。


「はあ、まあ良い。ところで今日は国王への謁見だけで良いんだよな。」


「ええ、その筈よ。ただ、ちょっとゴタゴタしてるから長くなるかもだけどね。」


 今日の予定をあらかじめ確認しておこうと思いリリアに聞いたアルバートはその返答に何か不穏な雰囲気を感じ取った。


「…なんだそのゴタゴタというのは。」


「さあね、こっちが聞きたいぐらいよ。それに今回の依頼も急遽決まった事だし、多分そのゴタゴタの正体なんじゃないの。」


 まあ大したことないと思うけどと続けてリリアはアルバートと合流した所から王城に向かう道に歩を進める。対して彼は彼女ほど楽観的に考えてはいなかった。


(急遽決まった事が絶対に大したことでない訳がない。)


(何か向こうのトラブルがあってか、あるいはよくは分からないが俺にしか解決出来ない事でか…)


 どちらにせよ、気を引き締めておこう。


 彼は心の中で呟く。彼の心情は楽観的なものではなく、これから起こるであろう事態に対する疑念で一杯であった。しかし、その思考もリリアの急かす様子と早く行くわよという一声で一旦止まった。彼はその考えを一時的に保留し、彼女の元へと歩いていった。






「着いたわね。」


 時刻はちょうど九時五十分。彼らは賑やかな王都の店を片目に見ながらぴったしに行き着いた。門番に会釈をし、城の中に入っていく。


「相変わらずここは広すぎるな。」


「…アンタ、一様王城なんだからそういう事は言わないでよ。」


「土地の無駄だ、こんな建物は。」


 リリアはバッサリとこの建物を切り捨てるアルバートに若干呆れた表情を返した。最も彼がここに来れば必ず言う文句のため、彼女もそれには慣れてきているが、これが一般人なら彼のようなことは言わないだろう。


 そうこうしているうちに、彼らは王のいる王座の間に到着した。


「それじゃ、また会いましょう。」


「ん?お前は来ないのか。」


「元々謁見を許されているのはアンタだけよ。あたしはただの案内役ってところよ。」


 贅沢な身分よねとでも言いたそうな顔でアルバートを見るリリアであったが、彼は心の中にあった疑念が確信に変わるような感覚に陥った。


(リリアには許しがない?おかしな話だなこれは…)


 アルバートの疑念は膨れていく。確かに依頼は自身にしかされていないが、リリアの実力や地位、功績を考えれば特段彼女が参加したとしても支障はないし、逆に依頼達成のことを考えれば居た方が遥かに楽になるだろうと彼は考えていた。そう思うくらいには、彼は彼女の事を信頼していた。


「取り敢えずは分かったが、まあ、文句の一つは言ってこう。」


「そうしてもらえると助かるわ。」


 二人はそう言ってアルバートは留まり、リリアはそのまま通路を進んでいく。


「さて、入るか。」


 気持ちを改めて目の前にそびえる巨大な扉の前に立つ。すると、ギギギと重たい音を鳴らしながらゆっくりと扉が開く。そして中にある部屋の煌びやかな明かりと壮大な装飾を施された部屋の奥に仰々しいまでの玉座に座った国王とそばに控えた国の宰相、護衛のための国王直属の四騎士が居た。


 普通に生きていれば確実に入れないであろうこの部屋は、独特の雰囲気を纏い、まるで入室する者の器を試しているように見える。そんな場所でアルバートは気にするそぶりもなく歩いていく。そして部屋の中央付近で止まり、彼は自身を名乗った。


「アルバート・レイス。国王の勅命に馳せ参じた。それで、今回の依頼は何ようか。」


 頭を垂れず、跪くこともせずに堂々とした態度で言葉を放つ。


「よく来たなアルバート。さあ、立ち話もなんだそこに掛けろ。」


 優しく、されど威厳ある声で玉座に座る国王、アリスト・デ・バウラ・コンコルド四十八世は自身の魔法でアルバートの後ろに椅子を創り出した。その椅子に彼は遠慮なく座る。


「さて、今回は依頼の詳細を話すための謁見であったな。」


「ああ、俺もそう聞いている。」


「そのことだが、それより先に少し聞きたい事があってな。昨日の早朝にお前が倒した規格外のワイバーンについてだ。」


「それについては、こっちも特に話すことは無いぞ。如何せん、突然現れたからな。それも直前まで気配もなかった。リリアでさえ気付いてなかったんだからな。」


 まるで対等の関係の様に話す彼らだが、そこに口をはさむ者は居なかった。本来ならあってはならないことだが、ここにはこの二人の関係性を知っている者しかいない。


「そうか…ああ、いや、ならこの話は終わりだ。して、本件の方を話そう。」


 どうやら、王国でも昨日のワイバーンの件は想定外らしかったが、得られるものが無いと分かり、国王は話を移した。


「内容としてはリリア・サウザンドラが言った通り、貴公をアリスト王国立第一学校の3年Dクラスの教師として一年間の赴任とする。これについて何かあるか。」


「無いわけではないが、受けた以上はやりきる。ただ、納得はしていない。」


「ふふふ、そうか。では、納得が行くように説明をしよう。」


 不満げなアルバートと楽しそうな国王。両者はこの瞬間はいたって対照的であった。


「アルバート。お主はアトランタ帝国は知っているな。」


「当たり前だ。この国の人間なら知らない方が駄目だろう。この前まで戦ってたんだからな。」


 アトランタ帝国、アリスト王国と代々敵対関係にあった国の名前である。つい最近までこの帝国と王国は覇をしのぎあっていた。しかし、現国王であるコンコルドの尽力もあり、今は休戦協定を結び、血で血を洗う様な凄惨な戦いは息をひそめていた。しかし、過去の遺恨から今でも友好的な関係とは言えないのが現状である。


「左様。そして、それが今回お主に依頼という名の強制をさせた理由だ。」


「何?一体どういうことだ。」


「おい、あれをここに。」


 事態が把握できていないアルバートにコンコルドは四騎士の一人に声をかけ、あるものを彼の前に置かせた。そして彼は驚愕する。


「ッ!おい、これは...」


「お、見ただけでわかるのか。流石は無双の剣鬼だな。」


「いや、細かなことは判らんが直感で分かる。コイツがヤバい代物ってことはな。」


 アルバートの目の前に出されたもの、それは黒色に濁った液体であった。ドロドロとしており、傍から見ればただの泥そのもである。しかしその正体はそんな可愛げのあるものでは無かった。


「これはな、泥の心臓という爆弾でな。その効果としては使用者の魔力に直接働きかけ、辺り一帯を焦土にする程の強烈な爆発を引き起こす。この瓶一つでもこの建物は吹き飛ぶ程だ。」


「成る程...つまり、これに帝国が一枚噛んでるという事か。」


「そういうことだ。これ自体は王国の諜報部隊が極秘に入手したものだが、恐らく向こうでは騒ぎになっているだろうな。」


 この話し合いでアルバートは何故自身の下にあの依頼が来たのかをある程度察した。しかし、ある疑問を彼は抱えた。


「そのものについてはよく分かったが、それがどうして俺の依頼に関係してくるんだ。もしかして...」


 少し考えるように呟いたその言葉に、国王はその顔を真剣なものに変えた。


「ああ、確かにお前の依頼には関係が無さそうに見えるものだが、先の帝国との休戦協定のために、ある条件を我々は結んでいてな。」


「ある条件ってのは一体どういったものなんだ。」


「単純なものだ。互いの国の王族・貴族を人質として交換するというものだ。」


「それはまた、ありがちな内容だが、随分と思い切った事をしたな...」

 

「仕方あるまい。そうでなければ休戦協定は結べなかっただろうからな。」


 一連の会話で、アルバートは思考を深めていく。


(休戦協定の条件によって、少なくとも帝国の中枢にいる人材がこの王国にやってくる。ならば、帝国側からすれば、これを理由にして王国内部の情報を出来る限り奪いたいと考える奴がいても不思議じゃない。)


(そして、泥の心臓という強烈な道具の存在。となると、今回の依頼、その真意は...)


「成る程、アンタは俺に、帝国から来る人質の監視と護衛を任せたいんだな。」


「そういうことだ。王国側としても、今回のような休戦協定は簡単に結べるものではない。だからこそ、帝国側の人質には細心の注意が必要になる。」


「加えて、表向きは此方の方へ留学してくる学生としての立場で来る関係上、大っぴらに監視する事自体、関係性の悪化を招きかねないため、難しい局面にある。」


「しかし、そんな中で、その泥の心臓が帝国側から見つかった。あやつらもそこまで馬鹿ではないとは思うが、もし、その人質の中にそれを使いこなす者がいた場合...」


「その被害は、考えることも出来ないってことか。」


 左様。と国王はアルバートに告げ、そこまでの内容から、彼は今回の依頼の事に対して納得をした。


「取り敢えず、今回の依頼の詳細は分かった。俺はその人質たちの監視や護衛をしつつ、もし、何かあれば全力で止める役割って事で良いんだな。」


「ああ、それで良い。」


 話が終わりに向かい、それまでの重苦しい空気が薄れていく。そして、具体的な日程や此れからの生活についてなどを話して、謁見は終了した。アルバートはそれまで座っていた席から立ち上がり、その足を出口の方へ向け歩き出す。


「なあ、国王。」


「何だ。」


 出口の扉の前に立ったアルバートは、顔だけを国王の方に向かせて尋ねた。


「もし、王国側の馬鹿が仕掛けて来た場合、それは此方で処理しても問題ないのか。」


 アルバートはそれ程大きな声量ではなく、しかしハッキリとした声で言葉を出す。それは、冗談交じりのものではなく、少しの圧を込めたものであった。


「ああ、その事ならお前に任せる。」


 そして、国王も同じように少しの覇気を纏わせて告げた。


「了解した。もしもの場合は此方で勝手に対処する。」


 その言葉を言った後、アルバートは今度こそ部屋から出ていった。出てすぐの廊下には、昼頃の日差しが床を照らしており、二時間程話をしていたことに気づいた。


 思ったよりも時間が掛かったなとアルバートは一人愚痴る。そして、此れからの事について彼は思考した。


(今回の依頼、思ったよりも複雑で、面倒な事になったな...)


(それにしても、一週間後の4月から赴任とは、あんまり時間がないな。準備は早めにしておく必要があるな。)


(何にせよ、やれるだけやるとしよう。)


 アルバートは、此れから訪れる自身の依頼を思いながら決意を固め、歩き出した。


 この時は、あのような事件に巻き込まれるとは露知らずの彼に、昇りきった太陽の光が彼を見守っていた。

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