1−18 秘密の告白

「あの…シュミット様…」


アリアドネはためらいがちに目の前にいる美しいシュミットに声を掛けた。


「ミレーユ様。貴女はこの城主の妻となられるお方です。どうぞ私の事はシュミットとお呼び下さい」


深々と頭を下げられたアリアドネは慌ててシュミットに弁明した。


「いいえ、違うのです。私は…ミレーユという名では無いのです。その名は姉の物なのです」


「え…?どういう事ですか?」


するとヨゼフが頭を下げてきた。


「申し訳ございません。どうかアリアドネを責めないでやって下さい。アリアドネはミレーユ様とは腹違いの妹です。彼女は伯爵に命じられてミレーユ様の代わりにこの城にやって来たのです。決して辺境伯様を…この城に住む皆様方を騙すつもりはなかったのでございますっ!」


「ヨゼフさん…」


アリアドネは悲しげに目を伏せた後、シュミットに頭を下げた。


「本当に…申し訳ございません。すぐにこの城を出て行きます。もう二度とここには参りませんので、どうぞお許し願えないでしょうか?そ、そして…で、出来れば…この事は私の父に黙っていて頂けないでしょうか…?」


虫の良い話であることは、十分承知していた。ただ、アリアドネはステニウス伯爵家に追い出された話を知られたくなかった。もし知られてしまえばどの様な罰を受けるか、恐ろしくてたまらなかったのだ。


「…」


 小さな肩を震わせて頭を下げるアリアドネの姿にシュミットは言葉を無くしてしまった。それにアリアドネの着ているドレス…。よく見てみると、とても伯爵令嬢が着るような代物では無かった。これではまるで貧しい村娘である。


(これは…何か深い理由があるのかもしれない…)


シュミットはアリアドネとヨゼフに声を掛けた。


「お2人とも…どうぞ顔を上げて下さい」


「はい…」

「…」


アリアドネは返事をして顔を上げ、ヨゼフは無言で顔を上げた。


「とりあえず、詳しい話を聞かせて下さい。外はもうすぐ日が暮れます。城の中でお話を伺いますので」


するとアリアドネは真っ青になって首を振った。


「え?!日が暮れる…?た、大変!ヨゼフさんっ!早く行きましょうっ!」


「そうだな。隣の宿場町に行くには深い森を通り抜けなければならないし…。申し訳ございません。我々はもう出発しないとならないのでこれで失礼致します」


そしてヨゼフとアリアドネは馬車へ向かおうとした。

そんな2人の様子を目にしたシュミットは驚いて声を掛けた。


「な、何ですってっ?!今から宿場町に向かうですってっ?!お待ち下さいっ!」


「しかし、今から出ないと夜になってしまいます」


ヨゼフはシュミットに言った。


「いいえ、なりません。こんな時間に宿場町を目指せば、すぐ夜になります。森の中には夜になると狼の群れが現れます。今から出発すれば…間違いなくお二人は狼の餌食になってしまいますよ?!」


「えっ?!そ、そんな…」


アリアドネはその言葉に思わず涙ぐんだ。


(どうすればいいの…?辺境伯様から出ていくように言われているのに…)


「な、何という事だ…」


明らかに落胆する2人を見てシュミットは思った。


(ひょっとすると、この方達はエルウィン様にお目通りして…今すぐ城から出ていくように命じられたのかもしれない)


外の空気は益々冷たくなり、薄衣のドレスを着たアリアドネは身体を震わせている。ヨゼフも寒そうにしている。


(いつまでもこの様な寒空に2人を置いておくわけにはいかない)


そこでシュミットは2人に声を掛けた。


「お2人とも、馬車と一緒に私の後についてきて頂けますか?今夜は私が案内する場所にお泊まり下さい。日が完全に落ちると、ますます寒さが厳しくなりますので」


シュミットの言葉にアリアドネとヨゼフは顔を見合わせた。


そして…。


「すみません、宜しくお願い致します」

「ご親切にして頂き、感謝申し上げます」


ヨゼフとアリアドネは交互に頭を下げた。


「では馬車に乗ってついてきて下さい」


シュミットは笑みを浮かべると馬にまたがった。その様子を目にしたアリアドネとヨゼフも馬車に乗り込む。


「よろしいですか?では参りましょう」


シュミットは御者台に座るヨゼフに声を掛けた。


「はい、お願いします」



そして、夕暮れの中、3人は移動を始めた―。

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