1-15 初めての対面
アリアドネとヨゼフは謁見の間に連れて来られていた。
尤も、ここは謁見の間と言っても王宮の様に美しい部屋では無かった。
床も壁も天井も全てが無機質な石で出来ており、靴を履いて立っているにも関わらず足元からはひんやりとした石の冷たさが這い登って来るかのようである。
アリアドネは白い息を吐きながら大きなアーチ形の窓を見つめた。窓の外には山頂付近がすっかり雪で覆われた巨大な山脈が見える。
(ここは『レビアス王国』の中で一番北に位置する辺境と言われている…他の場所よりも寒く、冬の訪れが早いのも当然よね…)
ステニウス伯爵がよこした秋物の薄地のドレスは冷たい外気から身体を守ってくれるような代物では無かった。上着1枚持たないアリアドネは身体をさすりながら、辺境伯エルウィンがやって来るのをただ静かに待っていた。
「アリアドネ…大丈夫か?寒いのだろう?私の上着を貸してやろうか」
ヨゼフが小声で尋ねて来た。
「いいえ。私なら大丈夫です。それよりヨゼフさんこそ寒いのではないですか?私をここまで連れて来てくれる間、ずっと寒い御者台にいたのですから」
「アリアドネ…」
ヴェールを被っているアリアドネの顔色をヨゼフは窺い知ることが出来なかった。
だが…。
(可哀相にアリアドネ…。こんなに寒さで震えている。あのように薄絹のドレスではさぞかし寒いだろうに…)
2人の正面には真っ赤な革張りの大きな背もたれ付きの椅子が置かれている。手摺や足、背もたれ部分には金の装飾がなされており、一目でエルウィンが座る椅子であることが分った。
(全く何と言う事だ…嫁いで来た女性をこんな寒い部屋で立たせたまま待たせるなど…)
2人の背後には大きな暖炉が置かれているが、薪すらくべられていない。客人をもてなす気もさらさらないと言う事が見て取れる。
「アリアドネ…」
思わずヨゼフが声を掛けようとした次の瞬間―。
バンッ!!
勢いよく扉が開かれ、青いマント姿のエルウィンが謁見の間に現れた。
「…」
エルウィンは部屋に入るなり、寒さで震えながら立っているアリアドネとヨゼフを一瞥すると無言で2人の前の椅子にドサリと座り、足を組むと声を掛けて来た。
「俺がこの城の城主であるエルウィンだ。お前がステニウス伯爵の娘のミレーユか?」
まるで尋問するかのような口ぶりだった。
「はい、私がステニウス伯爵の娘の…ミレーユです。そして隣に立つ男性がここまで連れて来てくれた御者のヨゼフです」
ヨゼフは頭を下げた。
そしてアリアドネは顔を見せる為にヴェールを外そうと手を掛けた時…。
「ヴェールを外す必要は無い。こちらの許可なく勝手に押しかけて来るような女の顔など興味も無いからな」
エルウィンは冷たい声で言い放った。彼の碧眼の瞳には静かな怒りが込められている。
「…」
その迫力に押され、アリアドネは手を下ろし…ヴェールの下からじっとエルウィンを見つめ…たった今言われた言葉にショックを受けていた。
(何…?一体どういうことなの?勝手に押しかけて来た…?だって辺境伯がお姉さまを妻にと望んだのではないの…?)
次にエルウィンは言った。
「しかし…それにしても何とまぁ見すぼらしいドレスだ。仮にも伯爵令嬢が着るようなドレスでは無いな。貴様…本当にステニウス伯爵令嬢のミレーユか?まさか我々を謀る為に使わされた敵国の間諜ではないだろうな?」
「あ…わ、私は…」
思わず言い淀むアリアドネの様子に、ついに我慢出来なくなったヨゼフが口を開いた。
「お待ち下さい!アイゼンシュタット領主様っ!こちらの女性は紛れも無くステニウス伯爵令嬢です!た、ただし…ミレーユ様ではありませんが…」
その発言に驚いてアリアドネはヨゼフを振り返った。
(ヨゼフさん…一体何故?!私がミレーユではないと伝えてしまうのっ?)
「すまない…アリアドネ…」
ヨゼフはアリアドネの存在を認めさせたくて、わざとその名を口にしたのだった。
「アリアドネ?お前の名は…アリアドネと言うのか?しかし、聞いた話によるとステニウス伯爵にはミレーユと呼ばれる娘しかいないと聞かされているが…。となると…ますます怪しいな…。貴様…一体何者だっ!」
語気を強めるエルウィンの姿にアリアドネは観念した。
「わ、私は…アリアドネ・ステニウスと申します。ミレーユ様は…私の…母親違いの姉です。私の母は…屋敷に仕えるメイドだったのです…」
アリアドネはエルウィンに自分の素性を白状してしまった―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます