1-6 シュミットの悩みと相談相手
アイゼンシュタット城―
「はぁ~…」
シュミットは自身の執務室で書斎机に向かって、溜息をついていた。卓上には便箋と封筒、万年筆が置かれている。
エルウィンから国王陛下にステニウス伯爵令嬢の縁組を断り、報奨金だけを有り難く受け取らせて貰う。
その旨を手紙で書く様に命じられたのだが、とてもでは無いがシュミットは書くことが出来なかった。
(全く…ただでさえ、現国王から目を付けられていると言うのに…報奨金だけ受け取りたいなどと願いでれば、今後ますます無理難題を押し付けられてしまうかもしれない)
しかし、それよりもシュミットが尤も恐れているのは謀反の罪を着せられて反逆罪として国中の兵士がアイゼンシュタット城に攻めて来る事であった―。
****
レビアス王国の現国王リカルド2世は中々あくどい人物だった。
彼が即位をしたのは今から25年前、彼が弱冠20歳の時であった。
即位の理由は前国王が突然崩御したからである。そして死因は毒殺であった。
毒を盛った犯人は国王の側近とされ、その人物はすぐに処刑されたのだが、真の犯人はリカルド2世であると当時は噂された。けれども今だに真実は闇に埋もれたままである。
リカルド2世は国境を守るアイゼンシュタット城を警戒していた。
アイゼンシュタット城の兵力は国王の兵力を上回る程の物であり、特にエルウィンの強さは周辺国家にまで伝わっていた。それが『暴君』と呼ばれるようになった由来の一つでもあったのだ―。
****
「本当に困った事になった…」
頭を押さえて何度目かの溜息をついた時、扉のノック音と同時に声を掛けられた。
「シュミット、ちょっといいか?」
「ああ、入ってくれ」
返事をするとすぐに扉が開かれ、執務室に騎士の姿をした人物が部屋の中に入って来た。彼は騎士団長のスティーブである
「どうしたんだ?スティーブ」
するとスティーブは室内に置かれたソファにドサリと座ると口を開いた。
「実はこの間のカルタン族との戦いで、かなり剣を駄目にしてしまったんだ。それで1000本程剣を新調して貰えないかと思ってな」
「あぁ…そうか、その件もあったな…。おまけにもうすぐ厳しい冬がやって来る。それにも備えなければならないと言うのに…」
シュミットはますます深いため息をついた。
「おい?一体どうしたんだよ?そんなにため息ばかりついて…何かあったのか?」
スティーブは立ち上がるとシュミットの書斎机に手を置いた。
「ああ。実はエルウィン様の事なのだが…」
シュミットはスティーブにこれまでの経緯を話した。先のカルタン族との戦闘の報奨金として1億レニーとステニウス伯爵令嬢を妻として与えると言われたこと。しかしエルウィンからは縁談話を断わり、1億レニーだけ受けとると国王に伝える様に命じられたことを語った。
「おそらく国王の真の狙いは報奨金では無く、ステニウス伯爵令嬢をエルウィン様に嫁がせる事に違いない。ステニウス伯爵は国王の遠縁にあたる方だし…おそらく縁談を断れば、報奨金も貰えないだろう」
「ああ、そうだろうな。全く…本当に国王は身勝手な人間だ。俺達を良いように使っておきながら陰では、蛮族だとか、田舎兵士だとか好き勝手言ってるんだからな。そもそもこの国が誰のお陰で平和なのか、ちっとも分っていないんだよ」
スティーブは吐き捨てるように言った。
「けれどこの縁談を断れば、報奨金の話も無しになるだろう。冬を越すにはお金もいるし、武器防具だって買い替えなければならない。それどころか下手をすれば反逆罪としてこの城に攻めて来る可能性だってあるかもしれない…全くエルウィン様はその事に少しも気づいておられないのだからな…」
シュミットの言葉にスティーブは苦笑した。
「そりゃ、そうだろう。うちの大将は戦う事が専門だ。だからお前を傍に置いているんだろう?難しいことを考えるのは苦手だからな。だったらこっちだって深く考える必要は無いんじゃないか?」
「え?どういう事だ?」
「俺だったら…縁談を断る内容の手紙は書かないな」
「何だって?」
「『謹んでお受けします』って書くよ。別にいいじゃないか?その伯爵令嬢が来たってさ。もし、その事で何かエルウィン様に責められたら、あれ?何か行き違いがあったようですねって答えておけばいいんだよ」
スティーブは肩をすくめながら言った。
「成程…確かに、それが一番かも知れないな…」
シュミットは早速ペンを取り、紙の上を走らせた―。
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