1−2 ステニウス伯爵家の事情
王都『レビアス』から南へ下った場所に位置する地方小都市『ヴァイス』。
この地を治めるステニウス伯爵家の城内ではちょっとした騒ぎが起こっていた―。
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ステニウス伯爵の執務室―
「嫌よ!絶対に嫌っ!」
美しいプラチナブロンドの髪を振り乱しながら室内で激しく暴れている一人の女性がいた。
「待て!落ち着きなさい、ミレーユッ!言うことを聞いてくれればお前の好きな物は何だって買ってやろう。だからどうか落ち着いてくれ」
ハロルド・ステニウス伯爵は娘を宥めるために必死で彼女のご機嫌を取ろうとしている。
「それでも嫌よっ!酷いわ…っ!あ、あんな僻地に…しかも暴君と恐れられる男の元へ嫁ぐ位なら…今すぐここで舌を噛んで死んでやるんだからっ!」
「キャアッ!お、お願いよっ!ミレーユッ!馬鹿な真似はやめて頂戴っ!」
ミレーユの母、マルゴットは必死になって暴れる娘を抱きしめるとハロルドを睨みつけた。
「あなたっ!何故ですのっ?!ミレーユは可愛い私達のたった1人きりの娘ではありませんか!そ、それを…あんな品位の欠片も無い野蛮な辺境伯に嫁がせるなんて…気でも狂ったのですかっ!!ああ…なんて可哀想なミレーユ…こんなに震えているではありませんか!」
マルゴットは腕の中で震えるミレーユを抱きしめ、髪を撫でながら憎しみを込めた目でハロルドを睨みつけた。
「そんな事を言っても仕方ないだろうっ?!大体…ミレーユが20歳になっても未だに結婚相手が見つからないのは何故だ?!お前が見境なく色々な男を取っ替えしているからだろう?この間はパーティー会場で知り合ったルッツ子爵とガゼボで何をしていたっ?!私が何も知らないとでも思っていたのかっ?!」
ハロルドはミレーユを指さしながら叫んだ。
「そ、それは…」
とたんにミレーユは先程までの勢いを無くしてしまう。
「ミレーユッ!貴女…まさかまたやったの?!ルッツ子爵は半月ほど前に婚約したばかりじゃないのっ!」
マルゴットはミレーユの肩を揺さぶった。
「そ、そんな事知らなかったのよっ!知っていたら手なんか出さなかったわっ!な、何よ?どうして私ばかり責められるのよっ!大体婚約者がいるなら私の誘いに乗らなければいいだけの話でしょう?それに相手の女だって自分に魅力が無いから私にあっさり男を奪われたんじゃないのっ?!」
ミレーユは自分の悪事を棚に上げ、誘惑した男とその婚約者を責め始めた。
「黙れっ!ミレーユッ!今回の件は国王陛下の耳にも届いてしまったのだぞ?しかもお前に良い縁談話を頼んでいる最中に!だから陛下は戒めの為にアイゼンシュタット辺境伯をお前の夫に選んだのだ。自業自得だ!良いか?これは国王陛下の命令なのだ。ステニウス伯爵令嬢を辺境伯に嫁がせよというなっ!」
しかし、本心を言えばハロルド自身可愛い一人娘であるミレーユをエルウィンに嫁がせたくは無かった。
(全く…陛下に婚姻話を頼んでいる最中にまた男に手を出すとは、何と愚かな娘なのだ!私だってあんな暴君と呼ばれた恐ろしい男に可愛いミレーユを差し出したくは無い。しかし王命と言われてしまえば断ることも出来ないし…一体どうすれば…)
その時、ハロルドにある考えが浮かんだ。
「そうだ…アリアドネだ…」
ハロルドのつぶやきにミレーユとマルゴットが反応した。
「え?アリアドネですって?」
「あなた、私の前であの娘の話はしないでもらえるかしら?」
マルゴットが眉をしかめた。
「まぁ、いいから聞きなさい。陛下は『ステニウス伯爵令嬢を辺境伯に嫁がせよ』と命令してきたが、名前を指定してこなかった。つまりはステニウス伯爵令嬢であれば誰でも良いということなのだ」
「え?それじゃぁ…」
ミレーユは目を見開いた。
「あの娘を身代わりにすればいいのね?」
マルゴットが口元に意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。あの暴君に嫁がせる娘はアリアドネに決定だ!あの娘を送りつけよう。ミレーユはその間、ほとぼりが覚めるまで領地の別荘で身を隠しておけばよいだろう」
そしてステニウス伯爵は書斎机の上に乗っていたベルを掴むと乱暴に打ち鳴らした。
チリンチリン!
チリンチリン!
程なくして、扉の外側からフットマンの声が聞こえた。
「旦那様、お呼びでしょうか?」
「ああ!いますぐにアリアドネをここへ連れてまいれっ!」
「かしこまりました」
そして足音が小さくなっていく。
「フハハハハ…これで厄介者のアリアドネを追い払うことが出来る。しかも相手はあの暴君だ。せいぜい苦労するがいい…」
伯爵は残忍な笑みを浮かべた―。
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