第36話 病む病むライン

「えっと……ごめん」

「ですよねー。ちょっと欲張りすぎちゃいましたね。じゃあ今度、遊ぶだけでも!」



 椎名は積極的だな。

 そうだな、ここまで誘ってもらって断るのも何だかな。


 決して浮気ではない。


 そうだ、これはあくまで『友達』としての付き合いだ。そう、遊ぶだけ。



「分かった。椎名がそこまで言うなら」

「やったー! 嬉しいっ! てっきりかたくなに断られるかと思っていましたよ~」


「そう? まあ、遊ぶくらいならいいだろ」

「はい、土曜日でいいですか」

「ああ、なんとか時間を空けておくよ」


「ありがとうございます。楽しみで、しばらく夜が眠れそうにありません」



 そんな大袈裟な、と思ったけど椎名は胸を弾ませていた。物理的にも。……揺れすぎだ。


 気づけば、学校に入っていた。


「それじゃ、俺は教室へ行くよ」

「はい、あたしも自分のクラスへ。では、また!」


 手を振って別れた。

 椎名の笑顔はなんだか太陽のようで、心がポカポカするな。



 * * *



 授業中、遥からのラインメッセージが届きまくっていた。……おいおい、送りすぎだろう。


 担任に見つからないよう、俺は教科書を机の上に立てた。この巨人をもはばむ鉄壁に隠れ、俺はスマホを巧みに操作していく。



 遥:検査まだ掛かりそう。退屈~

 遥:あれ……遙くん?

 遥:なんで反応してくれないの

 遥:ねえ、ねえ、ねえ、遙くん……

 遥:まさか浮気じゃないよね

 遥:遙くん……

 遥:早く返信してくれないと刺すよ?

 遥:こんなに愛してるのに……


 遥:遙くん好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き大好き


 遥:泣きそう

 遥:辛い

 遥:会いたい

 遥:キスしたい

 遥:遙くんに抱きしめて欲しい

 遥:えっちなことしていいから反応して?

 遥:むしろ、わたしがえっちな写真送るよ?


 遥:……遙くん、なにしてるんだろ



 え~…。

 嘘でしょ。


 ラインのメッセージを見て俺は驚愕きょうがく。チビった。ていうか、授業中で反応無理だって。いくらなんでも病みすぎだ。けど、メンタル不安定なのかも。だとすれば俺がケアしてやらないとな。


 いやでも嬉しい。

 俺のことを気にしてくれているんだ。遥は、俺に会いたいと思ってくれている。もちろん、俺も直ぐに会いたいさ。


 だけど、検査はまだ終わってないようだし、俺も午後にならないと学校を出られない。しばらくの我慢だな。


 ……おっと、担任が俺を怪しんでいる。スマホを隠し、授業に集中した。



 * * *



 授業の終わりを告げる“予鈴”が鳴った。これで午前中の授業を終えた。つまり、俺は早退できて――やっと、遥と再会できるわけだ。


 カバンを手に持ち、教室を出る。


 廊下を歩いていると生徒会長――ヒカリが現れた。



「やあ、遙くん。あれ、なんでカバンを持ってるの? 帰るの?」

「おっす、ヒカリ。そうなんだ、これから遥を迎えに行く」

「あ~、なるほどね。大切な奥さんをその腕でぎゅぅっと抱きしめるわけだ」


 間違ってないだろうから困る!

 多分だいたい、そんな光景になるだろうな。


「てか、ヒカリ。学校で俺と遥が結婚しているって言わないでくれよ。他言無用で頼む」

「言わない言わない。ところで、今週の土曜日空いてる?」


「え?」


「良かったら遠出しない?」



 ヒカリから誘われた!?

 ――って、まてまて。今朝、風紀委員長の椎名と遊ぶ約束をしたばかり。しかも、土曜日は被っている。バッティングだ。



「いや、実は土曜日はもう予定が……」

「日曜日は?」

「う~ん……確認してみる。あとでラインするよ。って、ヒカリのライン知らなかった」

「それじゃ、登録しよっか」



 映し出される電話番号。

 ヒカリのだよな。生徒会長であるヒカリの……俺と連絡先を交換するとか、なんだこれ。夢? 幻? 頬をつねっても現実だった。


 信じられないな。

 会長とラインすることになるなんて。



 電話番号で登録完了。

 ついにラインにも『ヒカリ』の名が追加された。



「へえ、ヒカリのアイコンって猫なんだ」

「ウチの灰猫の“チョビ”だね。美猫でしょ」

「うん、可愛い。今度、でさせてくれよ」


 冗談で言ってみると、ヒカリはあっさり返事。


「え、いいよ。家に遊びにくるのもいいかもね。ゲームとかあるし。それじゃ、楽しみにしてるから」

「お、おう。また連絡する」


 ヒカリの家かぁ。

 どんな感じか興味はあった。

 スケジュールが合えばお邪魔してみようかなと俺は考えた。だけど、今は遥が最優先事項だ。


 おっと、噂をすれば何とやら。


 遥から『ライン電話』が飛んできた。俺は、直ぐに電話に出た。



『遙くん、浮気してないよね!? ねえ!? 会長とか風紀委員長から言い寄られてない!?』



 第一声がそれかよっ。

 言い寄られてはいない……はずだ。あれは『遊び』に誘われただけだから、カウント対象外のはず!



「してないしてない。早く、遥に会いたい」

『ほんと? 絶対?』

「絶対。この指輪に誓う」

『そ、それならいいよ。じゃあ、マンションまで向かうから!』


「おう、俺も向かう」



 よし、厄介なトラブルに遭遇する前に学校を出よう。

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