第28話 結婚の挨拶と黄金チャーハン
「あの扉を叩いている人、遥のお父さんじゃないか? めちゃくちゃ怒ってるぞ」
「みたいだね。まさかパパがマンションまで押しかけてくるなんて……うわぁ、どうしよう。わたし、お見合い断ったから」
目をグルグルさせ、頭を抱える遥はパニックに
「落ち着け、遥。とりあえず、俺は隠れようか?」
「ううん、堂々としてくれた方がいいと思う。隠れて見つかったとき、余計に修羅場になると思うから」
その光景が一瞬で浮かんで見えた。
遥のパパさんが室内を徹底的に捜索し、俺を発見する未来を。そして、地獄のはじまりへ……ダメだ、余計に印象が悪い。
なら、正攻法。
遥の言う通り堂々と姿を出す。
そうだ、俺と遥は結婚しているんだ。なんの問題もない。相手方の親にまだ挨拶もしていなかったし、今こそその時だ。
恐れる必要はないよな。
結婚すれば親族と関わるなんて当然のことなんだ。
「よし、二人で玄関へ行こう」
「遙くん、決断力あるね! 大丈夫? パパ、大手企業『ヤッホー』の社長だよ?」
「って、うぉい! 高まっていた気分をどん底にしてくれるな。プレッシャーを掛けないでくれよ、遥さん。ブルっちまうだろう」
「あ! ごめん……わたし、そんなつもりじゃ……。ただ、パパって厳しいというよりは、
そうでなければ社長なんてやってないだろうな。いやそれより、今は高い壁を乗り越える方が優先だ。
あまりに高い壁だ。
だけど、いずれは対面しなければならなかったんだ。時期が早まっただけの話。がんばれ俺、
遥にカッコ悪い所を見せたくない一心で己を鼓舞する。
「逃げるよりは立ち向かう。行くぞ」
「うん。わたしも一緒だからね」
「いざとなったら頼む」
――緊張に震えながらも玄関へ向かう。あの扉の向こうには、遥のお父さんがいるんだよな。今も扉を激しく叩いてしつこいけど。
「じゃあ、わたしが開けるね」
「頼む」
息を飲んで俺は構えた。
下手すりゃブン殴られるかもな。
それでも受け止める。
「ようやく扉を開けてくれたか、遥!」
扉の向こうには筋肉モリモリのマッチョメンがいた。腕の筋肉すげぇ……。軍人上がりのような鍛え抜かれた肉体。厳つい顔は、威圧感バリバリ。なんて目つきだ。あれはまるで人殺しの目だぞ。いやだけど、ここは
スーツでビッシリと決め、腕にはロレックスの一番人気デイトナの腕時計。確か、あれ一本で五百万とかする時計だぞ。さすが社長。
「パパ、お疲れ様。でも、勝手に来ないでよ」
「なにを言う。世界……いや、宇宙一大切な娘がきちんと学生生活を送れているか確認するのも親の義務だ」
ギロッと俺を
「学校は問題ないよ。転校してから彼氏もできたし」
「ぐっ……彼氏か。まあ、それに関しては仕方ない。お前は誰よりも可愛くて魅力的だからだ。生まれ持っての美貌が周囲の男を引きつけてしまうのだからな。だが、相手はちゃんと選ばないとダメだ。田村くんの何が不満だというのだ」
「普通のお付き合いなんてつまらない。熱くて燃えるような、毎日がドキドキ、ワクワクするような――そんな非日常が送りたかったの。それが今だから、すっごく幸せ」
それが遥の本音。
だけど、遥パパはとうとう俺に文句をつけてきた。
「この吹けば消し飛ぶような男のどこがいいというのだ!!」
「この人は、天満 遙くん。全部、好き好き、大好きなの!!」
「なああああああ!! まさか、パパよりも好きなのか!?」
「うん、パパよりも好き。一生、遙くんが一番なの!」
遥が思ったよりも攻めてくれて、遥パパは猛攻により石化した。さすがに可愛い娘から、これだけ言われると『怒り』よりも『ショック』の方がデカいらしい。こりゃ、俺の出番はないかなと頬を
「君、天満とか言ったな」
「そ、そうですけど、なにか」
「まさかと思うが、結婚を前提に付き合っているとかでは……なかろうね?」
「あー…、実は、もう
「――――」
遥パパ、
結婚していると伝えた直後、真っ白になってしまった。へにゃへにゃになって地べたに倒れ込む。液状化しちゃった。
いくらなんでも、ショック受けすぎだけど……思ったより、パパさんはガラスのハートなのかも。
なんとかリビングまで運び出し、ソファへ座らせた。なんで俺が……まあ、仕方ないか。こんな廃人になったパパさんを玄関に放置しておくわけにもいかない。
「パパがこんな抜け殻になっちゃうなんて」
「俺もビックリだよ。こんなボディビルダーみたいな
しばらくすると、パパさんは意識を取り戻した。テーブルの上にある中華料理の匂いに釣られたらしい。
「……美味そうだな。いただきます」
勝手に食ってるし!
それ、俺の分なんだけど……。
レンゲを手にし、無気力ながらチャーハンを食すパパさん。すると、みるみる内に目を輝かせ、飛び跳ねていた。
「ど、どうしたのパパ!?」
「……うまい」
「え」
「うまあああああああああああああああああああいッ!!」
絶叫してチャーハンをバクバクと食べ始めた。あぁ、俺の黄金チャーハンがぁ……!
でも、美味いと言ってくれるとは、びっくりだ。
「お茶もどうぞ」
俺は麦茶を手渡す。
「なんだこれは、美味い、美味すぎる!! こんな泣けるほど美味いチャーハンは人生で初めてだ!! この中華そばも絶妙な
滝のように涙を流すパパさん。
そこまで絶賛してくれると嬉しいな。
「良かったね、パパ」
「これは、遥が作ったのか?」
「ううん。遙くんが作ったの。彼、料理も得意なんだよ」
「――なんだと? 天満くんだったかな、君がこのプロ顔負けの料理を作ったと?」
俺は
親父秘伝のチャーハンだけどな。
「は、はい。俺が作りました。今日の晩飯の担当が俺だったんで」
「そうなのか。君にはこんな素晴らしい才能があったのか。ウチのオフィスで雇っているシェフより腕があるようだ。……うむ、どうやら、私は君を誤解していたようだ」
「え?」
「天満くん、このチャーハンには愛情が感じられたんだよ。遥を喜ばせる為に全力を尽くしたのだろう。その思いがヒシヒシと伝わってきた。おじさんはね、君の真心というものが分かって嬉しかったんだ」
遥パパは、静かに立ち上がる。
あの“鷹の目”ではなく、今は優しい瞳で俺を
「あの、その……俺は遥を幸せにしてみせます。だから、結婚を認めてください」
パパさんは、目頭を押さえ涙していた。背を向け、誤魔化すように玄関へ向かった。遥が追いかけていく。
「邪魔者は早々に立ち去ろう」
「パパ。結婚のこと、言わなくてごめんね。でも、わたし、幸せだから」
「……ばかもの。私をこれ以上、泣かせるな。娘が幸せなら……それでいい」
静かに去っていく遥パパ。あんなに騒いでいた割には……意外と理解のある人だったんだな。もっと頑固親父なのかと警戒していたけど。
幸運にも、俺の“チャーハン”がターニングポイントとなったようだな。
***おねがい***
続きが読みたいと思ったらでいいので『★×3』をしていただけると非常に助かります。
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