第14話 危機一髪の大逆転

 校長の背中を追う。周囲の生徒が何事かと俺たちをジロジロ見てくるが、気にしている余裕はなかった。


 そのまま向かう。

 しばらく歩いて校長は校長室の前で足を止めた。


「さあ、こちらへ」


 いよいよ、か。

 てか、なんの話をするのかすら分からないけど……退学を宣告する気か。それとも最終確認のつもりか。


 俺は、校長に聞こえないように小声で遥に言った。


「多分だけど、何とかなるはずだ」

「え、どういうことなの」


「今朝、爺ちゃんからラインがあってな。もし、あの情報・・・・が本当なら、俺と遥は退学にはならない」


「遙くんのお爺ちゃんが何か関係あるの?」

「今は言えない。とにかく、中へ行くぞ」

「う、うん」


 だから、俺としてやれることは弁明するくらいか。そうだ、言葉と信念が武器だ。やれることをやるしかない。


 校長室へ入り、背を向けていた校長がこちらへ向く。その顔は相変わらず険しく、重苦しかった。なんて圧だ。この空気感だけでチビりそうだ。だけど、負けてなるものかッ。


「校長先生、俺たちを登校早々に呼び出してなんですか。結婚してるって言いましたよね」


「そのようだね。しかし、残念ながら役所では確認が取れなかった。そこで証明書を提出して欲しいのだがね」


「しょ、証明書……」



 やべぇ、そんなモンは持ってないぞ、俺。ていうか、役所で確認できるんじゃないのかよ。どうやら、校長によれば第三者による書類請求あるいは閲覧は出来ないらしい。


 なんだって……!



「証明書くらい準備しているだろうね? もしかして、何の準備もなく、のほほんと登校してきたわけではあるまいね。――となれば、退学もやむを得ない」


 こ、この校長……俺たちをどうしても退学に追い込みたいらしいな。クソッ、今証明できなければ退学ってことか? そんな理不尽な!


 もう諦めるしかないのか。

 遥との生活があるとはいえ、無念。


 脱力しかけた――その時。



「証明書ならあります!」



 カバンから書類を取り出す遥。


 ま、まさか……あれは!!



「馬鹿な! それは受理証明書か」



 校長がビックリしていた。

 受理証明書。結婚とか離婚の状態を証明する書類らしい。遥のヤツ、昨日、婚姻届けを出すついでに発行してもらったようだな。ナイス!!


 そこには『婚姻届受理証明書』と文字がデカデカと記されていた。俺と遥、証人の名前も記載されており、市長の名前もきちんとあった。これは間違いなく本物の証明書。さすがの校長もこれが偽物だとは言えないだろう。



「これで証明されましたよね、校長先生」



 遥が堂々とかかげる。

 さすがの校長も「ぐぬぬ……」と悔しがっていた。今だ、俺もここで畳みかける。



「遥の言う通りです。俺たちは結婚していますし、一緒に住んでいます」


「だ、だが! それでも君たちは未成年の学生。学生の身で学業をおろそかにするなど本末転倒。結婚生活よりも勉強が大切でしょう。今からでも遅くはない、体育倉庫での罪を認め、離婚すれば今回のことは水に流そう。そうでなければ退学しかない」



 ――は?


 罪を認める?

 離婚する?



 ふざけんな! どこまでも身勝手なんだこの校長! なぜ俺たちの関係を認めない。どうして、そこまで退学に追い込みたいんだ!?


 温和の俺も、さすがに怒りが込み上げてきた。歯痒はがゆい、実に歯痒はがゆい。けれど、選択肢は二つしかなさそうだ。


 でも、それでも俺は諦めない。



「先生、俺は遥を愛しているんです。世界中の誰よりも! ですから、一緒に学生生活を送りたいし、卒業したい。

 そりゃ、結婚生活と学業の両立は大変かもしれません。でも、二人で支え合っていけばきっと困難を乗り越えられるはずなんです。夫婦ってそういうものでしょう? 校長先生だってご結婚されているから、分かるでしょう!」


 校長は首を横に振る。


「……残念だが、私は独身・・でね。夫婦の在り方や悩みなど、これっぽちも理解できない。私はそういうわびしい人生を送ってきた。それに、当校で学生結婚など前例がないし、本来は認めることすらもできないのだよ」


 そうか、だから俺たちをねたんで!

 校長のヤツ、俺と遥の関係が気に食わないんだ。ただの私怨、嫌がらせじゃないか!


「で、ですが……」


 くそっ、校長のヤツ、あの手この手で。さすがの遥も落ち込んでいた。……ダメか。ここまでか。万事休す。ギブアップ……か。


 となれば、罪を認めて離婚するしかないのか。でも、それは俺と遥の関係の終わりを意味するだろう。


 それを悟った遥は泣きそうになっていた。俺も辛い。辛すぎる。くそっ、この校長め、ブン殴ってやろうか!


 いやだが、それこそ一発退学だ。

 それだけはできない。



「さあ、時間もあまりないのでね。さっさと決断してもらおうか、天満くん」



 ニヤニヤと笑いやがって。

 そんなに嬉しいか。

 俺と遥の関係を潰せて。


 だけど、もうこれしかない。


 諦めるしか……ないのか。



 肩を落とした――その時だった。



 校長室の扉を『コンコン』とノックする音が響く。俺たちは一斉に振り向いて、その人物の顔を注目する。


 えっと……あの人は、まさか!



「失礼します、奥村校長」



 そこには爺ちゃんの大親友マブダチ・大柳教頭がいた。さわやかな笑みを浮かべ、室内へ入ってきた。



「大柳教頭、なんですか。今は天満くんとお話し中ですよ」

「奥村校長、話は聞かせていただきました。彼らは信用に値する」


「――なッ! なんだと!」


「天満くんのお爺さんから聞いたのです。天満くんと小桜さんは幼少から結婚を誓い合っていた仲で、十六歳になったら結婚すると決めていたそうです」


 え!?

 爺ちゃんのヤツ、教頭に何を吹き込んだんだ!!


 俺も遥も顔を見合わせた。


 そんな過去はないって。

 完全な作り話だ・・・・・・・


 でも、助かった――のか?


「し、しかしそれで認めるわけには……。大体、若い男女が結婚し、同居していること自体が間違っている。どうせ家では言えないような、如何いかがわしい行為をしているに違いない! 結婚も、所詮しょせんはそういう不純な動機を隠すための言い訳。だから、あの体育倉庫でも楽しんでいた、と。教頭先生もそう思うでしょう?」



 なんて言い方だ。

 この校長には失望した。

 ついに遥は泣き出した。

 俺は、その光景を見て許せなかった。

 握り拳が震える。



「校長……」



 怒りの感情が限界突破しそうだ。

 このままでは拳を出してしまいそうだった。でも、必死に押さえ込んだ。殴れば、俺が終わるからだ。


 その瞬間ときだった。



 大柳教頭が口を開いた。



「奥村校長、あなたは天満くんを追い回したそうですね。これは立派なストーカー行為。ストーカー規制法違反でしょう。そう、つまり“つきまとい”に該当するんですよ」


「――なッ!! 大柳、貴様……裏切る気かああああ!!」


「裏切る? 私は最初からあなたの味方ではない。いいですか、つきまとい・待ち伏せ・押し掛け・うろつき等……これら、当てはまっていますよね」


 教頭は、俺たちに確認する。



「はい! 校長先生は俺たちを必要以上につきまとって、待ち伏せて、押しかけて、うろついていました!! 俺も遥も寝れないほどの精神的苦痛を受け、殺されるんじゃないかと怯えて生活していました!!」



「な、な、なあああああ!? 天満くん、君はなんてことをぉぉぉ!!」


「事実だ! 校長、あんたはやりすぎたんだ!」



 教頭も納得し、話を続けた。



「天満くんの言う通りです。実は、天満くんのお爺さんからも事情を聞かされているんですよ。奥村校長が校長の職務を放棄して、天満くんと小桜さんにつきまとっているとね。その証拠もドライブレコーダーと街の防犯カメラに収められていました。

 実は、これを早々に教育委員会へ訴えたところ、奥村校長の処分が決定したのですよ」


「……は? お、大柳……貴様、貴様あああああああああああああああ!!!」



 大柳教頭に掴みかかろうとする校長。もはや、校長という立場も忘れて取り乱していた。終わったな。

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