第26話 話し合い ~ 想いの力 ~ 1/5
「聞いてよマーシュっ!」
いつになく興奮した様子で、エマによく似た顔を紅潮させて、テラがカウンセリングルームαへ飛び込んできた。
ちょうど休憩時間。
マーシュはエマのお気に入りの紅茶をゆったりと堪能している。
「なんだ?またお前か」
「エマがっ、エマがっ!」
いつもであれば、頻繁にマーシュの元を訪れるテラを軽くあしらっているマーシュだったが、漆黒の瞳が潤んでいるように感じ、ざわつく胸を抑え込んでテラに椅子を進める。
「どうした?」
「エマが・・・・エマがぁ・・・・」
「だから、エマがどうした?」
涙をこぼし、グスリとしゃくりあげるテラを、マーシュは辛抱強く待つ。
ややあって、テラがようやく口を開いた。
「知らない男と、結婚しちゃった・・・・」
「・・・・そうか」
「なにその反応っ!マーシュはショックじゃないのっ?!」
「ショックも何もあるか。バカなのかお前は。今現世にいるエマは、エマであってエマじゃない。自分らしく生き直すために、エマは現世に戻ることを自分で決めたんだ。あいつが自分らしく生きる事が一番だろう?」」
シッシッと片手を振り、テラにさっさと天国に戻るよう告げると、マーシュは次にやってくる予定の魂の情報の確認を始めた。
だが。
いくらインプットしようとしても、頭が拒絶しているかのように、一かけらも情報が頭に入ってくることはなく。
「なんだよ、マーシュのバカっ!それくらい僕だって分かってるしっ!あー喉渇いたっ、僕も紅茶貰うからねっ!」
ルームの奥へとテラが姿を消したのを確認すると、大きくため息を吐いて頭を抱えた。
(分かってたはずだ、こんなこと。もっとも、現世に戻った魂の現状など、俺が知る筈は無かったんだが・・・・テラの奴、余計な情報を・・・・)
と。
珍しく、閻魔大王からの呼び出しランプが灯る。
このランプがあるのは、数あるカウンセリングルームの中でも、マーシュが担当するルームαのみ。
いわば、父から子への
(なんだ?俺、なにかやらかしたか?・・・・もしかして、今さらエマの判定が甘いとか言い出す訳じゃないだろうな、親父)
一抹の不安をおぼえながらも。
「ん~・・・・いい香り。やっぱり落ち着くなぁ、この香り。でも、エマが好きだった紅茶なんだよね・・・・思い出すとやっぱり僕・・・・」
紅茶を片手にルームに戻って来たテラを捕まえると、
「テラ、ちょっと留守番頼む」
「はっ?!えっ、ちょっとっ?!留守番て僕、何すればいいのさっ!」
「とりあえず、執事服に着替えておけ」
「えーっ、またぁっ?!」
不満を隠そうともしないテラにルームαの留守を託し、マーシュは急ぎ、父である閻魔大王の元へと向かった。
「お呼びでしょうか」
急いだせいか、乱れた深紅の髪を手櫛で整え、赤い瞳をまっすぐに父である閻魔大王へと向ける。
マーシュにとっては実の父親ではあるが、冥界を支え続けている圧倒的なその存在感と威厳に、やはり緊張が全身を包む。
「先日ここへ連れてきた人間の魂は、現世へ戻っているようだが」
「はい、本人が希望しましたので」
「お前と共にあるのではなかったのか?」
決して責めている口調ではないものの、その言葉のひとつひとつが、マーシュに重くのしかかる。
思わず視線を落とし、マーシュは両こぶしをつよく握りしめる。
「現世でやるべきことをやり残したまま、この冥界で私と共にあることはできないとの、彼女のたっての希望です。私は彼女の意志を尊重しました」
「では、あの人間の魂もお前も、共にあることを諦めた、ということか」
「いえ」
短く、だがはっきりとそう答えると、マーシュは再び父へとまっすぐに目を向ける。
「彼女はルームαで宣誓してくれました。必ず
「現世に戻る魂の記憶は全て消去されることを、忘れた訳ではあるまい」
「もちろん、忘れてなどおりません」
「では、分かるであろう?お前と共に過ごしたこの冥界での記憶も失っている人間の魂が、お前の元に戻るはずなど無かろうに」
僅かに目を細め、呆れた表情を見せる父に、マーシュはキッパリと告げる。
「ですが、彼女が、エマははっきりと口にしました。人間の魂はこの冥界で嘘を吐くことなどできないはずです。ならば彼女の言葉はきっと真実となる。俺は、彼女を信じます。彼女を待ちます」
「あの人間の魂が、現世で罪を犯して戻って来たとしても、か?」
「彼女が罪を犯す筈はない。いつだって真っ直ぐに生きようとしていた人間だ。あなたも、ご覧になったではないですか」
「おかしなことを言う。人間の魂がどれだけ脆いものか、お前だって嫌というほど見て来たであろう?どれほど穢れの無い魂だとしても、置かれた環境によっていかようにも染まることなど、お前にも分かっているだろうに」
「彼女に限って、そんなことは無いっ!」
いつの間にか、偉大な父に対する緊張感はマーシュの中から消え去っていた。
ただ、父にエマを認めて貰いたい。
信じて貰いたい。
マーシュの中にあるのは、ただそれだけ。
「人間の魂に特別な魂など、存在はせぬ。それは、分かっておろうな?」
「はい」
「それでもお前は、あの人間の魂を信じて待つと」
「はい」
マーシュの視線の先で、閻魔大王がフゥッと息を吐き出す。
そして、
「だ、そうだぞ、ナズナ」
「えっ」
予想外の名前を耳にし、驚いてマーシュが父の視線を追ったその先。
衝立の向こうから姿を表したのは、ナズナだった。
「な、んで」
「私はこれから客人を迎える。あとはお前たち2人で話すがよい」
用は済んだとばかりに、閻魔大王は視線を部屋の出口へと向ける。
ナズナは閻魔大王に深々と頭を下げると、マーシュには目もくれずに部屋の出口へと向かった。
マーシュは訳が分からずに、助けを求めて父に視線を送ったものの、父は黙ったまま顎で出口を示すのみ。
仕方なく、マーシュもナズナの後を追うようにして、部屋の出口へと向かった。
「おい、どういうことだよ、ナズナ」
「聞きたいのは、あたしの方よ」
歩みを止めようともせず、ナズナは吐き捨てるように言った。
「はぁっ?なにがだよ?何が聞きたいんだよ?おいっ、ナズナっ!」
足を速めてナズナに追いつくと、マーシュはその腕を強くつかんだ。
「離して」
腕を掴まれてようやく足を止めたものの、ナズナは頑なに振り返ろうとはしない。
仕方なく、マーシュはナズナの暗褐色のロングストレートの髪に向かって話しかける。
「俺に聞きたい事があるんだろ?聞けよ。聞けばいいだろ、直接俺に。なんで親父なんか通すんだよ?ルームαに来ればいいじゃないか、いつもみたいに」
「行ける訳、ないでしょ」
「なんでだよ?」
「離してっ!」
掴まれた手から逃れようと暴れるナズナを宥めるため、マーシュは強く腕を引いてナズナを胸に抱きしめた。
ナズナはマーシュの幼馴染みだ。
性格なら、お互いに分かり過ぎるほどに分かっている。
感情の起伏が激しいナズナは、幼い頃からちょっとしたことで感情的になり、暴れる事もよくあった。
だが、そんな時はこうして抱きしめてやると、たいていすぐに落ち着きを取り戻す。
それが分かっていたからこそ、マーシュはナズナを抱きしめて感情を落ち着かせようとしたのだったが。
「・・・・なんでよ。なんでこんな時にまで優しいのよ。だから、勘違いしちゃうんじゃない、マーシュのバカっ」
「えっ?・・・・ナズナ?」
「バカっ、マーシュのバカっ!」
予想に反し、ナズナは更に感情を爆発させた。
そして。
とまどうマーシュの胸の中で、暫くの間声を上げて泣き続けたのだった。
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