第24話 動物虐待 2/3

「ぼくが目を覚ましたら、おいしいケーキを食べに行こうって、父ちゃんぼくと約束したんだ」


 少年の顔が、哀しげに歪む。


「ぼく、目を覚ましたよ。痛いのもちゃんと我慢したよ。だから、父ちゃんと一緒にケーキを」


 少年は、父親の指示の元、少年が動物達にしていたように、生きながらにしてその体を父親に切り刻まれ、命を落として冥界へとやってきた。

 その際、父親は少年と約束をしていたのだ。


 お前がいつもやっているように、父ちゃんがちゃんと綺麗に縫って直してやる。

 そうしたらお前は、あの動物達と同じように、ちゃんと元気に生き返るさ。

 お前は人間だから、動物と違って少し痛むかもしれないが、お前なら我慢できる。薬を使って痛みを消してやってもいいが、薬を使わない方が治りが早いからな。だから、お前の為に、父ちゃんは薬を使わない。痛ければ大声で叫んでもいい。喚いたって構わない。こうして口に布を噛ませてやると、声が外に漏れる事も無いからな。それから、力いっぱい暴れたって、いいんだぞ?お前の手も足も、ちゃんと縛っておいてやるから、安心して暴れろ。

 目を覚ましたら、ご褒美においしいケーキを食べに連れていってやる。

 約束だ。



「お前は目を覚ましていない。だから、その約束は無効だ」

「でもっ!」

「お前も薄々は、気付いているんだろう?お前は、死んだんだ。だから、目が覚める訳が無いんだ」

「・・・・っ!」

「言うまでも無い事だが。お前の命を奪ったのは、お前の父親だ」


 瞬きもせずマーシュを見つめる少年の目から、透明な滴が零れ落ちる。


「痛かっただろう。苦しかっただろう。だが、お前が今まで切り刻んできた動物達も、同じような苦痛の中で命の火を消されたんだよ」

「ウソだっ!動物は痛みなんか感じないって、父ちゃんは言ってた!それに、ぼくが縫って直してあげたから、みんな元気に生き返って」

「お前は本当に信じていたのか?お前の父親のウソを。お前が目にしてきた動物達の苦痛の形相、耳にしてきた断末魔の叫び声。お前自身が目にしたもの、耳にしたもの、そして感じたものよりも、父親の言葉を信じると、父親の言葉が真実だと、お前はそう言い切れるのか?」


 透明な滴を後から後から溢れさせている少年の目の奥。

 マーシュは次第に大きさを増す揺らぎを見つけた。


(ああ・・・・そうか。キミはこうやって、魂に罪と向き合わせていたんだね、エマ)


 見つけた揺らぎに向かって、マーシュは言葉を続ける。


「種明かしをしようか。お前が切り刻んで命を奪った動物達が、何故生き返ったように見えたのか。それは、お前の父親が事前に二体の動物を用意していたからだ。お前にとっては不幸な出会いでしか無かっただろうが、お前の父親は命あるものが苦しみもがきながら命を落としていくその様を見る事に、至上の歓びを感じる人間のようでね。おまけに、その行為を嫌がる人間に強いる事にも、無上の快楽を感じる人間のようだ。本当はお前は、拒絶したかったのだろう?あのような残虐な行為を。それでも拒絶できなかったのは、お前が生きるためには父親の存在が不可欠だったからだ。違うか?」

「・・・・違う、ぼくはっ、くっ・・・・ぼくっ、うぅっ・・・・」

「言い忘れていたが、ここでは一切、嘘を吐くことはできないからな」


 視線を落とし、力なく俯くと、床の上にポタポタと涙を落としながら、少年は小さく呟いた。


「父ちゃんはぼくに、ウソついてたの?父ちゃんはぼくのこと・・・・」


 エマだったらきっと、この少年が飲み込んだ言葉を思ってその胸を痛めたのだろうな。

 そんなことを思いながら、マーシュは考えた。


 この少年に告げる言葉を。

 この魂の行先を。


 考えに考えた末。

 マーシュは事実を少年に伝える事に決めた。

 嘘を吐くことができなかったエマは、それでも接してきた魂に嘘ではなく事実を伝える事で、罪と向き合わせてその重さを認識させていた。

 だったら、自分も。



「ケーキを」

「えっ」

「お前の父親は、お前の亡骸の側に、ケーキを供えていた」


 まだ泣き止まぬ目を、少年は再びマーシュへと向けた。

 その目が、驚きで大きく見開かれている。


「目を覚ましたら本当に、お前と共にケーキを食べに行くつもりだったのかもしれないな」

「父ちゃん・・・・」


 快楽を欲する己の強すぎる欲望に負け、少年の父親はその手で少年の命を奪った。

 だが、失って初めて、快楽と引き換えにした代償のあまりの大きさに気付いたのだろう。

 血にまみれた少年の体を目を覚ませと揺さぶり続け、それでも目覚めぬ少年の傍らに、父親はコンビニで買い求めたケーキを置いた。

 それは。

 異臭に気付いた近隣の住民の通報で駆け付けた警官に発見されるまで、毎日のように続けられた。


「ぼくが、ちゃんとイヤだって言っていれば。こんなことダメだって、言っていれば。ぼく、まだ父ちゃんと一緒にいられたのかな」

「仮定の話には答えられない」

「カテイ?」

「もしも、なんていう話は、考えるだけ無駄だと言っているんだ」


 父ちゃん、ごめんなさい・・・・


 聞こえて来たか細い小さな呟きは、マーシュの頭の中で決まりつつあった少年の魂の行先を、変更へと向かわせた。


(キミならきっと、こう判定しているだろうな)


「ねぇマーシュ。そろそろ時間みたいだけど?」


 相変わらず緊張感の欠片もないテラの言葉に、顔を顰めつつ。

 マーシュは少年に告げた。


「お前の行先は、リハビリテーションルームだ」

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