ひみつのおうじ
秋谷イル
ぼくとかあさんとしぐれ
僕の名前は
三年前、僕は母さんによってこの世に産み落とされた。当たり前だと思うかい? 実はそうじゃない。
ちゃんと説明しておこう。以前の僕は君たち日本人が“南米大陸”と呼ぶ地に暮らしていた。とある遺跡に眠っていた神様なんだ。その頃はトラロックって名前だったんだけど、知ってる? 今の“ぬう”って名前は別名がヌウアルピリだったからだよ。母さんはそういう安直な名付けをする。
話がずれたね、ともかく僕はアステカ神話の神ってこと。雨と雷の神。花の女神と結婚していたこともあるんだけど、テスカトリポカのやつに拐われちゃった。その後で別の子と再婚。しばらくはのんびり暮らしてたんだけど、ある日いきなり別の大陸から来た連中と戦争になって負けて封印。そのまま何百年も眠ることに。
で、封印が長すぎて大幅に弱体化していた僕は三年前、偶然それを解いてもらった場面で目の前にいた人に命じた。
『我が新たな器を作るため、汝の
偉そうだろ? 神だもの。それで自分が弱ってることも考えず相手を手篭めにしようとした結果、返り討ちにあった。人間にもあんなに強いのがいると初めて知ったよ。
ようするに、その時の相手が今の母さん。鏡矢
負けたのにどうしてそんなことになったかって? あの時の僕は消滅寸前、残った力をかき集めて母さんの中に宿したんだ。それから三日で急成長して出産。今の僕が生まれた。
だから母さんには感謝してる。あの人なら僕を堕胎するくらい簡単なことだった。でも、そうせずに産んでくれた。
“成功した”
最初はそう思ったね。生まれた直後は以前の僕の意識が強かったから。してやったりとほくそ笑んだ。
でも、すぐに思い知った。なんせ南米の神様だから日本を拠点にして活動する鏡矢家の力なんて知らなかった。
鏡矢の血は強い。僕らより遥かに古くて強大な力を宿している。そんな彼女と交わったことで僕はどんどん以前の僕からかけ離れていった。相手を利用したつもりが、逆に相手の血に染められ取り込まれてしまったんだ。
ざまあみろ? いやいや、最高だよ!
僕らは人の想像から生まれた。そういう出自の神。だから人間が考えたそれぞれの役を背負わされている。そこから外れることは本来どうやったってできない。
ところが鏡矢の血に取り込まれたおかげで、その枷から逃れることができた。今や何をするのも自由。全て自分の意志で決められる。
もちろん、まだ幼児だから親の言うことには従うよ。母さんには大きな借りもあるんで逆らえない。そもそも以前の僕が全盛期だった頃でも勝てない相手なんだ、逆らう気なぞ起きるものか。怖い。
さて、そんな母さんが今日も僕の部屋にやってきた。厳重なロックのかかった扉を生体認証で開けて入室。
「おはよう、穀雨」
いつもきっちりスーツ姿の母さん。部屋に入ってくるなり床に膝をついて両腕を大きく広げる。
「おはよう、かあさん」
「さあ、来い!」
「はいはい」
母さんは僕と再会するたびにハグを求めて来る。おかしな人なんだ。退魔士なのに人外の子を躊躇無く産むし、産んだその子を普通に愛してくれる。僕のことは可愛くてしかたないらしいよ?
ただ、息子の存在はしばらく秘匿しておきたい。母さんの親の代で骨肉の争いがあった。そのせいで多くの不幸な結末が生まれた。そういう悲劇が繰り返されるのを避けるための措置。
鏡矢の一族は強いけど、精神的には普通に人間臭いよね。だからバランスが取れてるのかな? あれだけの力があって機械的に人外を狩るだけの連中だったら流石に危険すぎるもんね。
「まったく、お前は私に似て美人さんだな」
「それ自画自賛だよね?」
「おっ、難しい言葉を知っている。また新しい本を読んだか?」
「去年読んだ本で覚えた」
神様と鏡矢のハイブリッドだから学習能力は高いよ。日本語だってもうペラペラ。
──母さんは僕と一緒に暮らしていない。僕は鏡矢本社ビルの一角に作られたこの隠し部屋で生活している。母さんは、ほとんどの日は鏡矢本邸へ帰る。
残業を口実に会社に残って一緒に寝たりもするけれど、普段は僕と世話役の執事の二人だけで生活してる。
「不自由させてすまん。もう少しだけ待ってくれ。
「時雨というと、たしか母さんの従妹だね」
「戸籍上はな」
実際には母さんの従姉の娘らしい。でも母さんの叔父──三兄弟の長男だった祖父の末弟に養子として引き取られ関係が変わった。
そして彼女は次代の当主になるべく苛烈な教育を課され、母さんや双子の弟と競い合うことに。
結果、心に深い傷を負った。詳しい経緯は聞かされてないが、双子の弟と養父が死んだらしい。彼女はその二つの死に責任を感じ、今も苦しみ続けている。
母さんは、そんな彼女の心を救ってやりたいのだ。
「あれから随分経つというのに、なかなか立ち直ってくれなくてな……」
僕としても早く時雨には元気になって欲しい。君が母さんを心配させ続ける限り、僕もこの建物から出て行けないんだ。早くしてくれ。
「それはさておき」
母さんはぎゅーっと僕を抱きしめる。
「今日も息子成分をしっかり補充しておかないとな。一日頑張るための必須栄養素だ」
「そんなものがあるのかい?」
「私があると思っている。ならばあるに決まっとろう」
なるほど、異様な説得力を感じた。
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