第4話 涼真と風花

 僕は就職をどうするか悩んでいると、ネットで若い人から絶大な支持を得る、インフルエンサーの言葉に触発された。


『国の最低保証も頼れない。給料の高い企業で働くなんて望めない。どうせ金も安い、楽な仕事も無い。それなら、死ぬまで情熱を捧げられる仕事を見つけるべきだ』


 この言葉で僕の進路は決まった。


 大学を卒業して就職が決まると、僕は一大決心をする。

 高校から付き合ってる彼女、風花との結婚だ。


 風花は僕のプロポーズに歓喜して、涙を流しながら受けてくれた。

 社会の暗雲もあって僕たちの挙式はつつましく行われた。

 それから数年、娘が誕生。

 世界の暗いニュースに相反して、僕の家族は光が灯され続けていた。


 鏡の異変から十年が経とうとしていた。

 ほとんどの人が光の異常で目に支障をきたし、外出を控えるようになった。

 閑散とした街を僕は歩く。


 僕はガラス貼りのビルに視線を移す。

 本来なら鏡面になったガラスに自分の姿が映るはずが、何も映ることなく、街の景色が僕を塗りつぶしたように広がるだけだった。


 じゃぁ、鏡の僕はどこかと言うと、五メートルくらい後方のガラス窓で影のように付いて来る。

 しかも背を向けて。


 人体から反射した光が大きくズレて映っているのだ。

 首を早く振れば鏡面の自分と対面できるかもと振り向いても、背を向けた自分が見えるだけ。

 諦めて何も映らない鏡面のガラスを見ていると、まるで吸血鬼になったようで、生きてる実感が湧かない。


 定かではないが量子世界の実験により多元宇宙と繋がった僕の現実は、ヒッグス場が増大して空間が重くなり光をねじ曲げ、鏡の原理を反転させた。


 更には空間が重くなったことで、地球の重力に偏りができ、雨雲が重力の強い場所に密集すると、超集中豪雨で東京の面積の半分が水没した。


「世界が元に戻ったら家族で遊びに行こうね」


 意識を失う前の風花は僕に言った。


 今、彼女は集中治療室で四方を透明なビニールに囲まれ、外気すら遮断している。


 重力の偏りは青い星のバリアである大気にまで及ぶ。

 重力の強い場所に大気が集まり、地球はボロキレにくるまれたも同じ。

 穴だらけの大気の隙間から、太陽の放射線が降り注ぎ、運の悪かった人々は被爆した。


 その一人が僕の妻、風花だ。

 放射線の影響で風花の免疫機能は活動していない。

 大人が気にしないような風邪でも、彼女の命を奪う。


 意識を失って数週間――――風花は旅立った。


 あんまりじゃないか。

 まだ娘の人生に母親は必要だ。

 事切れる彼女の側に寄り添い、手を掴むことも最後の言葉を残すことも出来なかった。


 これまでに、世の中では数奇な運命や不幸な境遇の人達を見てきたけど、他人事だと感じて気に止めなかった。

 自分の身の回りの世界だけを見て、その世界を守れればそれでよかった。


 不幸は他人事じゃない。

 誰にでも平等に起こるんだ。


 別れの日を覚悟していた。

 だから彼女の生前、家族写真を撮ろうとしたが、僕たち家族から反射した光をカメラが捉えることができなかったので、断念した。


 もう家族の集合写真を作ることは叶わない。

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