第2話 ミラージュ? ヒッグス? ダイエット!

 電車や飛行機、船は運行しているものの、バスやタクシーなどの車が乗れないのは、学生にとって大きな足かせだ。

 僕は朝早くに家を出て歩いて登校しなければならないので、身支度は通常の三倍速でこなさなければならない。

 学校へ到着する頃にはヘトヘト。

 まぁ、部活はサッカー部だから筋トレのおかげでスタミナには自信があるし、少し休めば授業へ集中できる。

 とはいえ、この状況がいつまで続くのか、少し気持ちに雲がかかった。


 それから数週間で世の中は顔を色を変えていった。

 その起点とっなったのは鏡だ。

 今、鏡の世界は現実と違う。


 ある日、僕は電気を消して部屋を暗くすると、世間で騒がれてる実験を再現した。

 スマホのライトを壁に向けて点灯、光は壁ではなく床に光を灯す。

 これは光線が曲がっていることを意味している。


 驚くのがスマホは動かしてないのに、光の塊は魚が泳ぐように右へ左へゆっくりと移動した。

 

 鏡の異常はこの光の性質によるモノだと、ネットで騒がれている。


 でも、何が原因なんだ?


 僕達、十代を取り巻く環境に影を落とし始めたのはここからかもしれない。

 電車や飛行機、船が相次いで事故を起こす。

 日本だけかと思ったら世界中で起きた一大事だった。

 原因は操縦運転する人間の"目"に異常が起きて、目的地がわからなくなったり、距離が掴めず建物に衝突したり、時には飛行機や船同士で衝突したりと、悲劇的な事象が続いた。

 

 そして世界の交通網はハサミで切るように途絶えた。


 海外からの流通がストップして物流が滞ると、国内で配給が始まった。

 大人は『世界恐慌の再来だ』と、うんざりするほど嘆いていた。

 確かに家の食事はわびしくなったけど。


 見える世界が段々と灰色へ塗り変わって行く気がした。


 解決の道がないまま三ヶ月が過ぎる。

 クローゼットの鏡へ立つと驚くことに、上下逆さまになった自分の全身が映っていた。


 マジか。目の高さに自分の足がある。


 翌年、原因の究明が全く進まなくなると、とある理論が注目された。

 テレビ特番でキャスターに向かって専門家は、自信たっぷりに解説する。


『私は世界で起きた異常は"ヒッグス粒子"の増加が原因と見ています』


『ヒッグス粒子?』


『この粒子は重さを与える存在で、同粒子により重さを得た原子が寄り集まることで、形を作り上げます。ヒッグス粒子がなければ地球も生物も生まれなかったでしょう。故に一時代は神の粒子と呼ばれていました』


『神の粒子ですか?』


『とはいえ、もはや神の粒子なんて呼ぶと笑い者ですがね』


『つまり、ヒッグス粒子が原因で光に異変が起きたのでしょうか?』


『いえ、この粒子は光に全く影響を与えません』


『影響がない?』


『はい。ヒッグス粒子というより、粒子の生産元たる"ヒッグス場"が地球全体を重くしたことで、重力が増大し特殊相対性理論に基づき光が歪んでいるのです。一連の現象は光の異常ではなく"重力"の異常だったのです』


『ヒッグス場とは……』


『例えば水槽に水を入れたとします。これをヒッグス場と考えて下さい。水の中で物を動かすと水圧で鈍く動きます。これが質量、または重力です。その水槽へ小石を投げると水が跳ねます。この跳ねた水がヒッグス粒子という訳です』


『重力が増大したのであれば、私達人間も重くなるのでしょうか?』


『地球は巨大な空間なので、すぐに人体へ影響が出ることはないでしょう。言うなれば、宇宙はビッグバンから誕生して以来、光の速度で広がっていますが、人間はその広がりを体感することはありません。宇宙の広がりと地球の生活とでは、話の次元が違いますから』


 その年、学校で身体測定があったが、学年中で悲鳴にも似た声が飛び交った。

 全校生徒や教師含めて体重が十キロ増していたのだ。

 彼女の風花は「好きな食べ物を我慢してようやく、ダイエットに成功したのにぃ~!」と、涙声で愚痴を溢す。

 僕は慰めも込めて「専門家の話なんて当てにならないね」と、苦笑いするしかなかった。

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