その234 ゆううつ

――うわっ。前、見えないっ。


 私が目を白黒させているうちに、周囲が強烈な濃度の煙で満たされていきます。


「うおおおおおおおおおッ!?」


 瞬間、私は転がるように後退。同時に、ポケットに突っ込んでいた“殺人おままごとセット”を引っつかみ、




『かぼちゃ

 ビタミンほうふな、げんきになれるやさい。

 ふゆにたべると、びょうきにならないらしい。

 ふゆじゃなくても、けんこうにいいぞ。

 こうのう:DEF+500 どくたいせい

 ※誤飲防止のため苦味成分が含まれています』




 かぼちゃ型のそれを、もしゃもしゃと噛みます。

 その時間たるや、数秒もかからず。

 私、喉が細いたちなんですけど、一気に呑み込めるよう訓練しました。


 強敵を相手にする時、“殺人おままごとセット”ほど頼りになるアイテムはありませんので。


「……よし」


 これで……少なくとも、これから三分ほどは無敵のウルトラマン。

 ついでに“毒耐性”もゲット。これはつまり、恐ろしい毒ガスの中にいても、恐ろしくないということ。


 というわけで、攻勢に出る準備が整いました。

 とにもかくにも……ハンバーガーさんを殺さなきゃ。


 彼女には、可哀想なお二人を殺した罪があります。

 それに、“楼主”さんの依頼もありますし。

 “娼婦殺し”の犯人も、彼女に間違いありません。


「……覚悟ッ」


 叫びつつ、“さしたる用もなかりせば”を抜刀。煙の中へ、突撃します。


 けど…………それは大きな失策でした。

 アレです。私がいつもやるやつ。ウッカリ系のやらかしです。


 確かにいまの私、“毒”を無視出来る状態……ですけれど。

 視界不良に対するケアができていた訳ではなかったのです。

 文字通り煙に巻かれた私は、すぐさま自分の位置感覚を失って、立ちすくみました。


 ハンバーガーさんがいたと思われた位置には、誰もおらず。

 ただ、二人の死骸が転がっているばかりでした。


「ありゃ」

『ばかっ!』


 背後から、“ゾンビ使い”さんの叱りつける声。

 それもそのはず。

 私、うっかり声を出してしまいまして。

 結果的に、誰よりも早く、ハンバーガーさんに自分の位置を教えることになってしまったのです。


 頭部に何かが触れたことに気づいて……そこに、ガスマスクを装着したハンバーガーさんの姿を確認。


「――――ッ」


 でも、大丈夫。私には、無敵の防御力がある。

 すかさず反撃に出れば……。

 そう思った、次の瞬間です。


「――《ローテンション》」


 かちり、と。

 頭の奥の……絶対に触れられてはいけない部位のスイッチが、切り替えられた……そんな感じがしました。


――こんなスキル、聞いてない……。


 そう思いながら……がくんと膝を折ります。

 なぜでしょうか。

 ぶっちゃけ、何もする気が……なくなってしまって。


 刀を取り落とし、へなへなと手をつき、コンクリートの地面を、じっと見つめます。


――あっ。よく見るとこの地面、ちょっときらきらしてるとこがある。


 とか、状況と無関係なことを思いつつ。


「う、う、う、う、う、う…………」


 完全に、心が折れてしまっている。

 いけない。

 これは、いけない。


 よくない。


 こんな……こんな。

 こんな不幸な気分になったのは……この世界にきてから、はじめてで。


 私はその時……気づいてしまったのです。


――私ひょっとして、社会不適合者じゃね?


 という、極めて明白な事実に。

 ……いや、わかってます。

 そんなの、最初から知ってます。


 だって私は、この世界を滅ぼそうとしているもの。

 この世の中に、居場所があるわけがありません。


 けれど。それでも。

 とっくの昔から、覚悟ができていたことでも。


 自分は……自分は。


 多分永遠に、幸せになれないという事実を目の当たりにするのは。


 辛くて。


 どうしても。


 まず、耳が遠くなります。

 次に、目の前が暗くなっていって……。


「うううううう。鬱だぁ……っ。死にたい」


 溺れるような気持ちで、そう呟きます。


 この世界に来てから、ずっと巧くいっていないこと。

 そのことを思い出していました。


 世界の終わりと、もう一つ。

 ずっと、私の目的だったこと。

 私の、最推し――“ミスターX”捜しです。


 …………………………。


 ………………。


 …………。


 この設定、覚えてた?

 たぶん七十話くらい前にちらっと出たやつなんですけれど。


――でも“彼”……この世界のどこにもいなくって。


 理由は分からず。意味も分からず。


 どうせ私には、なにもできない。うまくいかない。

 そうに決まっています。


 うぐぐぐぐ


 うぐぐぐぐぐぐ…………。


 さっきからなんか、ものすっごい頭皮を刺激されてる。


 見上げると、針のような刃物で、幾度となく私の頭を刺しまくってるハンバーガーさんがいます。


「うっそまじか。こいつカチカチじゃん」


 なんて言いつつ。

 まあ、どーでもいいですけど。


『マスター』


 と、その時でした。

 テラリウムから、一言。ゴーキちゃんです。


『マスター……ッ! 「さしたる用もなかりせば」と言え! はやく!』

「………………………………」


 えー。

 なんで?

 だってさ。


 だって私――“魔王”なんですから。


 いっそ、さくっと死んだ方が世のため人のため、でございましょ。


 そうした方がこの世の中、長く存続しますし。

 みんながうぃんうぃん。


 だから…………もう。

 何もかも、どーでもいいや。


『マスター…………ッ! くそッ。“遊び人”め。なんて能力だ』


 ごめんねゴーキちゃん。

 私このまま、虫のように死にます。


 そして私、ころんと、仰向けになりました。

 一刻も早く、こんな世界からはおさらばしたい。

 私は自主的に、ゆっくりと仮面を外して。


 “偽勇者”さんと“†堕天使†”さん。

 彼ら同様に、目を突いていただいて……速やかなる死をもたらしていただきたく。


「…………へえ。素直でよろしい」


 ハンバーガーさんの、糸目が、薄く見開きます。

 そして彼女……逆手に握った刃を、私に向けて…………。


『……馬鹿ッ!』


 と、その時でした。

 “テラリウム”の中からゴーキちゃんが飛び出し……、致命の一撃を辛うじて防いだのです。


『夢星最歩ッ! おめーはまだ、死ぬ時じゃねぇッ!』


 ふと、心のどこかで、ぼんやりと思います。


――これ……彼女のデビュー戦になるな、と。

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