第26話
「というわけなんだ」
「そりゃまた変な方法を編み出してしまったね」
と事情を聞いた幸村は苦笑いしていた。
「仕方ないだろ」
俺も変な方法だとは自覚している。だがMIUという女優自体が変なスタイルなのだから変な方法で対応する以外ない。
「でもあんまり疲れているようには見えないね。なんなら普段よりも元気そうじゃない?」
「ああ。凪咲ちゃんと雨宮が頑張ってくれるらしい」
事情を伝えたら作画は凪咲ちゃんが、ストーリーは雨宮が主となって作ってくれることになった。
流石に少しは関わるが、それでも負担は少ない。持つべきものは神アシスタントだな。
「それって剛くんの漫画って言えるのかな……?」
「当然だろ。俺が作ったキャラ、舞台、ストーリーを元にしているんだぞ」
失礼だな。俺が居なければあの漫画は生まれなかったんだぞ。
「ストーリーは剛くんが作ったとして、キャラはまんま椎名さんで、舞台はこの学校の名前以外をコピーしただけだよね」
「そ、それだけではないぞ。キャラデザも俺だ」
「……まあいいや。ってことはさ、仕事場に来る回数も減るんだよね?」
「だな」
「ってことは雨宮さんに合鍵渡したの?」
「……そうだ」
「どうしたの?」
「いや、何も無かった」
雨宮に合鍵を渡した時に人に見せられないレベルで狂喜乱舞していたことは俺の心の中だけにとどめておくべきだよな。
「ふーん……オッケー。じゃあ僕が連れていく必要は無さそうだね」
「安心している所悪いが、その必要はあるぞ」
「どうして?」
「雨宮が所望しているからだ」
「え?」
「尊敬する先輩と一緒に仕事場に向かいたいからだそうだ」
「……はあ。分かったよ」
確実に酷い目にあわされることを分かっていて意気消沈しつつも、後輩の願いは断れないらしい。
流石雨宮、手慣れている。
その日の6限目の体育はサッカーだった。
「ふん!!!」
ドン!!
「うわああああ」
ゴンッ
「え~~い」
ポスッ……
「なあお前ら、もう少し頑張ってくれ」
「「「「無理です……」」」」
クラスの男子共はMIUが事務所を辞めたショックで力を失っており、全く使い物になっていなかった。
部屋に籠り、同じ椅子に座り続けて作業をする漫画家にとって、体育という授業によって与えられる運動の機会は健康の為に大事なんだ。もう少しまともに動いてくれ。
これだったら小学生に混じった方がマシな運動が出来るぞ。
「これは駄目だな。幸村、付き合ってくれ」
クラスで唯一いつも通りの幸村と二人でやるか。
「あ、ごめん無理。再来週テニスの大会があるからあんまり真面目に出来ないんだよね……」
それならば!
「先生!こいつらが動かないのでテニスコートでテニスしても良いですか!」
テニスなら全力を出せるってことだよな。
「駄目に決まっているでしょ」
幸村に叩かれた。何故、完璧な案だろうが。
「テニスなら良いんじゃないのか?」
「剛くんは漫画家だから手を大事にしないといけないでしょ」
と正論で殴ってくる幸村。だがしかし、
「今の俺は、腕の心配をしなくても良いんだ。だから問題ない」
今月の原稿における俺の作業量は微々たるものだ。全治一か月以内なら全てセーフだ。
「確かにそうだけれどさ……」
言葉では否定する素振りを見せているが、手がテニスラケットの握りに変わっている。あと一歩で押し切れそうだ。
「勝手に話を進めるな馬鹿たれ。駄目に決まっているだろうが」
と言いながら体育教師の後藤が背後から迫り、頭を叩いてきた。
「痛いじゃないですか」
いくら俺が強そうに見えても痛いものは痛いんですよ。
「痛いじゃないですか。じゃねえ。今はサッカーの授業だっていってんだろ」
「じゃあアレどうにかしてくださいよ」
なんかさっきよりも酷くなっている。最早ゾンビだろあれ。
「仕方ねえなあ」
そう言ってゾンビ集団の中に飛び込んだ後藤は、
「オラッ!動け!」
ドコッ!
「会ったことすらない女優が事務所辞めただけでくよくよすんな!」
バコッ!
「そもそも芸能界引退ってわけじゃねえだろうが!」
ズガガガガ……
「そんな事よりもサッカーやれ!!!」
キュイイイイイイン!!!!
「何が起こっているんだ?」
どう考えても人間が出して良いはずの無い音と共にゾンビを蘇生しようとしていた。
「土煙が凄くてわかんない」
是非とも何が起こっているのかを観察して今後の参考にしたいところだったが、謎の土煙のせいで何も見えない。
非常に勿体ないな。
「よし!これで満足か?」
土煙が晴れると、
「オッシャアヤッテヤロウゼ!」
「ホラ!オマエラモコイヨ!」
「サッカーヤロウゼ!」
と非常にやる気満々で、活気に満ち溢れていたクラスメイトの姿がそこにはあった。
何故か片言な事だけが気になるのだが。
「何したんですか先生……」
その光景を見た幸村は若干ビビっていた。
「ただ普通に気合を注入してやっただけだぞ」
「ただ注入したらそんな風にはなりませんよね……」
「現になってるんだから良いだろ?」
「幸村。そんなことはどうでも良いだろ。全力でサッカーが出来るようになったんだから」
クラスメイトの姿よりも、それが一番大事だろうが。
「いや、どうでも良くないけど」
「強情だな。まあいい。俺はサッカーしてくる」
どの道サッカーを本気でやる気が無い幸村は放っておいてクラスメイトの群れに混じっていった。
皆のサッカーの腕前が普段の5割増し程に成長しており、非常にやりがいのある時間だった。
7限目も継続してやりたかったのだが、6限目の終了を知らせるチャイムの音と共に号令すらせず教室へ一目散に走っていったので叶わなかった。真面目だなお前ら。
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