第20話

「出来たぞ」


 凪咲ちゃんはペンを置き、完成した原稿を俺に渡してきた。相変わらずの完璧な出来である。


「お疲れ様です」


「凄いです凪咲ちゃん!どうやったらそこまでの腕を習得できるんですか?」


 雨宮は興奮した様子で凪咲ちゃんに質問していた。


「と言われてもだな。なみこくんの絵をただ見て描いているとしか言いようが無いんだ。理由を挙げるとするなら昔から美術を習っていたからかもしれないな」


「なるほど。類まれなる努力の末、なみこ先生の神絵を完全コピー出来るに至ったわけですね」


「まあな。ただ、私が出来るのはあくまでコピーで、オリジナルは一切出来ないんだがな」


「それでも恐ろしい話ですよ……」


「私からすると1から何かを作ることが出来る君たちの方が素晴らしいと思うよ」


「そうなんですかね?凪咲ちゃんなら面白い漫画を作れるような気がすると思うんですけどね」


 謙遜する凪咲ちゃんに対し、雨宮は出来るはずだと言い返す。すると凪咲ちゃんは数秒程考え、


「……見るかい?」


 と何とも微妙そうな表情で言った。


「あるんですか?」


 凪咲ちゃんの創作物に興味津々な雨宮は、期待を込めた目をしていた。


「あるよね。なみこくん?」


「良いんですか?」


 万が一用の素材として残してはいるが、本当に見せても良いのだろうか。


「良い。下手に期待をされるよりは良いだろうからな」


「分かりました」


 俺は部屋の隅に設置してある金庫から凪咲ちゃんが描いた漫画の原稿を取り出した。


「どうぞ」


「なみこくんありがとう。これが以前私が描いた漫画だよ」


「えっと、馬鹿にしてます?」


 雨宮は原稿の表紙を見た瞬間にこちらをジト目で睨んできた。


「それは正真正銘私が描いた漫画だよ。ね、なみこくん」


「はい」


「どう見ても同一人物じゃないですよね……」


 雨宮が驚くのは無理もない。原稿に描かれている絵は幼稚園生の方がマシと思えるレベルで下手なのだから。


 内容も色々とおかしな所があるのだが、それ以前の問題である。


「言っただろう?オリジナルは一切できないと」


「そういう問題ですかこれ……?」


「ああ。私は他人から与えられた情報を元に何かを再現することは得意なのだが、何かを想像し、実現することは出来ないんだ」


「でも勉強は出来るとお聞きしていますし、生徒会長としてのスピーチだって……」


「あれは再現の一種だからな。問題ない」


「再現?」


「ああ。再現だ」


「??」


 何を言っているのか分からないという表情で俺と幸村を交互に見てくる。


「勉強は問題という情報を元に答えを再現していて、スピーチは歴代生徒会長のスピーチを再現しているんだって」


「そういうことだ。説明ありがとう、幸村君」


「それって再現ですか……?」


 当然そんな説明で納得が出来るわけもなく、雨宮は首をかしげる。


「仕組みは分からんが、そういうことらしい」


 正直俺も理解は出来ていないが、そういう生き物として認識する以外ないんだ。


「とりあえずそれで納得しておくことにします」


「それは良かった。ではこれからよろしくな、雨宮さん」


「はい。よろしくお願いします」


「では仕事に戻ろうか。なみこくん、次の仕事はあるかい?今日中に終わらせるだけ終わらせておこうじゃないか」


「そうですね、これをお願いしても良いですか?」


「分かった。では作業に入るよ」


 そう言って凪咲ちゃんは作業に入った。


「お願いします」


 これで今月の分は安泰だな。


「なみこ先生、今渡したのって現時点で完成しているネーム全てじゃないですか?」


「そうだが」


「少しくらいは自分で描きませんか?」


「と言われても残りのネームを完成させないといけないからな」


「でもですよ。求められているのはなみこ先生の描いた漫画なんですよ?」


 雨宮は俺のファンで、凪咲ちゃんの実力を認めているからスルーしてくれると思ったが、残念ながらそんなことはなかった。


「まあ終わる前提で渡していないからな。凪咲ちゃんの場合作業スピードの予測が面倒だからとりあえず出せるだけ出したんだ」


 当然嘘である。全部仕事を任せるつもりで渡したのだ。


 全部と言っても任せたのはキャラだけだが、流石に今日中に終わるなんて事はないだろうし騙し通せるだろ。


「終わったぞ」


「なみこ先生?」


「は?」


 まだ10分も経ってないぞ。早いとかそういうレベルじゃないんだが。


「アニメ作りで速度が鍛えられたお陰だな。いつも以上に作業が捗った」


「あ、ありがとうございます。もう凪咲ちゃんが出来る仕事は全て終了したので後は好きにしてください」


「分かった。じゃあプラモデル制作の続きをやることにする」


 そう言って凪咲ちゃんは自分の部屋に戻っていった。


「で、先程の説明は嘘だったんですね?」


 凪咲ちゃんが去った後、再び雨宮に詰められることになってしまった。


「いや、アレは本当にそんなつもりじゃなかったんだ。10分で作業が全て終わってしまうなんて分かるわけ無いだろ」


 とりあえず今日中に半分くらい作業を終わらせてもらって、後日残りの半分の作業を終わらせてもらう予定だったんだが。


「まあ凪咲ちゃんがやってしまった仕事をなかったことにするのは失礼すぎるので出来ません。ただ、分かりますよね?」


「はい」


 たった今残りは背景以外俺が仕上げることに決定してしまった。


 つまり俺はあのキャラを全て一人で描き上げなければならないのか……



 適当に理由をつけて凪咲ちゃんが居て雨宮が居ない日を作ろうとしたのだが、凪咲ちゃんが雨宮を気に入ってしまったのか、一度もそんな日は訪れることはなく、本当に俺が全てをやる羽目になった。


 あのキャラを何度も消し去りたくなる欲望に耐えた俺は偉いと思う。



 その一か月後、


「これが今月分のアンケート結果だ」


 南野さんが凪咲ちゃんに任せ損ねた話の結果を見せてくれた。


「そんなバカな……」


 スマホの画面には、煌々と輝く1位の文字が。


「読者からも編集部からも大好評の回だったぞ。過去一二を争うレベルで面白かったって」


「今日は4月1日じゃないですよ。分かっていますか?」


「当然だろ。ちゃんと俺が見て聞いてきた評価だよ」


「そうですか……」


 今までの完成された美琴モチーフのキャラではなく、あんな中途半端に混じりまくったあのキャラの何が良いというんだ……


「やっぱりあのキャラってメインキャラになるのか?結構設定に気合入っていたみたいだし」


 南野さんまで……


「はい……」


 人気が出てしまったからには脇役に追いやることも出来ない。俺は泣く泣くメインキャラ昇格を受け入れることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る