第6話
俺は家の外に避難していた幸村に終わったことを伝え、リビングに戻ってきてもらった。
「はあ、南野さんの声、外まで響いてたよ。だから開けるなって言ったのに」
幸村がああまで言って止めようとした後に避難したのは、純粋にうるさすぎるから。
南野さんは何故か野球観戦になると、歌手も驚いて逃げ出す程の凄まじい声量で応援しだすのだ。
「雨宮が気になっていると言ったのだから仕方ないじゃないか」
「別に開けさせなくても事情を説明すれば良かったでしょ」
「それじゃ面白くないだろ」
「剛くんさあ……」
「で、どうだった?雨宮」
「面白かったですね。どこにでもいるようなおじさんがあそこまでの声量を出せるなんて……」
「だそうだ。見せて良かっただろ?」
「雨宮さんもそっち側なんだ……」
そっち側?別に何か変だったか?
「まあいい。俺は南野さんが試合を見終わるまでここに残るつもりだが、2人は帰って良いぞ」
「うん、じゃあお疲れ~」
「私は残りたいです!」
そのまま帰ろうとする幸村に対し、まだ雨宮は残りたいらしい。
しかし、
「ダメだ。明日も学校があるだろ。これの影響で授業中寝てしまうなんてことがあれば申し訳が立たない」
この仕事が原因で学業がおろそかになってはいけないからな。
「大丈夫です!寝ても成績は落としません!現時点で高校二年生までの内容なら選択科目を含め全教科完璧ですので!」
「え?全教科?ってことは日本史世界史地理を全てやってるってこと?」
幸村は正気を疑う目で雨宮を見ている。
「はい。何なら現社、倫理、政経もやっていますし、理科は地学まで完璧です」
「どうしてそんなことを?そこまでやる必要ないよね?」
「当然先輩に勉強を教える優秀な後輩ポジションに確実に座るためですよ。それに学年一位をキープしているので学年一位を狙う男子にライバル視されるイベントもカバーできています。まだ両方発生していないですが」
雨宮はいつラブコメイベントが発生しても対応できるように勉強を頑張っているんだな。流石俺のファンだ。イベントに対する意識が高い。
「ねえ剛くん。この子大丈夫なの?」
幸村は俺に不安そうな目を向けてくる。
「何が問題なんだ。意識が高くて非常に良い子じゃないか」
ここまで優秀な子は中々お目にかかれないぞ。やはり採用して良かった。
「これは意識が高いとは言わないよ!」
まあ大半の人間は諦めてしまうからな。だから良いんじゃないか。
「あ、そうだ!私、幸村先輩に勉強を教えてもいいですか?私にかかれば学年一位に東大合格間違いなしですよ!」
雨宮は今がチャンスと言わんばかりに幸村の手を取りつつアピールした。
「え、あ、ちょっと」
幸村と雨宮の身長は殆ど変わらないので上目遣いは出来ていないが、代わりに顔が正面に来ていたため、幸村を動揺させるには十分だった。
「なるほど。勉強してくれるんですね!じゃあ今後の予定も決めなきゃいけないですし、どこかに二人っきりでファミレスにでも行きましょう!」
「え!?」
「決まりですね!」
雨宮は幸村の女性耐性の無さを察知したらしく、幸村に否定させる間を与えずに話を進めていた。
「というわけで、私たちはファミレスに行ってきます!それでは!」
「おう、頑張れよ」
どうやら勉強を教える優秀な後輩でも、学年2位にライバル視される学年1位でもなく、容赦なく先輩を振り回す先輩というポジションを瞬時に選択したようだ。
「やはり優秀だな」
今月の給料は2倍にしておこう。
そんな事を考えつつネームのペン入れをし始めてから二時間後、すっかり汗だくになった南野さんが部屋から出てきた。
「どうでしたか?試合」
「巨神が勝ったぜ!今日はホームランが3本も出たし滅茶苦茶気持ちいい試合だったぜ!」
「それは何よりです」
試合に1点差とかで負けた時の南野さんはちょっとだけ面倒だからな。無事に勝ったようで良かった。
「二人はどうしたんだ?」
「先に帰らせましたよ。明日も学校があるので」
「ああ、わりい。剛も学校だってのに随分と待たせちまったな」
「別に構いませんよ。仕事を進めていたので」
「そうか、締め切りまでに頼むぞ」
「はい、では帰りましょうか」
「そうだな」
「あ」
俺は合鍵を手に取り、家を出ようとしたタイミングで大事な事を忘れていたことに気付いた。
「どうした?」
「南野さんに見せなきゃいけないものがあるんでした」
「そりゃあなんだ?」
「一度リビングに戻ってもらえますか?」
「ああ」
俺は南野さんに作業用の机に座らせ、戸棚にしまい込んでいた500字詰め原稿用紙の束を手渡した。
「何だこれ?えっと、『ヒメざかり!コミカライズ版原稿』……?なんだこれ」
「小説を書くのは初めてだったんですが、どうにか完成させることができました。絵を描かない代わりに地の文というまた別の難しさがあって非常に楽しかったですね」
月刊連載と並行で書くのは大変だったが、また書いてみたい。
「そういうことか……お前なあ、いくら原作者だとしても素人が書いた小説を販売するわけがねえだろうが!」
表紙を見るなり南野さんは突然怒り出した。
「え、ノベライズが決定したって言ってたじゃないですか」
「それは決まったよ。ただな、それを書くのはプロの小説家やシナリオライターであって、漫画家のお前は書く必要ねえんだよ!」
「でも南野さんはあの時、ノベライズを書くから任せたぞって」
「それはアイディアの話だろうが!何曲解してんだ!」
「そんな…… 俺の1か月の努力が……」
「とりあえず、この原稿は無かったことにする。以上!」
1か月必死になって書いた小説はお蔵入りとなり、俺はその夜ベッドの上で静かに泣いた。
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