第4話

「お二人は『ヒメざかり!』を描いていらっしゃるなみこ先生とそのアシスタントの方ですよね?」


「何故それを!?」


 その秘密は数人の信頼できる相手にしか話していないはず。


 芸術選択科目も画力で疑われないように書道を選んでいるというのに。


 なみこの方でも性別はおろか年齢すら一切晒していない。バレる要素は無いはずだ。


「作品を見たらお二人が携わっているんだって分かりますよ。ファンなので!」


「幸村、そういうものなのか?」


「違うと思う」


「とりあえず何故俺たちに行きついたか説明してもらおうか」


「はい、といっても大したことはしていないですが。まず作風から現役の男子高校生と推測できますね」


「次にキャラデザや背景から二人で手分けして作品を作っていることと、身長、見た目、運動能力等の身体的特徴が大体読み取れますね」


「また、幸運にも作品の舞台設定から地元がこの辺りだと分かりました。遠くに居るなら諦めていましたが、近くに居るなら拝見したいということで条件に合う二人組が居ないか常に目を光らせていました。結果お二人をこの学校で発見できたというわけです」


「さっぱり分からない。そんな話あり得ないだろ」


「同じく」


 何を言っているんだこの後輩は。まだ幸村をストーキングしていて偶然漫画を描いていると分かったとかの方が理解できる。


「別に『ヒメざかり!』のファンならこれくらい大したことありませんよ?もう少し上のファンであればお二人の名前や住所まで完璧に読み取れるはずです」


「「それはない」」


 こんなエスパーが地球上に何人も居てたまるか。


「まあそれは良いです。とりあえずお話させてください!」


「分かった」


 目の前の相手が人間であるかどうかは置いておいて、ファンであることは間違いないだろう。ファンサービスの一環として付き合ってやるか。




「——という所が好きです。で、これは勝手な解釈なんですけど——」


 流石に仕事場へ呼ぶのは問題だったので適当なファミレスに入って話をすることになった。


『なんとなく分かっていたけど、僕よりもこの漫画について理解してるね』


『ああ、そして俺よりも理解してるぞ』


 俺達は雨宮に聞こえないようにこっそりと話した。


 楽しそうに語る雨宮は俺たちの身元を特定させた異次元な読解力を遺憾なく発揮し、作者すら置いてけぼりにしていた。


「僕たちの作品についてよく分かっているね。こんなファンがいるなんて作者として幸せものだよ」


 けれど作者であるという矜持もある。ということで幸村が見栄を張っていた。


「そうですか?光栄です!」


 背景担当が頑張っているんだから俺も、


「これは質問なんだが、次の話からどうなると考えているか?作者として聞いてみたい」


 作者としてファンの意見を聞くのは大事だからな。何故幸村は俺を睨んでいるんだ?


「前回は王子様系新キャラである新嶋君の登場回で大活躍していたので、通常なら一番の彼氏候補である宮村君が活躍する回だと思うのですが、新嶋君は何かギャップを隠している気がします。そのため、次週はその部分を掘り下げると睨んでいます」


 何故わかるんだ。それは俺が昼休みに考えたばったりのネタなんだが。


「やっぱり美琴のファンなんじゃないか?」


「いえ。なみこ先生のファンです」


 なるほど。それならやるべきことは一つ。


「アシスタントにならないか?」


 勧誘だ。


「え!?剛くん、本気で言ってる!?」


「私があの作品のアシスタントですか!?光栄ですけど、絵は描けないのでお役に立てるかどうか⋯⋯」 


 たった今決めた話だったので幸村も雨宮も驚いていた。


「なら再来月の話を予想してみてくれ」


「再来月ですか。来月の話が私の予想通りだと仮定して——」


 それから雨宮は自分なりの予想を語った。


「どうだ?幸村」


「剛くんがこのままのストーリーを作るかは置いておいて、このまま漫画にしても大丈夫な完成度だよ」


「だろ」


「下手したら剛くんが作るよりも面白いかも」


「おい」


 作者より面白いとか言うなよ、傷つくだろうが。


「そんな、滅相もありません!なみこ先生より面白い話が作れるだなんてそんな!!単に予想しただけですので!!」


 いや、これはこれで少し傷つくな。


 雨宮が予想した話は俺が現段階で構想しているものより面白かったからな。


「とりあえず、実力は十分だ。ということで、『ヒメざかり!』のストーリーを作る手伝いをしてはくれないだろうか?」


「こんな私でよろしければ是非!お願いします!!」


「決まりだな。じゃあ仕事場に行くか」


 新しいアシスタントも決まった所で、3人で仕事場へ向かった。



「このアパートだ」


「これがなみこ先生の仕事場……!そう聞くとオーラが漂っているように見えます!」


 アパートを見た雨宮は、まるで神にでも出会ったかのような表情でアパートを見つめていた。


「ああ。あの神作品が生まれたんだからな」


「前も言ったけどさ、それを何故自分で言っちゃうのかな」


 何か問題でもあるのか?


「にしてもこんな近くにあるんですね。全く気付きませんでした」


「まあうちの生徒が絶対に通らない場所を選んだからな」


 俺の仕事場は高校から徒歩10分足らずの場所にあるのだが、最寄りの公共交通機関とは反対の位置にあるため、滅多なことが無ければ生徒が寄り着くことは無い。


「やはりなみこ先生であるということが周囲にバレたら大変なことになりますもんね!」


「ああ、そうだ。超売れっ子だからな」


「いや、単にこっち側の方が安かったからでしょ」


「おい」


 こういう時は黙っていてやるのが作者というものだぞ。


「なるほど。優秀なアシスタントさんにより多くの給料を支払うためですね!流石です、なみこ先生!」


「そ、そうだな」


「ふーん」


 幸村がジト目でこちらを見ているが俺は見ていない。ちゃ、ちゃんと給料は払っているだろ。


「外で話していないで、とりあえず中に入るぞ」


 俺は二人を引き連れ、仕事場に入った。


「ここがリビング兼仕事場だな」


「おおお!!これが!!カッコいい!!」


 雨宮は目を輝かせて部屋の隅々まで観察していた。


「別に学校の給食の時みたいな感じで机が5つくっついていて漫画を描く道具が置いてあるだけだけどね」


「それが良いんじゃないんですか!皆さんが頑張ってきた歴史が詰まっているんですよ!ファンからしたら最高にカッコいいです!」


「そ、そうなんだ」


「特に定位置とかは決まっていないから、ここに来たら好きな所に座って仕事をしてくれ」


「はい!」


「とりあえずこの部屋の紹介は終了だな。次はこっちだ」


 俺は扉を開け、畳が敷かれた部屋に入った。


「一応寝室ってことになっている。何かあった時はふすまの中に布団が用意されているから、ここで寝てもらうかもしれない。ただ仕事でそうなることだけは無いので安心してくれ」


「はい!」


「まあ基本的には遊び場なんだがな。ここには一応ゲームのPN4と5、そしてSitchがあるから、暇な時に活用してくれ」


「おっと忘れていた。布団に関してなんだが、この赤色の毛布と赤色の布団だけは使わないでくれ。幸村専用だからな」


 俺は押入れを開き、その寝具を見せた。


「これは幸村先輩専用なんですか?」


「ああ」


「幸村先輩は極度の潔癖症でもないですし、この寝具も特別高いということでは無いですよね。何かあるんですか、幸村先輩?」


「あ、いや、その、内緒で」


「そうですか、分かりました」


 雨宮があっさりと引き下がってくれたので幸村はほっと安心していた。


 幸村は極度に女性耐性が無いので、女子が寝た布団となれば何度洗ったとしても緊張で眠れなくなってしまう。そのため幸村専用の寝具を個別に設ける必要があった。


「後はキッチンと風呂、洗濯機についてだが、好きに使って構わない。ただちゃんと後片付けだけはしておいてくれ」


「分かりました。でなみこ先生、これは何でしょう?」


 雨宮は寝具の隣に合った収納ボックスから真っ白なブラジャーを取り出した。


「それは美琴のだからとりあえず直してくれ」


 これ以上見せると幸村が爆発してしまう。


「はい。でもどうして美琴先輩の下着が?」


「劇団の練習が遅かった時とかに美琴がここに泊まるんだよ」


「だからなんですね。てっきり絵の資料として幸村先輩に着せているのかと」


「いくら幸村が可愛くても流石にそんなことはしない」


 それをすると人間として終わってしまう気がする。


「残念です。機会があれば是非見たかったんですけど」


「絶対にしないからね!」


 大丈夫だ。俺が阻止するからな。


「とりあえずこれで全ての紹介が終了したな。後は仕事と給料について詳しい話でもしようか」


 リビングに戻った俺は、戸棚から雇用契約書を引っ張り出しつつそう言った。


「なみこ先生、あの部屋はなんでしょう?」


「あれはもう一人のアシスタント用の部屋だ。危ないから絶対に開けないでくれ」


「もう一人居るんですか?」


「一応な。忙しい方だから今は来ていないがな」


「そうなんですね。絶対二人で描いているはずなのにな……」


「そこら辺に関しては顔を合わせた時にでも話すと良い」


「そうですね。では仕事の話をしましょう」


 俺は幸村の仕事の邪魔にならないように、寝室で仕事の説明をすることにした。

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