第32話 満月の夜。スージーの様子が変です。
――宴とアレクセイの演説が終わった夜。
アレクセイとスージーはベッドに並んで横たわる。
スージーに向かって手を伸ばそうとして、彼女がいつもとは違う様子であることに、アレクセイは気がついた。
「大丈夫? どこか調子悪いの?」
「いえ――」
スージーの顔は火照り、しっとりと汗ばんでいる。
この後のご褒美を期待しているだけとは思えなかった。
不調を心配するアレクセイの声に、スージーに首を振って返事をする。
「アレク様、私、外の空気を吸いたいです」
「…………」
スージーはいつも自分を「お姉ちゃん」と呼ぶ。
「私」と言うのは、特別なときだ。
「少し外に出ませんか?」
「……ああ、構わないよ」
二人は外に出た。
涼しい風がスージーの銀髪をなびかせる。
ノイベルト州特有の乾いた風には少し、湿った土の香りが混ざっていた。
――今宵は満月。雲ひとつない。
スージーの銀髪が月の光によって煌めく。
「覚えてますか?」
「うん?」
「私の髪が満月のようだ――とアレク様が始めて褒めてくれたときのことです」
銀髪は魔族の証。忌み嫌われる刻印。
すべての人が蔑む中、アレクセイだけは否定しなかった
スージーの銀髪は美しい――アレクセイにとっては、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「あの日に決心したんです。私はアレク様に寄り添う月になろうと。太陽のように輝くアレク様の隣で、アレク様を支えようと」
スージーは続ける。
「私は輝かなくていい。アレク様の光に照らされる月でいればいいんだと。アレク様が私の生きる道を示してくれたのです」
そこで、ふっと柔らかく微笑む。
「だから、黒いメイド服にしたんですよ」
普通、メイドが着る服は紺色だ。
スージーが来ているのは今夜の空のようにどこまでも黒い。
「この髪がもっとも美しく見えるようにって」
「そうだったんだ……」
スージーの思いが、アレクセイの胸を打つ。
そういう理由だったとは、アレクセイも知らなかった。
たしかに、漆黒のメイド服はスージーの銀髪によく似合う。
天に輝く満月とどこまでも暗い空。
その光を全身に浴びるように、スージーは両手を広げる。
その姿は凝縮した月光そのものだった。
――スージーの心臓がひとつ、強い音を奏でる。
「なにか、不思議な感覚です。身体の中心から未知の力が湧いてくる気がします」
スージーの身体が光に包まれる。
以前、臣下の礼を行ったときと同じ光だ。
「私のステータスをご確認下さい」
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【名前】:スージー
【年齢】:15
【性別】:女
【種族】:普人種(魔族混血)
【忠誠】:S
【ジョブ】:メイド
【ギフト】:忠臣
【セカンドギフト】:レッサーヴァンパイア(NEW!)
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「セカンドギフト、【レッサーヴァンパイア】……。どうやら、私に混ざっていたのはヴァンパイアの血だったみたいですね」
そう告げるスージーの口元では、鋭い歯が月光に照らされていた。
ふたつ目のギフト、そのスキル効果は――。
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【闇に生きる】陽の光が少なくなると能力補正。
【操血術】体外に出た血を操る。
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アレクセイは「凄いね」と目を輝かせる。
怯えも恐れもない。
スージーの髪を褒めたときと同じ輝きだ。
――アレク様は、やはり、私を受け入れてくださる。
スージーはアレクセイの懐の深さに救われた。
「これでさらにお役に立てそうです」
スージーはアレクセイの胸に飛び込む。
両腕を背中に回し、アレクセイの胸の中で息を荒げる。
そして、潤んだ瞳を持ち上げ、上目遣いで口を開く。
「アレク様……お願いがございます」
胸の苦しみに耐えながら、スージーが懇願する。
「大丈夫っ?」
「少しで構いません。アレク様の血を分けていただけませんか?」
「血……ああ、そういうことか」
ヴァンパイアが生きるには血液が必要。
そして、血を啜った相手を眷属とし、思うままに操る。
吸血鬼と呼ばれる
「血を分けていただいても、アレク様の身体に変化はありません。眷属化したり、ヴァンパイアになったり、そういうことは一切ありません」
「うん」
アレクセイはスージーの髪を撫でながら、優しい声でうなずく。
「【レッサーヴァンパイア】のギフトを授かって分かりましたが、そのような力はもっと上級のヴァンパイアでないと使えないようです」
「うん」
「それに、たとえ、そのような力があったとしても、アレク様に使う気はありません」
「うん」
「ただ、乾いているんです。身体が血を欲しているのです。ほんの少し、小瓶程度で構いません。どうか――」
アレクセイはスージーの言葉をさえぎる。
「もちろんだよ。スージーのお願いを僕が聞かなかったことがある?」
「アレク様……」
アレクセイには一切の迷いがなかった。
「もし僕が眷属になったり、ヴァンパイアになったりするとしても……それがスージーに必要なら、僕はためらわないよ」
その言葉に、スージーの潤んでいた瞳から雫が溢れる。
アレクセイは「でも、できるだけ痛くしないでね」と優しい笑みでスージーの気持ちを軽くさせる。
笑みを向けられ、顔を赤くしたスージーは決意したようだ。
「いっ、いきますっ!」
スージーは背伸びし、アレクセイの首に顔を近づける。
鋭い牙がアレクセイの首筋の柔らかい肌を突き破る。
少なくない痛みがアレクセイを襲うが、彼は声を上げず、スージーの髪を優しく撫で続ける。
二人だけの時間がしばらく流れ――。
「ふぅ」
満ち足りた様子でスージーは顔を離す。
ヴァンパイアの力だろうか、傷口は綺麗にふさがり、痕ひとつ残っていなかった。
「ごちそうさまでしたっ」
スージーはぺろりと舌を見せる。
「お粗末さまでした」
アレクセイも笑顔を返す。
「お身体に不調はありませんか?」
「ああ、ちょっとクラッときたけど、たいしたことないよ。それより――嬉しかったよ。またひとつ、スージーとの繋がりが深くなったね」
「アレク様……」
感極まったスージーは再度、アレクセイに飛びつく。
「スージー、お願いがある。今後、血が欲しくなったら僕に言って。他の人の血は吸わないで欲しい」
「それは…………」
「これは僕のわがままだ」
「わがまま……ですか?」
スージーはきょとんとするが、続くアレクセイの言葉は、彼女を歓喜させるものだった。
「スージーの身体に僕以外の人間の血が混ざるのは許せないんだ。ただの独占欲だよ」
理屈ではない。
スージーに血が必要だと分かった瞬間、そう思ったのだ。
そして、実際に吸血行為を行ってみて、その思いは絶対と言えるほどまでに強くなった。
「アレク様……」
トロンとした瞳でスージーがアレクセイを見つめる。
「スージー……」
どちらともなく、二人の距離が縮まる。
お互いに腕を伸ばし、抱きしめ合う。
顔が近づいて、目が閉じる。
二人の唇が重なった――。
「ふう」という小さなつぶやきとともに、スージーの身体から力が抜ける。
「スージーッ!」
心配するアレクセイだったが、すぐにすやすやという寝息が聞こえてくる。
「眠っただけか……」
きっとヴァンパイアの力が目覚めたことで、身体が変化についていけなかったのだろう。
そう思い、アレクセイはスージーの身体を抱えあげる。
寝てしまったスージーとは対照的に、気持ちが昂ぶっているアレクセイはなかなか寝つけそうになかった。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『第4章キャラクターリストです。』
次々回から第5章『森調査』スタート!
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