蠢く異形
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──蠢く異形
67階層に潜る。
ミドルスパイダーボットは未だに使えている。
このタフなロボットはかなりの重量のある武器弾薬を抱え、階段であろうと平気で降りていくのである。
『よしよし。いい子、いい子』
『アルファ・フォー。ローダーに構えってないで周囲を警戒しろ』
『了解』
椎葉が戦闘配置につく。
『アルファ・スリー。前進開始』
『あいよ』
信濃の先導で的矢たちは67階層を進んでいく。
相も変わらず奇妙な歌を歌うキメラたち。恐らくはこれが一種の音波探知になっているのだろうと上層の技術者たちは言っていた。跳ね返ってきた音を掴んで、何者かが侵入してきたかを知るというわけだ。
確かに熱光学迷彩は姿を見えなくするが、臭いは残るし、音の反響など使われたら探知されることは避けられない。
的矢たちにできるのは相手が気づいてどうこうする前に鉛玉を叩き込んでやるだけだ。たっぷりの鉛玉を蠢く化け物たちに叩き込み、ぶち殺す。
今回も同じこと。いつも同じこと。相手が手を出すより早く叩きのめすのは勝利への近道だ。先手必勝とは言ったものである。
また歌が聞こえるのを音響探知センサーが捉えた。
信濃がその方向に部隊を誘導し、マイクロドローンがその方向に飛行する。
『キメラが7体。目標マーク』
『振り分けた。叩きのめすぞ』
的矢たちが物陰から飛び出し、銃口をキメラたちに向ける。
そして、銃弾を一斉に浴びせる。
キメラは歌を歌いながら死んでいく。悲鳴は上げない。歌を歌い続けている。そして、キメラのうち何体かが的矢たちの方向に突撃してくる。的矢たちはそれに向けて、銃弾を集中して浴びせて、撃破する。
殺戮はものの数分で終わり、化け物が灰に変わっていく。
『こいつらが元は人間を使って作られたとしたら』
ネイトが言う。
『どうして灰になっちまうんだ? 本当はこいつらはダンジョンが生み出した存在なんじゃないか? 改造された人間なんていない。最初からこいつらはこうだった』
『そう思いたいならばそう思えばいい』
どう思うと解釈は自由だ。そう思うことが精神の安定に繋がるならばそう思い込めばいい。犠牲者などいない。こいつらは全て化け物が作った存在だと思えばいい。実際、それがどうなのか分かっていないのだから、そう思うことは間違いとも言えない。
解釈はご自由に。ゴーストやレイスに乗っ取られた死体に自我があるのか。ダンジョンカルトたちは好んで人間を食っているのか。ダンジョンの化け物たちは排泄しないが、食われた人間はどこに消えるのか。
どれもこれも慈悲深く解釈すればいい。わざわざ露悪的な発想を披露する必要はない。彼らは安らかに眠ったのだと、そう思うことは優しいことだ。他者にとっても、自分自身にとっても。
『テンポを上げろ、アルファ・スリー。軽快に進むぞ』
『あいよ』
信濃が音源、震源へと誘導し、的矢たちは化け物をぶち殺していく。
10体の化け物を、20体の化け物を、30体の化け物を殺しまくる。
『クリア』
『クリア』
そして、67階層の制圧が宣言される。
『アルファ・フォー。ブラボー・セルを呼べ。通信機材を設置してもらう』
『了解』
椎葉がブラボー・セルを呼び出す。
『こいつらは最初から化け物だった。そうなんだ。化け物だったんだ。手足をもぎ取られた人間なんて、子供なんていない。こいつらは俺たちを動揺させるために、そういう風に作られていたんだ。そうに決まっている。そうだ』
ネイトは精神的に未だに参っているのか、自分に言い聞かせるように慈悲深い解釈を説いている。それがあれば大丈夫だというように。
馬鹿馬鹿しい。化け物は化け物だ。殺せばいい。ダンジョンカルトだって殺してきたんだ。中央アジアでも殺してきたんだ。それが化け物になった途端殺せなくなる方がどうかしているとしか言えない。
化け物は殺せ。速やかに殺せ。確実に殺せ。
これさえ守っていれば、ダンジョンでは生き残れる。
そして、ダンジョンで生き残るは兵士にとっての義務だ。許可なく死ぬことなど許されない。市ヶ谷地下ダンジョンでは許可なく人間が死に過ぎた。勝手に自殺する人間。しくじって殺される人間。味方を撃とうとして逆に射殺される人間。そういう人間があまりにも多かったから、的矢たちにとっても大きな負担となっていたのである。
軍隊では死ぬことも上官が決める。兵士の生き死にを決めるのは上官だ。死ぬことが必要だとは思わないが、死ぬ気で物事をなさなければならないときもあるだろう。だが、基本的に上官は部下たちを生かすように動くものだ。そうしなければ兵士たちからの信頼は得られず、作戦に支障をきたす。特攻作戦など論外である。
『しかし、化け物がどんどん悪質になっていくな。歌うキメラなんて今回が初めてじゃないか。これまでのキメラは歌ったりしなかった。死体を貪りはしていたけれどな。どう考えてもこいつはイカれているとしか思えない』
『世界が発狂した、か。確かに世界の物事はどうにかなっている。そして、その原因は化け物が存在することにある。化け物を全て殺した日には、また正常な日常が戻ってくるさ。退屈でつまらない日常がな。化け物を殺せない日常。そいつが楽しいのかどうか、俺には分からんよ』
『あんた病気だぜ、大尉。カウンセリング、受けてるのか?』
『クソみたいに真面目に受けているさ。俺ほど真剣にカウンセリングを受けている兵士はいないだろうよ。何せ俺は精神科医どもから狂人だと思われているからな。狂ったと申告できる人間は正気であるというルールがここにはないらしい』
『どこかで聞いたよな、その話』
信濃はそう言いながらブラボー・セルと日本陸軍の工兵が通信設備を設置するのを眺めていた。
『さて、68階層だ。ここを制覇したら、次は69階層、そして70階層の制圧だ』
『了解。ばりばり殺していこうぜ』
『お前もかなりの病気だな、アルファ・スリー』
そして、通信設備の設置が終わり、的矢たちが68階層に潜る。
同じような化け物の歌が今回も聞こえるのだと思っていた。
また狂ったリズムの歌を歌う化け物が蠢いているのだと思っていた。その可能性はかなり高いはずだった。連中は音を使ってこちらに居所を探っているのだから、そうなるのは当然と言えるはずだった。
だが、そうではなかった。
「苦しい……苦しい……」
「痛い……痛い……」
「助けて……助けて……」
人間の声でそう聞こえる。キメラのお飾りである人間の体がそう呻いているのだ。
『ちっ。戦略を変えてきやがった。ダンジョンにも心理戦をやろうって気はあるようだな。クソみたいな話だが、クソみたいに対処しなければならん』
ただでさえこっちの人員は化け物に人格が残っているのでは、化け物は人間が改造されたものではと思って混乱しているのだ。そこにこんな呻き声を流されれば、どうなるかは想像するに容易である。
『ああ。なんてこった』
ネイトがそう呟いた。
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