不死者殺し
……………………
──不死者殺し
的矢の銃弾がリッチーを貫く。
リッチーは痛みを覚えた仕草を見せるが、構わず攻撃を続ける。
また空間が爆ぜ、衝撃波が全員に伝わる。
「クソッタレ、クソッタレが。アルファ・フォー! お前の銃弾を叩き込め! この中ではお前の銃弾が一番威力を発揮する!」
「りょ、了解!」
移動しながら椎葉がリッチーを狙う。
だが、移動しながらの射撃のためか、なかなかリッチーに致命傷を与えられない。
「クソ。何か、もっと火力のあるものは……」
そこで的矢は陸奥を見る。
「アルファ・ツー! こっちで攻撃を引き付ける! その隙に重機関銃を設置しろ!」
「重機関銃をですか?」
「命令が聞こえなかったか?」
「いいえ。了解しました」
そして、的矢はリッチーの攻撃を引き付けるために思い切った手段に出る。
彼はリッチーに向かって突撃し、距離を一気に縮め、お神酒を垂らしたマチェットをリッチーに向けて振るったのだ。リッチーはすかさず身を翻したが、的矢の攻撃は続く。リッチーは回避に専念することになり、魔術による攻撃が行えない。
的矢はとにかくリッチーを攻撃し続け、その体を引き裂き、打撃を与えていた。だが、的矢の攻撃はすぐに回復され、リッチーは的矢に向けて杖を向ける。
すぐさまリッチーから距離を取り、的矢は攻撃に備える。
炸裂。空間が爆ぜる。
「設置完了です、アルファ・リーダー!」
「アルファ・フォーにそいつを使わせろ! 銃弾を叩き込ませろ!」
「了解!」
陸奥に変わって椎葉が重機関銃を握る。
「アルファ・フォー! 叩き込め!」
「了解!」
銃声が轟く。
リッチーの体が一瞬でミンチにされる。
リッチーはミンチにされながら、辛うじて杖を椎葉の方に向けようとするが、その腕も重機関銃の50口径ライフル弾によって弾き飛ばされた。リッチーは回復することもできず、攻撃することもできず、悲鳴のような声を上げながら、蜂の巣にされる。
1マガジン100発の銃弾が全てリッチーに叩き込まれた。
そして、静寂が訪れる。
リッチーが倒れる。体がミンチにされたリッチーがその場に崩れ落ちる。
そして、灰に変わっていった。
「目標撃破、目標撃破」
的矢がそう宣告する。
後に残されたのは赤い魔石だけ。
「やりましたね、アルファ・リーダー」
「ああ。なんとかな、アルファ・ツー」
ふうとため息を吐く的矢。
「ボス、ボス! 私、大活躍でしたよ!」
「ああ。よくやった。だが、もっと射撃の腕を磨いておけ。60階層の拠点設置までに鍛えてやろうか?」
「え、遠慮します……」
椎葉は露骨に的矢から視線を逸らした。
「凄いじゃないか、椎葉軍曹! あの厄介なリッチーが手も足も出さず、蜂の巣にされるなんてな! やはり神道の力なのかい?」
「うちは代々神職の家系でしたからね。そういうのも関係しているのかもしれません。けど、私は情報軍に入る前の高校時代、バイトで巫女さんしたぐらいしか経験ないんですけどね。あはははは」
ネイトに持ち上げられて椎葉は調子に乗っていた。
「椎葉ちゃんのおかげだな」
「全くだ。椎葉軍曹を引き抜いたのは正解だったな」
「あんたの人選は常に最良だよ、大尉」
「ふん。おだてても何も出ないぞ、信濃曹長」
「ちぇっ。大尉殿もお堅いな」
信濃は興味を失ったというように自動小銃を肩に乗せ、ため息を吐く。
「何か欲しいものでもあったのか?」
「んー。休暇」
「それなら羽地大佐がくれるだろうさ。60階層に拠点を作らにゃならん。陸軍の工兵が仕事を終えるまでは休暇だ」
「いや。ちょっと行きたいところがあってさ」
「なんだ。はっきり言え。可能な限り手配してやる」
「……実家」
「ほう」
信濃が視線を俯かせていうのに、的矢が腕を組む。
「親孝行なことじゃないか、曹長。だが、どうしてこの作戦中に実家に?」
「なーんとなく、だな。あたしは戦死して白木の箱に入って実家に帰るってことはない。ドラゴンの血をたっぷりと浴びているからな。だけど、そう、もうずっと両親に会ってないと思ってさ。あたしは生き残るだろうから、実家そのものに帰る機会はいくらでもあるだろう。だが、両親はそうじゃない。あたしが生きて帰っても、誰もいない実家になってる可能性もあるわけだ」
「ホームシックか。らしくないな」
「分かってるよ。柄にもないこと言っていることぐらい。だけど、いいだろ? 鹿児島なんだ、実家。福岡の博多ダンジョン攻略の時も考えたけど、あの時はまだ言い出せなかった。忙しかったからな」
そう言って信濃は肩をすくめる。
「羽地大佐に掛け合っておいてやる。許可は下りるだろう」
「助かる、大尉」
信濃が少し安堵したような表情を見せた。
そして、信濃にそう言いながらも、的矢は自分も親に会うべきだろうかと思っていた。母親の入っているホームは知っている。妹の電話番号も知っている。だが、どうにも気が進まない。今さらという気になる。
そう、今さらだ。
実家を出て、親との連絡も取らず、全てを妹に押し付けてどれだけの日々が過ぎた? 確かに仕送りはしていた。それだけだ。それも小児科医になった妹が必要ないというようになってからは途絶えた。
自分自身は家族を作らず、ただただ軍務に専念し、戦い続けてきた。
東南アジアで、中央アジアで。
自分が両手足を失ったときに慰めてくれる人間はいなかった。自業自得だ。
ただただ自分の人生に忙しかった、と言ってしまえばそれまでだ。確かに的矢は自分の人生に必死だった。下士官から大尉に上がるまでの何度もの昇進試験を合格し続けることは、特殊作戦部隊に求められる体力を維持し続けるには、たゆまぬ努力が必要だった。
軍のキャリアに必死だった。的矢は両親に、そして妹に迷惑をかけないために高校卒業と同時に日本情報軍の下士官に志願した。そして、下士官としては異例の速さで出世しつつ、確かな経験を詰み、特殊作戦部隊──第101特別情報大隊に配属された。
ずっと必死だった。これからも必死だろう。
だが、的矢のキャリアはこれで終わりだ。大尉から少佐に昇進するには情報軍大学校を卒業しなければならない。的矢は情報軍大学校に入るには年を取りすぎている。
あれだけ必死に軍でキャリアを積み続け、行きついた先はこの穴倉。
世界は発狂を決意し、狂気がそこかしらに溢れている。
《思えば》
ラルヴァンダードが言う。
《君が軍で昇進してきたのはこの日のためだったんじゃないかい? この狂った世界で戦うために、君は軍でのキャリアをずっとこなし続けてきた。特殊作戦部隊の隊員としてのスキルを磨き続けてきた。そう思わない?》
どうだろうな。俺の敵はもっと現実的なものだとばかり思っていた。日本を侵略しようとするならず者国家。テロリスト。そういう連中の仲間。
《だけど、今や世界は発狂してしまった。穴倉に籠っていたテロリストたちは化け物の餌食になり、ならず者国家のミサイルサイロも化け物で破壊し尽くされた》
そうだな。世界は発狂した、か。
的矢は感慨深げにそう呟いた。
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