第10話 金雀枝大和の事情
「げほっ!」
卵焼きが勢いよく変な所に入って外に飛び出る。慌てて麦茶を飲んで、胸をどんどんと数回叩いた。
な、なにをいきなりとんでもないことを言い出すんだ、この人は。
「うわ、汚ぇ」
確かに僕は多分マヤさんの事が好きだけど、それは金雀枝大和の副人格であって大和さんには今のところ恐怖しか感じていない。
「へっ、変な事言わないでくださいよ」
まぁ、見た目はものすごくいいなとは思っている。赤髪とヤンキースタイルに眼が行くけれど先輩はとても美人だ。時々僕の方を見る流し目なんてなんだか色っぽくてドキドキするけど、綺麗な人に緊張するのはごく普通のことで好きとかそういうヤツではない。
「なんだ、違うのか」
かっこいい人には憧れるけど、ヤンキーみたいに周りに迷惑をかけて後先考えない破天荒な人種は好きじゃない。ピアス沢山開けてるのも怖いし、直ぐに手が出る獰猛な性格だって恐ろしくて仕方がないんだ。
「大和さんはかっこいいし綺麗な人だなとは思いますけど。別にそういうやましい気持ちはないですよ」
「そうか。忘れたくないというからてっきり、あたしと付き合いたいのかと」
そ、そうだった。マヤさんのお願いは「大和さんと恋人になって更生させる」という二重の意味で不可能なミッション。金雀枝大和と関わる道を選んだ以上、大和さんとお付き合いすることになる・・・のか?
「いやいや、そんなの大和さんだって嫌でしょう? 僕みたいな背が小さくて女の子みたいな顔でヘタレでもごもごした奴」
こんなにもスラスラと自分の悪口が出てくるのは非常に複雑だが、流石に大和さんと交際するなんて無理難題過ぎる。好きな人の主人格と付き合うだなんて意味がわからないし。
まぁ、マヤさんも恋人云々に関してはそこまで本気ではないだろうから、事情を聴いて他の方法を考えた方が絶対に良い。
「あぁ。あれはあいつが勝手に言っただけだ。気にするな」
と言いつつ、少し耳が赤くなっている。もしかして自分が好きなんじゃないかと勘違いして恥ずかしくなったのかな。そう思うと少し可愛いかもしれない。
「は、はい。大和さんはわざわざ僕なんかで妥協しなくても。他にいくらでも男性が言い寄って来るでしょうしね」
性格の問題に眼を瞑って、見た目と家柄で先輩を好きになる男なんてきっと沢山いる。世の中には男である僕が好きだと考えるようなヤバい人がいるんだ、美人な女性なら多少中身がヤンキーでも構わないという人だって多いだろう。
「・・・あのなぁ。あたしは別に彼氏が欲しいとか言ってねぇから」
「そ、そうでしたね」
なんとなくわかっていたけれど、マヤさんが望んでいるからって主人格の大和さんも同意見というわけではないんだな。
「えっと、マヤさんは恋人の他に先輩に更生して欲しいと言っていました。理由は大和さんから聞いてと言われたのですけれど。教えてもらえますか?」
こんな理不尽な頼み事をしておいて説明を別人(?)に任せてしまうのだから、マヤさんも結構いじわるだ。
「・・・別に大した理由じゃねぇよ。あたしももう三年だし、多少まともなフリでもしてやろうかなって思っただけだ」
先輩は何かを隠しているような気がするけれど、僕がまだ信用されていないから話したくないだけなのだろう。ただ驚いたのは、大和さんもそれなりに更生したいという意思があることだ。
てっきり僕が恋人として大和さんと親しくなったうえで説得して欲しいなんていう無理難題かと思ったけど、本人にその気があるなら僕が頑張る所なんてなにもないじゃないか。簡単な話だ。
「それは、すれば良いのでは?」
この一言に限る。
ヤンキーを辞めるのなんて本人の意思さえあれば簡単だろう。寧ろ大和先輩が大人しいお嬢様的な性格になってくれればマヤさんと交流するときに大和さんを怖がらずに済むので僕としても嬉しい話だ。
「大和さんが普通の女子高生らしくすればそれで解決するんじゃないですかね?」
「それは無理だ」
何故。
「あたしはこの格好も喋り方も変えるつもりは無い。それだけはあり得ない」
「矛盾ですよ! まともなフリをしたいって言ったじゃないですか」
「まともなフリをしてまともに卒業できる程度には更生したと思われたい・・・が、あたしは今のスタイルを変えるわけにはいかねぇ」
「そんなぁ」
やっぱスカジャンと派手髪はヤンキーの魂なのかな。黒髪も似合うと思うのに。僕にはよくわからない。
「つーか優等生になりたいわけじゃないんだからこのままでもいいだろ。あたしはまともに学生生活をおくれてればいいんだ。んで、ちゃんときっかり三年で卒業する」
「学生生活・・・って、先輩もしかして授業出てないんですか?」
「あぁ。三年になってからは最初の二日しか出てない」
「えっ。よく二年生から進級出来ましたね」
出席日数が足りないのでは?
「SHRだけ出てる。あと二年の途中まではちゃんと授業受けてたしな。補講とテストでなんとかなる」
効率的に最小限の労力で進級の権利を勝ち取ったって感じだな。でも三年生となったらそう簡単にいかないんじゃないだろうか。
「まだ始まったばかりですから、今日から授業出ません?」
「それは無理だ」
「何故ですかっ! 無理ばっかりじゃないですか」
「・・・お前ホントなんも知らねーのな」
急に僕が罵倒されてしまった。
「来なくていいって言われてんだよ」
「え?」
「クラスの奴らに、教師に。まぁそこまでストレートな物言い出来る程度胸ある奴はいないけどな。似たようなもんさ。お坊ちゃんお嬢ちゃんだらけのこの学校で、あたしがクラスに馴染めるわけないだろ? 邪魔なんだよ、こんな奴がクラスに居たら」
お嬢ちゃんというのは真面目な生徒が多いっていう意味だろう。確かにうちの高校は校則も行事のノリもかなりお堅い方で、進路決めのときにも言われたが割と硬派な学校だ。僕としてはそういう真面目な校風に惹かれたけれど、大和先輩はそりゃ浮くだろうな。
寧ろあれだけ自由にやって放任されているのは先輩の家の力が関係しているんじゃないだろうかと勘繰られても仕方がない。
「あたしがいるせいで受験勉強に支障が出るから来ないでくれって言われたんだ。仕方ないだろ、別にいいけどな。おかげで担任も見逃してくれてるしよ」
「それは・・・」
先輩はいつもの堂々とした様子で、鼻で笑っている。けど、そんな雑な排除のされ方をして笑っていられるなんて僕は変だと思う。
「なんか、言い過ぎじゃないですかね」
「言い過ぎもなにも、それがクラスの総意だ。いつ暴力事件起こすかわからない、下手したら金と権力でもみ消されるんじゃないかって心配になる『赤鬼』がクラスに居たら高校三年生っていう一番大事な時間を脅かされる。十分な理由だろ?」
「他の人の平穏のために大和先輩を腫物扱いしてるってことですよね。なんで大人がそんな事黙っているんですか」
「黙ってるっていうか、担任と学年主任までは公認だよ。あたしも二年の時はそれで納得してたし、今更やり直したいと思う方が悪いんだ」
「そんな・・・」
と、僕が言い返そうとしたところで昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。
「ほら、そっちはちゃんと授業に出るんだろ」
大和さんはごみの入ったビニール袋をぎゅっと縛って立ち上がる。
「大和さんも出てくださいよ! そんな勝手なこと言う人に負ける必要ないじゃないですか」
僕の言葉にふっ、と淋し気に笑うと大和さんはビニール袋をぶんぶんと回しながら、
「久しぶりに誰かと食事出来て、ちょっとは楽しかったぜ」
とだけ言うと、真っ赤な髪をさらりと靡かせて屋上を去っていってしまった。
僕はモヤモヤとした気持ちを抱えながら残った弁当をかっこみ、一年五組の教室へと走った。
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