第5話 割り切れない理由
「ただいまー」
学校から電車で片道一時間。ただでさえ長い通学時間だけど、さらに厳しい事に帰りが遅くなると帰宅ラッシュにぶつかり車内が混雑するので余計に疲れてしまう。
洗面所で手を洗っていると
「おかえり、兄貴」
と、僕と違って高身長にすくすく背を伸ばした上に濃いめのイケメンに成長した弟(小5)が声をかける。成長期どころか思春期すら終わっていないであろう弟の頭を、背伸びして無理やりひと撫でし、僕はさっさと二階にある自分の部屋に閉じこもる。
ネクタイを外して、ブレザーとズボンをハンガーにかけて部屋着に着替える。部屋着といっても中学の頃のジャージだけど。
「・・・・・・」
ベッドに寝ころび、ぼふっと埃が舞った。
一旦目を閉じて、開けて、スマホを取り出す。LINE画面には涼羽や家族、あと企業アカウント。下の方に中学までの数少ない元友人。
そして一番上にある『大和先輩』のトークルーム。
「夢じゃ、ないなぁ」
呟いた自分の声が他人のモノみたいに聞こえるくらいには惚けながら僕は先程の会話をリフレインした。
***
「こ、こここここ恋人っ!!?」
聞き間違いを疑えないレベルでハッキリと言われた。あまりにも急展開だし脈略もないし意図もわからない。
「そう。金雀枝大和の恋人になって」
両手で僕の手をきゅっと掴んで可愛らしく「お願い」とウインクされてしまうが、そんな簡単に飲み込める話じゃない。
「な、なんで急にそんな話になるんですか。そもそも僕みたいなへなちょこ、金雀枝さ・・・大和さんが嫌がりますよ! 僕なんか選ばなくたって大和さんほどの美人ならその気になれば引く手あまたでしょう」
「確かに優柔不断なとこはあの子のタイプじゃないけど、ナオ君は犬助になんだか似てるし、割とあの子好みの顔だと思うの。他に赤鬼と付き合おうなんて度胸ある人は桃太郎くらいじゃない?」
犬助って大和さんが可愛がっていた犬の事じゃないか。あと桃太郎じゃ大和さん退治されちゃうだろ。
「ナオ君は初対面なのにあの子とちゃんと会話出来たし、私の正体にも気づいたでしょ? これはただの直感だけど、結構私とキミって相性がいい気がするんだよね」
この場合の「私」はどっちを指すのか、それともどっちもを指すのかよくわからない。
「そ、そういうのはちゃんと好き同士が考える事であって、僕みたいなヘタレで男らしくない奴には無縁の話です。恋人なんて無理に作る必要ないと思いますし・・・」
大和さんもマヤさんも恋に飢えてるようなタイプの女性には見えない。どちらも正反対の性格だろうけど芯のある人だ。好きでもない相手と遊びの恋を楽しむなんてやめた方がいいと思う。
「・・・私には必要ないかもしれないけど、あの子には必要なんだよ」
「えっ、それはどういう?」
「金雀枝大和は直ぐにでも更生して大人にならなきゃいけない。あの子もそれを望んでいるのに出来ない。もう私達の力だけじゃ無理で、誰かに助けてもらわないと解決できないの。出会いは偶然だけど、あなたならあの子を変えられるって、私思ったの」
「更生? えっと、恋人となんの関係が?」
「ごめんね、今の君に全て話すことは出来ない。詳しい事はあの子の口から聞いて。でも、私は本気でキミにお願いしたい。私は私の勘を信じて、ナオ君にあの子の事を任せたいの・・・無理な頼みだって言うのはわかっているけど、私達には時間が無いの」
任せる、だなんて重たい話だ。しかもマヤさんは直ぐに事の全貌を話してくれる気はないらしい。
「・・・それとも、キミもあの子の事が怖い? こんな事頼まれて困る?」
困っているのは確かだ。ヤンキーの先輩は怖い。
だけど、目の前でこんなにも真剣に恋人になって欲しいと頼まれた経験がないせいで、僕の思考回路は完全に熱に侵されているみたいだ。割と真面目に悩んでいる自分がいる。
悩む必要なんてないのに、僕は先輩に相応しくないし、先輩の事も良く知らない。二人が抱えているであろう何かを背負える自信は無いし、そもそも恋愛そのものが怖いんだ。
断る理由は山ほどあるのに、どうしても僕の口はハッキリと拒絶できない。
「ほ、保留で・・・」
ごにょごにょと口ごもりながら出てきたのは、失敗と混乱続きの今日一残念で男らしくないヘタレ回答だった。
***
一部電気が切れかけた自室の照明は、なんとなく僕を落ち着かせてくれる。
しかし、せっかく落ち着いた心もあの後先輩とLINE交換した事実をありありと見せてくるスマホの画面に再び乱される。
「あああぁ・・・やっぱり夢じゃない」
いっそのこと全て僕の妄想だったらどれだけ良かったか。僕には荷が重すぎる保留課題のせいで夕飯を食べる気力もない。
「恋人とか、急に意味わかんないよなぁ」
先輩の言っている事はどう考えても無理がある。事情がありそうなのにそれを濁すし、大和さん本人の意思を聞けていない。急いで結果だけ求めているような必死さとか、時々何かを隠すようにはぐらかすところとか、全部が怪しい。
「初対面の一年に告白するなんて、何考えているんだろ。もしかして美人局?」
ハニートラップを僕に仕掛ける意味なんて無い。罰ゲームにしたって、もっとマシな方法があるだろう。
「なんで直ぐ断らないんだよ、僕は」
おまけに連絡先まで交換して。もしかしてちょっと嬉しかったのか? そりゃそうか、女の子に告白されるなんて初めてだ。やっぱり男相手と違ってちゃんと浮かれてしまうんだな。恋愛長期休暇なんて自分で自分に言い訳して格好つけているくせに、僕にも思春期の男子相応に恋愛したいという気持ちは残っているみたいだ。
「どうしてこんなことになったんだろ」
僕はただ金雀枝大和先輩に入試のお礼を言いたかっただけなのに。結局お礼はまともに言えないし先輩はヤンキーだし金雀枝自動車のご令嬢だし二重人格だし、めちゃくちゃだ。
「・・・あ、もしかして入試の時に会った金雀枝先輩はマヤさんの方だったのかな」
多分そうだろうな。
「・・・・・・」
改めてトーク画面を見ると、横顔の大和さんの鋭い眼光がアイコンとして映っていた。先輩ってアイコンを自撮りにするタイプの人なんだ、意外かも。
「明日、ちゃんと言わないと」
明日の昼休み、大和先輩と屋上で昼飯を食べるという世にも恐ろしい約束をしてしまった。そこできちんと断るのが僕に出来る最適解なのだろう。
ただ、僕がこんなにもモヤモヤした想いを持ってしまっている理由は、あの日に出会った先輩への憧れを僕の経験値の無い脳みそが恋心と錯覚しているから。たぶんそれのせい。
「ちゃんと、断らないとな」
涼羽に明日の昼は用事があるからそっちに行けない、とだけ連絡して僕は夕飯も食べず、現実逃避するように眠りについた。
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