第33話 優先順位
夕食を終えたボクたちは、特に何かすることもなかったので、すぐに解散という形になった。
それにこの後、ボクもちょっとした『野暮用』があるので、実はあまりゆっくりしていられない。
じゃあ、何故時間がない中で、友達と呑気に食事に行ったのかと問われると、それも別に大した理由はない。
前々から真奈を食事に誘おうかと思っていたのもあるし、ただ単純にそうしたかったとしか言えない。
……それにしても真奈、今日は浮かない顔をしてたな。
食事中の真奈の様子を思い出しながら、そう考える。
ちょっと会話したくらいだけど、分かりやすく気落ちしていたし、空返事ばっかりだった。
昨日の学校でのお昼休みにあったことも、影響しているのかもしれないけど……
……もしかして、ボクとの食事嫌だったのかな。
ちょびっと悲しいことを考えながら、明るい光によって照らされているアウトレットモールを横目にボクたちは歩く。
やがて、一二言の言葉を交わし、駅の改札口へと足を向けた。
その時……
「あっ……」
真奈が駅前へと目を向けて、何かに気付いたかのように、そう小さく声を漏らした。
まるで、何か見てはいけないようなものを見てしまったかのような反応に、ボクは不思議に思い、真奈が見つめる視線の先へと目をやる。
するとそこには……
1人の少年と1人の少女が、仲睦まじそうに歩いている姿があったのだった。
あれは、黒池先輩と……加賀美先輩?
現在、私は心音との食事を終え、今から帰って寝ようかなどと考えていた矢先のことであった。
駅前の通りに、見覚えのある2人の先輩の姿を目に捉えてしまった。
1人は、ここ最近何かと話題になる先輩であり、心音の意中の人である黒池先輩。
もう1人は、私の所属するテニス部の先輩……
加賀美先輩である。
どうしてあの2人が一緒に……
2人が付き合ってるなんて話は聞いたことないし、部活だって黒池先輩の方は無所属なんだから関わる機会も無いだろう。
……もしかして、昔から仲良かったとか?
そんなことを考えていた私だったが、私の隣に居る心音が、私の視線の向かう先と同じ場所を見ていることに気が付いた。
……あっ、これ不味いかも。
この際、先輩方が何故2人で一緒にいるのかという疑問は置いといて、先ずは心音のことだ。
私という仲の良い(筈の)友達にも、平気で刃物を向けてくる子だ。
『ボクのせんぱいが知らない女に取られたー。』
とか言いながら、サクッと刺しに行くかもしれない。
ヒヤヒヤする思いを抱えながら、恐る恐る心音の顔を覗き見る。
しかしそこには、怒ってるわけでもなく、悲しんでるわけでもなさそうな無表情があった。
「……あれ?」
ちょっと拍子抜けな心音の様子に、私は疑問の声を漏らす。
「……なに?」
私のその呟きに心音が反応し、そう言葉を返してきた。
しかし、その声からは不機嫌さが伺える。
……あっこれ、表情には出してないけど、結構ヤバいかも。
私の不安を煽るかのような心音の声音に、私は冷や汗を流す。
しかし、心音は暫く2人の様子を見ていたかと思うと、スっとそこから視線を外し、駅の改札口へと足を向けた。
……?
心音のその行動は予想外だったので、思わず頭上に疑問符を浮かべてしまう。
そんな私の様子に気付いたのか、心音は私の方を振り返り、声を掛けてきた。
「……どうしたの?早く帰りたいんでしょ?」
「え?あーうん。いや、まぁ。」
刺しに行くは冗談でも、2人の元まで行って何かするのかと思っていたので、変な返事をしてしまう。
なんだか、私が何か起こるのを期待していたみたいに感じるかもしれないけど、行動派の心音がここで何もしないのは、とても珍しいことなので、私の反応は当然と言えば当然なのだ。
「えーと、良いの?あの人って心音の好きな先輩だよね?女の人と話してるみたいだけど……」
「……それがどうしたの?」
「いや、心音って自分の好きな人が知らない誰かと話していたら、釘を刺しに行くような感じだと思ってたから。」
……あっ、余計なこと言ったかなぁ。などと考えていると、私の言葉を聞いた心音は、何だか呆れた様子でこう言った。
「……今は真奈と出掛けに来てたんだから、真奈を置いて行くなんて、そんな失礼なことしないよ。」
もちろん、せんぱいが他の女と仲良くしている所を見るのは、良い気分にはならないけど。と心音は、ため息を吐きながらそう付け足す。
……正直、意外だった。
第1に黒池先輩。それ以外はどうでも良い。みたいな感じだと思ってたけど、案外そうでもないのかも?
「……それにどうせ、せんぱいはボクのものになるんだし、今のうちに幸せな時間を楽しんでおけば良いよ。」
心音は最後にそう呟きながら、再び駅へと歩み出す。
それを聞いた人間は、その最後の呟きにゾッとするようなものを感じるかもしれないが、私にはそれが、何かを迷いながら発した言葉のように聞こえたような気がした。
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