第31話 お出掛けII

「何でこんなことに……」


バカみたいな量の紙袋を両の手に、俺はそう呟いていた。


現在、明るく照りつける太陽が俺たちを真上から見下ろし、今日という日も後半に入ったことを告げている時間帯。


うちの学校近くのアウトレットモールで、俺は幼馴染の買い物に付き合わされていた。


「……もう、遅い!早く来てよ!」


俺がゼェハァ言いながら必死に足を動かしていると、前の方からプリプリと怒った様子のやつが来る。


「今日は私の買い物に付き合ってくれるって言ったでしょ!」


俺が今こうなっている原因。それも全て幼馴染の加賀美貴音が、朝っぱらから俺の家まで訪問してきたおかげである。


「……『ちょっくらコンビニ行ってくるけど、あんたも来る?』的なノリで言われたんだから、まさかこんなにもガッツリな買い物に付き合わされるとは思わんだろ。」


「幼馴染なんだから、別にこれくらい付き合ってくれたら良いでしょ?」


「……アホか。家で寝てたらいきなり連れ出されて、荷物持ちなんて聞いとらんわ。荷物持ちの気持ち考えたことあんのか?」


「もう、持ち持ちうっさいわね。後でねり飴買ってあげるから黙って付いて来てよ。」


「……小学生のお使いじゃねぇんだぞ。」


……ねり飴は買ってもらうが。


そんなこんなでどちらもブーブーと言い合いをしていると、いきなり貴音は何かを思い出したかのようにハッと顔を上げた。


「あっ!今日発売のコスメ、まだ買ってないんだった!ちょっと急ぐわよ!」


そう言いながら、焦った様子でどこかへと走っていく貴音。


「……コスメって何だよ。」


あまりにも美容系用品に頓着がない無知な俺は、置いてけぼりになりながらも、渋々その後を追うのだった。




























「……あなたって好きな人とかいないの?」


あれから1時間後、新作のコスメとやらを買った俺たちは、昼飯兼休憩ということで駅前の喫茶店に入っていた。


飲みかけのブラックコーヒーを片手に貴音がそう尋ねてきたのは、俺が飯を食い終わり、店内で静かに流れるjazの音に耳を傾けていたその時だった。


「……好きな人?」


俺はその質問に首を傾げながらも考える。


……そういや、恋愛したいだとか青春したいだとか言うくせに、俺って好きな人いねぇな。


今更、致命的なことに気が付いた。


「好きな人……いねぇわ。」


「へ?いないの?」


貴音が、心底不思議そうな表情で俺を見る。


「なんだ?俺に意中の異性がいないことがそんなにおかしいか?」


「……いや、あなたっていつも青春がどうこう言ってるものだから、てっきりそういう子がいるもんだと思ってたわ。」


コーヒーをズズっと啜りながら貴音はそう言葉を零す。


「……んー。俺って人との関わりがほぼ無いからな。」


俺が自嘲気味にそう呟くと、貴音は飲んでいたコーヒーのカップを机上に置いて、


「いや、関わりが無いんじゃなくて、あなたが関わろうとしないんでしょ。」


と、俺にそうツッコミを入れた。


「あなた、1度でも気になる子と仲良くしようとしたことあった?」


積極的に話にいったり、連絡先交換したり。と具体例を挙げて話す貴音であったが、もちろんそんなことはしたことが無い。


そもそも俺は、あまり人に興味関心を抱かないから、そんなこととは無縁の生活を送ってきたのだ。


まぁ、その結果が今のザマなんだが。


「……ねぇな。」


「でしょ?」


貴音は、はぁ、とため息を吐きながら俺の悲しい同意に同調する。


「青春、青春言う前に、あなたは人に興味を持つことから始めた方が良いと思うわ。」


「うーん。そうかもな。」


「……じゃあ、はい。」


俺が素直に頷いていると、いきなり貴音は俺に携帯を突き出してきた。


「……?」


その真意が分からず固まっていると、貴音が呆れたように口を開く。


「……なにボーとしてんのよ。連絡先、交換しようって言ってんの。幼馴染なのに、あなたの番号も知らないし、交換してたらお互い何かと便利でしょ?」


私も好きなタイミングで荷物持ち頼めるし。と、その台詞さえなければ手放しで受けいれられた要求を貴音は口にする。


「……最高でも半年に1回な。」


「そんなんじゃ交換する意味ないわよ。」


「知るか、というか買い物なんか俺じゃなくて学校の友達とかと行けよ。」


貴音はテニス部に所属しているし、俺と違って男女問わず友達も多い。


わざわざ俺みたいな、愛想のない、つまらないやつと買い物に行くよりかは、友達とワイワイ行った方が楽しいと思うんだが。


そんなことを心の中でボヤいていたが、


「いや、私は荷物持ちが欲しいだけだし、友達にそんなこと図々しくて頼めないでしょ?」


と、残りのコーヒーを飲み干しながら貴音はそう答えた。


どうやら、こいつもこいつなりに学校の友達には遠慮しているらしい。


俺への遠慮は全く考えていないらしいが。


「なるほど、つまり俺は都合の良い男という訳だ。」


「そうそう、だから自分の身分を弁えてよね。」


「アホか、納得できるかボケが。」


「口の利き方がなってないわよ……」


そんなこんなで、連絡先の交換を終え、軽口を叩き合いながら、俺たちは昼食を終える。


「じゃあ、次は下着でも買いに行こうかな。」


「……し、下着?」


席から立ち上がった貴音の後を追うように、俺も席を立ち、2人で会計へと向かう。


「そうだけど、何か問題でも?」


……問題っていうかなんというか。


女性ものの下着って所謂ブラジャーとかパンティってやつじゃないのか?


……そういうのって男が見ていいのか?


「えーと……そういう店って、女性以外の入店お断りとかないのか?」


俺がそう聞くと、貴音は俺の考えていることを何となく察したのか、くるりとこちらに振り返り、軽蔑の眼差しを向けてきた。


「うっわ、最低。やっぱりあなたもそういうこと考える変態だったんだ。」


「……やっぱりってどういうことだよ。」


そんな風に、会計テーブルの前で再び言い合いが勃発しそうになったが、さすがに迷惑を考えて、さっさと会計を済ませる方向へと向かった。


「あっ、この店の代金は私が出すから。」


「じゃあ頼んだ。」


貴音のその申し出を、特に断る理由も無いので、即答でそう返す。


「……そこって普通は、俺が払うよ的なノリで食い下がってくるところでしょ?」


貴音は、ジトッという効果音が付きそうな目で俺を見てきたが、そこにすかさず俺は言葉を返す。


「俺とお前の仲だし、そんなの今更だろ。」


俺のその言葉を聞いた貴音は「……まぁ、別にいいけど。」と呟きながら、ただし、と付け加えてこう言った。


「今日は夜まで付き合って貰うから。」


……そんなに買う物あるのかよ。と呆れながらも俺は分かったと返事する。


それを聞いた貴音は、短く「じゃ、そういうことで。」と言葉を零し、会計を済ませて店を出た。


それに続いて、俺も店を出る。


女性店員の「ありがとうございました!」という可愛らしい声に見送られながら、外に出たその瞬間に俺が感じたのは、喫茶店に入るまではなかった、蒸し暑さだった。


……あっつ。


まだ梅雨にも入っていないと言うのに、梅雨明け特有の蒸し暑さ。


それに、腕にのしかかる紙袋の重みによって一気にガクッとテンションの下がった俺だったが、貴音はそれにも気にした様子は見せず、

「んー!」と背筋を伸ばし、やがて、言葉を放った。


「それじゃ、早速出発!」


そう言って、俺の数歩前を機嫌良さそうにルンルンと歩き始める貴音。


チラリと見えたその横顔は、年相応の女の子のようで、その姿に、俺はなんだかちょっとだけ新鮮味を覚えたのだった。

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