クエスト15/はぴまり?



 意味が分からなかった、誰がどうして、何故こんなものが。


(まさか……天使のオッサンの仕業か??)


 ゼクシィと言えば結婚雑誌、つまりは恋人の先にある物。

 それを意識させる事で、二人の関係をテコ入れしようとしているのだろうか。


(けどなぁ、ちょっと迂遠過ぎる気がするんだよな)


 セックスしないと出られない部屋に閉じこめておいて、そういう手は今更ではないか。

 日替わりクエストに使う品という可能性も残ってはいるが、そうではない場合。


(理子、か? でも何のために……)


 彼女は何のために、否、違う。


「…………結婚願望がある、或いは誰かと結婚を考えている」


 とすれば筋が通るが、相手は誰だ。

 そんな人物はアキラには一人しか思い浮かばない、彼女と近しい人物で、そういう将来を考えられる相手。


(――――オレか!! も、もしやコイツはオレとの為にッ!?)


 思わず口元が緩む、もしそうならどんなに嬉しいか。

 しかし一方で、不安も付きまとう。

 いつも一緒に居る幼馴染みで、お互いの人間関係だって把握してる。


(嗚呼……考えたくねぇ、考えたくはねぇがよぉ)


 けれど、全ての時間を一緒にいる訳ではなく、アキラが知っている理子の人間関係が不完全な可能性もあって。


(ネットの知り合い、学校の誰か、はたまた……、あー、何でオレはコイツの全てを知らねぇんだよ……)


 すやすやと脳天気に眠ったままの彼女を見下ろしながら、アキラはじっと考える。


(もし、コイツがオレ以外と……)


 隠れて誰かと付き合っていたのかもしれない、可能性は低い、ゼロだと信じたいが初体験を済ませているかもしれない。

 ――あの時、アキラを拒絶したのはその相手に操をたてている可能性だって。


(止めろッ、止めろ止めろッ、考えるな――疑うんじゃない、理子は、理子を疑っちゃいけねぇんだ)


 何故、己は彼女と恋人ではないのだろうか。

 幼馴染みではなく、ちゃんとした関係ではないのだろうか。

 この部屋に来て、自覚してから機会は何度もあった筈だ。


(――怖いんだ、お前に嫌われたらって、好きじゃないって言われたら、オレは……オレは、生きてはいけない)


 こんな感情、気づかなければよかったとすら思ってしまう。

 彼女を起こして今すぐ問いただしたい、でも。


(答えがもし……、そんな可能性はゼロだって、でもオレは……オレ達は曖昧な関係のままだったから)


 絶対の自信が持てない、好きだと愛してると口に出せない男が。

 いったい何の権利があって、彼女を問いただすのか。

 思考がぐるぐる回る、どうすべきか、こんな不安なんて無視すればいい。


(そうだ、こんな考えなんて無駄だ。起きたらさ、何ポイントを無駄遣いしてんだって、オレと結婚したいのかって言えばいいんだ、ただ、それだけなんだよ――――ッ)


 その一歩が踏み出せない、勇気が出ない、己はこんなに臆病だっただろうか。

 この部屋に来てから、信じられないぐらい心が弱くなっている気がする。


「結婚、するのか? オレ以外のヤツと――――」


 悶々と苦悩するアキラ、そんな彼を彼女は。


(あ、やっべ、アプローチ間違えたああああああああああああああああっ!?)


 寝たフリをして様子を伺っていた彼女は、内心とても頭を抱えていた。

 だってそうだ、単に気を引く為の小道具だったのだ。

 これを切っ掛けに、告白まで行かずとも一歩前進すれば。


(前進どころか、なんかマイナス入ってないっ!? え? なんでそっち方面行ってんのよアンタはっ!!)


 まったくの計算違いだ、いつもの様に喧嘩腰のスタートで良いからと。

 所謂、ツッコミ待ちでもあったのだ。

 好ましい変化があればと考えて、なのに。


(ど、どうするっ!? このまま起きていいのっ!? まだ寝たフリして待つ? でも待って何か変わるのっ!?)


 非常に起きづらい、気まずいどころじゃない。

 起きた途端に修羅場は必須、冗談よと誤魔化せる雰囲気でもない。

 ピンチだ、貞操とは別問題でピンチだし、ともすれば貞操の危機である。


(いや貞操はこの際、横に置いておくとしてっ。今はコイツのリカバリーを、ああもうっ、ちゃんと考えてくれるのは嬉しいのよ? けどさぁ!!)


 自分達の関係を正しく認識して、その上でこちらを思いやってくれているのは理子はとても嬉しく思う。

 不安になってるのは彼の誠実さの裏返しだと、そう思う。


(…………わたしもさ、何も言葉にしてこなかったもの)


 だから、お互い様なのだ。

 彼の全てを知っていると思っていたが、この部屋に来てそうじゃないと知った。

 だから不安に思う部分もある、己の心を強く自覚した故に言葉にするのが気恥ずかしい部分も自覚している。


(わたしが――受け止めてあげないと)


 かつて彼が命を救ってくれたように、今度は理子がアキラの心を受け止めて救う番だと。

 だから、寝たフリを続けるのではなく。

 だから、冗談で誤魔化すのではなく。


「…………はぁ、なーに不安になってるのよバカアキラ」


「ッ!? り、理子ッ!? おまッ、何時から起きて――!?」


「最初からよ、アンタの反応が見たくて寝たフリしてたの」


 その言葉を聞いて、アキラは天を仰いだ。

 最初から掌の上で転ばされていたのか、この不安も、彼女の計算の内なのか。

 苦しそうに訝しげな視線を送る彼に、起きあがった理子は腕を広げて。


「ほら、抱きしめてあげるから来なさいよ」


「…………何ののつもりだよ、こんな仕掛けまでして」


「そうやって疑うからバカなのよ、わたしはね……アンタ以外とそういう関係になる気なんて無いわ、――ほら、落ち着きなさいって」


 理子は彼の首に腕をまわし、ぐいと己の胸に引き寄せる。


(――――ぁ)


 ふわり、ふかふかと柔らかい感触と共に、アキラは一瞬だけ呼吸困難に陥る。

 然もあらん、巨乳にむぎゅっと顔全体が包まれたからだ。


「~~~~ッ!? んぐッ、ぷはッ、なんで抱きしめたッ!?」


「どう? 落ち着いた? 男っておっぱい好きなんでしょ?」


「好きだけども!! ぶっちゃけ落ち着いたけども!!」


「なら良いじゃない、暫くそーしてなさいよ。大サービスなんだからね」


 ふふん、と頼もしそうに笑う理子に。

 なんという現金さか、或いは悲しき男の性か、アキラは己の心が沈静化に向かっている事を自覚して。


「…………すまん」


「良いのよ、ちょっとアンタを読み違えただけだから。ま、不安になるのも分かるわ、わたし達って何も言葉にしてないもん」


「…………それも、すまん」


「お互い様よ、それに――気になるなら、処女膜でも確認する? 部屋から出たらわたしのスマホを見る? 別に問題無いわよ、他ならぬアンタなら、ね」


 くすくすと軽やかに微笑む理子の姿は、とても美しく見えて。

 抱きしめられたままのアキラは、心が何処かに墜ちていくのを感じた。


(嗚呼……コイツには敵わないなぁ)


 人としての器が違う気がする、狡い、とも思う。

 どんなに不格好で、どんなに素直じゃなくて、どんな感情を抱いていても。

 理子は、アキラを受け入れてくれる。


(側にいてくれるって、そう思って良いのか?)


 醜い嫉妬も、重みのある愛も、理子ならば倒れず抱きしめて、逆に支えてくれてる。

 そんな確信めいた予感が、アキラの中に生まれてきて。


(好きだ、理子、お前が好きだ、愛してる)


 今なら素直にそう思える、でも今それを口に出しても良いのだろうか。

 こんな事は初めてで、何も分からなくて。


「――――どうしたの、何か言いたそうな顔して」


「…………お前は、オレには勿体ないぐらい良い女だなって」


「何それ、ふふっ、告白もまだなのに自分の女扱い? ちょっと自惚れすぎじゃない?」


「自惚れされてくれッ!! じゃないと死ぬぞ? オレ、お前が居ないと死ぬぞ!?」


「うーん、誰かさんがちゃんと言ってくれないからなぁ~~、ちょっと分かんないなぁ~~、ね、ね、何かわたしに言う事ない? 言ってくれたらさぁ、何か言うかもしれないわよ??」


 ニマニマと笑う理子に、アキラはぐぬぬと唸って。

 今、告白するのは違う気がする。

 なんかこう、もっと違う雰囲気であるべきだ。


「はぁ~~?? それを言うならお前からじゃねぇの?? ほら言ってみろよ、ちゃんと答えるからよッ」


「いーえ、アンタが先よ、わたしは後で、嬉しいでしょ? 男を立ててあげてんのよ?」


「レディファーストって知ってるか? テメェが先に言うべきだろ」


「ふふん、何言われても効果ありませーん! 今のアンタは恋人でもないのに、わたしのおっぱいに癒されてるダメ人間だもん、ねぇ、おっぱい大好き赤ちゃんのアキラちゃん? 先に何か言うべきなのはドッチかなぁ~~っ」


「………………うぐぐッ!!」


 楽しそうに煽る理子に、アキラは悔しそうにするしかなくて。

 ここからの反撃、逆転、理子から告白させるにはどうすればいい。

 この勢いのまま言葉にしてしまった方が良いのか、それとも。


「――――はい、残念! 時間切れね、そろそろベッドから起きて朝ご飯か日替わりクエストしましょ」


「……………………嫌だッ!!」


「はい? アンタ何言ってるの??」


 怪訝な顔をする理子に、アキラは正々堂々と言った。

 こうなったら恥も何もない、今の己の欲求を素直に伝えるだけだ。


「後五分……いや、三十分だけでも良い」


「何が?」


「お前の巨乳に――――もっと顔を埋めさせてくれ!! 出来るなら『ぱふぱふ』して欲しいし匂いも嗅ぎたい!! 具体的には胸の谷間の汗とか舐めたい!!」


「………………へぇ~~、そう……、アンタはそーくるんだぁ」


 次の瞬間、ゴゴゴと音が聞こえてきそうなぐらいの表情で理子は拳を握り。


「成敗!! いい加減にしろっ!! このダメ男っ!!」


「おがああああああッ!? や、やめッ!! こめかみをグリグリするんじゃねぇええええええ!! 痛いッ、脳味噌でるッ!? あだだだだだだだだだッ!!」


「はーい、アキラちゃーん、お望みのぱふぱふよ~~、後三十分ね」


「ごめん、すまん、謝るからッ!! 理子様マジで止めろォ!! あ、頭があああああああああッ、畜生!! 倍返しだテメェのわき腹くすぐってやるからなッ!!」


 二人は子供の喧嘩なのか恋人のじゃれあいなのか、判別しがたい時間を過ごし。

 結局、朝食を終えたのは一時間後。

 そして。


「………………なぁ、何で今日の日替わりクエストがクリアされてんだ?? なぁおい天使のオッサン? 見てるんだろ? 何か言えよおおおおおおおおおッ!!」


「うううううっ、天使のオッサンめぇええええええ!! 次に会ったら一発ぶん殴ってやるぅっ!!」


 二人が目にした物、それは。


『ケンカップルが喧嘩しつつイチャイチャしてるの見たいです、報酬は弾みます、貴方達にも悪い話ではない筈です。では良いケンカップルぶりを頼みます』


 等という、もはや趣味嗜好を隠さなくなった文言。

 アキラも理子も顔を真っ赤にして拳を握り、ぷるぷると震える。

 一通り文句を叫んだ彼らは、顔を見合わせると。


「…………取りあえず昼まで自由行動で」


「異議なし」


「オレは朝寝すっから」


「おっけー、じゃあタブレットは使わせて貰うわ。……あ、ゼクシィは勝手に読んでも良いわよ」


「……………………気が向いたらな」


 そして彼がベッドに潜り込んだのを確認すると、彼女はタブレットを操作してメールを作成する。


(今朝のコトでよーく理解したわ、ええ、もう間違えない)


 ちゃんとした関係にならない限り、アキラの暴走は止まらない。

 そして、アキラの言葉を待っていれば何時になるか分からない。


(わたしから告白しても良いけど……、ええ、それじゃあ不平等だわ)


 彼が男として、理子からの告白を望んでいる節があるのは理解を示す。

 だが彼女としても、女としてアキラからの告白が欲しい。

 その両方を満たすならば、そして。


(――――決めたわ、勝負をかける)


 どうしようも無く、言い訳できない状況を作る。

 その為には、天使のオッサンの協力が不可欠で。


(ふふふふ……、喜んで協力してくれるわよねぇ天使のオッサン? アンタなら――出来る筈よ)


 アキラがふて寝する側で、理子の企みが始動したのであった。



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