クエスト10/ポイント交換



 ベッドの上で向き合って座る二人、それぞれが何度数えなおしても1000ポイントの表示が変わる事はなく。

 いったい何が原因で、こんなにポイントが増えているのだろうか。


「えっと、どれだ? どっかで内訳の表示出来たよな

……」


「あっ、ここっ、このボタンじゃない?」


「ああコレか、……何々? 日替わりクエスト報酬100ポイント、追加で100ポイント、――なぁ理子、昨日の朝の時点で残ってたポイントってどんくらいだったっけか?」


「確か、6ポイントぐらいだったけど…………はっ!? ちょっ、ちょっと待ったアキラ!! わたし達、昨日は日替わりクエストしてないわよっ!?」


「うぇッ!? そうだったか?? 日替わりクエストをしてない…………??」


 あれ? と考え込むアキラ、言われてみれば日替わりクエストをした覚えがない。

 愛称で呼ぶ、というのが全ての発端ではあったが。

 あれはクエストではなく、天使のオッサンのお願いだ。


「マジか……、そもそもしてねぇじゃん。え? なんでクリア扱いになってる訳だ??」


「もしかして、何かの間違いで後からペナルティが来る可能性が…………っ!?」


「はぁッ!? それヤベーじゃねぇかッ!!」


 例の超強力・一発必中子作り用催淫ガスが、とうとう使われてしまうのか。

 二人が戦々恐々となる中、メールが届き。


『やぁやぁ、オッサンやでぇ!! 昨日はホンマ尊いモン見せてもろて……オッサン感激やで!! 尊みエネルギー満タンになってもうたがな、ガハハハハ!! お礼と言っちゃなんですけどな? 昨日今日の日替わりクエストはクリア扱いで、オッサンからのボーナスも含めてポイント振り込んでおいたさかい。有意義に交換してくれなーー。追伸、交換の品で一番人気なのはベビー用品ですわ』


 ほな、また、と締めくくられた文面を読み終えた後。

 アキラと理子は、思わずお互いの顔を見て。


「はぁ~~~~、驚かすなよぉ…………」


「まったくよ……冷や冷やしたじゃない……」


 どっと疲れた気分である、ぐったりとした二人はそのままベッドに寝ころび。

 天井をぼやっと見上げながら、ほう、とため息。

 危機はさった、そして手元には大量のポイントが。


「…………これだけあれば」


「ええ、これだけあれば……」


 双方、ニマリと笑い。

 どうやら意見は一致したようだ、ここから先の答えなど一つしかない。


「持久戦用の装備を買い込むぞ!!」


「ぱぁーーっと豪華に使いましょう!!」


「……」「……」


「ちょと待て、例のガス対策とか他にも色々と備えが必要だろ」


「は? 人生を生きていく上で大切なのは娯楽なんですけど? 今のウチにゲームを買い込むべきでしょ?」


 ガバッと起きた二人、早速火花を散らしあって。


「娯楽も必要だが却下だ、却下、この部屋を生き抜く為の装備が必要だろッ!!」


「バッカねぇアンタって、どーせそんなモノはクソ高いって相場が決まってんのよっ! なら今だけでも楽くするってもんが道理でしょうが!」


「は? やんのか? おうコラやんのか?」


「はー、これだからアキラは野蛮なのよ。もっとボードゲームとかして頭使ったら?」


 アキラも娯楽が必要なことは理解している、そして理子も同じく備えが必要なのは分かる。

 だが。


((コイツの意見を飲むのは負けた気がする!!))


 である。

 バチバチと火花を散らす二人、いつもならゲームで勝敗を付ける所だが。


(隙を見せちゃいけねぇ、コイツは勝負を決めるゲームだけを買うと見せかけて大量購入するヤツだ)


(フフン、わたしの隙を突いてタブレットを独占する。アンタはそれを狙ってくる)


(理子もオレも狙いはタブレットだ、先に手にした方が勝つ、――だから、タブレット以外を狙う!!)


(アキラは絶対に隙を見せない、そしてタブレットとは別方向から狙ってくるわ、なら――それを利用するまでよッ!!)


 お互いを知り尽くしている故に、早期決戦を選んだアキラと理子。

 先に動いたのはアキラ、彼はフッと小馬鹿にした笑みを浮かべると。

 どうぞ、と言わんばかりにタブレットを指さして。


「――先に使えよ、食事のポイントを残すなら好きなだけ使って良いぜ」


「は? 何? ……ああ、わたしに負けるのが嫌だから譲ると、あら~~、ごめんなさいねぇアキラ。いえ、負け犬ちゃん、ぷぷぷぷぷぷっ!!」


「何とでも言えよ理子、けどこれだけは教えておいてやろう」


「へぇ、負け犬の遠吠えを聞いてあげようじゃない」


「オレは――――自己目標を達成したぞ」


「っ!? そ、そんなっ!? 嘘よっ!!」


 予想外の言葉に理子は動揺した、自己目標の達成、それは高ポイントの入手以外にも意味がある。


(くっ、もしそれがホントなら――アキラは天使に何でも一つ、お願いを聞いて貰える権利を持つ!!)


(おっしブラフに引っかかったな? ああ、そうだぜ、お前ならアレを読んでいるって信じたぜ)


(やっぱり見逃してなかったわねコイツ、自己目標のページの隅に小さく書いてあったヤツ、……ちっ、迂闊だったわ、計算に入れておくべきだったっ!!)


(相手の自己目標が確認できない以上、アイツは真偽が確認出来ない。ははッ、天使のオッサンが具体的な増加ポイントの内訳を書いてなくて助かったぜ!!)


 理子もこれがアキラのブラフだと理解している、だが可能性が少しでもあるなら。

 タブレットでゲームを爆買いした瞬間、どの様な行動に出るか想像に難くない。


『自己目標を達成した者には、大量のポイントと共に専属天使に願いを一つだけ叶えてもらう権利を得る』


 もし、今日の1000ポイントの中にその大量のポイントが混じっていたら。

 彼女はアキラの読み通りに、その可能性を思いついてしまい。

 手が止まる、タブレットへ延ばしかけた手を引っ込める。


「…………っ、う、く――っ!」


「ほらどうした? 使えよ、遠慮なくゲームでも何でも交換しろよ。ああ、そうだちなみにオレの願いはな、――――お前をオレの言いなり奴隷にする事だぜッ! はははははははッ!! それが怖くなければタブレットを手にするといいぜぇッ!!」


(こ、コイツ~~~~っ!!)


 理子はぷるぷると震えながら、ギロっとアキラを睨みつけた。

 ブラフだ、絶対にブラフである。

 だってそうだ、彼女の知るアキラならば――絶対にそんな事は願わない。


(けどっ、それで先にタブレットに手を出したらわたしの負けよっ!!)


 先にポイントを使ったが最後、話し合わないで使うのか云々と文句を言ってくるに違いない。

 そうなれば、非があるのは理子の方になり。

 結果、アキラの意見が通る。


「んん~~? どうした? 使わんのか? ならオレが先に使ってもいいか? ほらほら、返事してみろよ。ああ、負け犬はどっちだろうなぁッ!!」


(ここぞとばかりに煽ってぇっ!! あったま来たわっ!! こうなりゃポイントなんかどうでもいいっ!! ――乙女の覚悟みせてやるってぇのぉっ!!)


 その瞬間、彼女の雰囲気がガラリと変わる。

 もじもじとし始めたと思えば、頬を赤く染めて、潤んだ瞳でチラチラとアキラを見る。


(コイツ……何のつもりだ? はッ、いまさら色仕掛け何かで揺らぐとでも――)


「――――嬉しい、アンタがそんなにわたしのコトを思ってただなんて……」


「………………んんッ? 理子??」


「だって天使に願ってまで、わたしを自分のオンナにしたいんでしょ? へぇ~~、ふぅ~~ん、そんなにわたしが欲しいんだぁ、アキラって、ふふっ、嬉しい」


「んんんんんんんんんんんンンンッ!?」


 ぴとっとすり寄って彼の腕に頬ずりずる理子、アキラは己の言葉を思い返しピシっと固まった。


(しまったぁあああああああああああああッ!?)


(ほーら、何か言い返してみなさいよっ!! こっちは恥ずいの我慢してるんだからねっ!! とっとと負けを認めなさいったらっ!)


(これは演技だッ、演技なんだッ、なんて卑劣な……ッ!! 抱きしめてぇよこのヤロウ!!)


(認めないなら――――、えいっ)


 次の瞬間、理子はアキラをぎゅーっと抱きしめて。


「アキラったら素直じゃないんだから、そんなにわたしと一緒に居たいってワケぇ?」


「――――ぁ、ぅ、~~~~て、テメェ!!」


「きゃーこわーい、怒った? 怒っちゃった? なら未来のご主人様のご機嫌が直るように、もっとぎゅっとしてあげる、どう? 嬉しいでしょ?」


 真っ赤な顔で強がりながら、楽しそうに勝ち誇る理子。

 アキラは抱きつかれ、幸せな感触に脳を蝕む感覚。

 何か、何か反撃の糸口は無いのか。


(力付くで抜け出す……いやダメだ、それだとオレが負けを認めた事になるじゃねぇか!! どうする、クソッ、まさか逆手に取ってくるとは――……、いや、そうか、ならオレも!!)


 こうなれば自爆覚悟だと、アキラはぎこちない仕草で理子を抱きしめ返す。

 目には目を、歯には歯を、抱きしめ返して、そう、少しだけ素直になれば良いのだ。


「――ふぇっ?」


「…………嗚呼、お前から抱きついてくれるなんて嬉しいぜ」


「ッ!? あ、アキラッ!? 何でアンタ、絶対に逃がさないって感じで――――ッ!?」


「だってオレは、お前を天使のオッサンに願ってまで手に入れたい男だからな。……もっと、お前をこうして感じていたいんだ」


「~~~~~~~~~~っ!? ぁ!? ぇ!? ううっ、う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ゛!!」


「安心しろよ、抱きしめるだけだ……今はな」


 ヤケッぱちな笑顔を向けるアキラに、理子はう゛ーと恥ずかしそうに唸るだけの可愛い生き物になって。

 それがまた、アキラの心の琴線に触れる。

 ――離したくないと、嘘が発端の言葉が本当になる。


「…………」「…………」


 視線が会う、まるで吸い込まれてしまいそうな感覚。

 先に顔を近づけたのはアキラか、それとも理子か。

 吐息が顔にかかるぐらいの距離まで、唇は接近してしまって。


(キス……しちゃうの? 今度こそホントに……)


(するのかッ、キスしちまうのかッ!? い、いやダメだっ、これは意地になってるだけだッ)


(――――だ、ダメっ、正気に戻るのよわたしっ、流されてるからっ、雰囲気に流されてるから!! ええい、一か八かよ!!)


(こうなったら、無理矢理にでも空気を変える――!!)


 唇と唇が触れそうになったその時、お互いの顔は急速に離れて。

 ゴツン、と音をたてて痛みと共に視界が歪む。

 そう、二人は同じタイミングで頭突きしたのだ。


「おおおおおおおっ、て、てめぇ……これが狙いか、それっぽい雰囲気出してた癖にッ、思いっきり罠だったんだなクソオンナ!!」


「アンタこそっ、わたしを口説くフリしてからかってたんでしょっ!! これだからクソ童貞は!!」


 がるがる、二人は額を押さえながら再び睨みあい。


「…………200ポイントまでゲーム買っても良いぞ」


「アンタも、200ポイントまでなら好きなように対策グッズでも何でも買いなさいな」


「じゃあ……先に使え」


「………………ありがと」


 気まずさ故に、ぶっきらぼうになる二人。

 奇しくも、あるいは必然か。

 双方とも耳まで真っ赤にして、お互いの顔を見れず視線は泳ぐ。

 その日は、どこかギクシャクした空気のまま終わり。

 ――――セックスしないと出れない部屋・五日目。


「…………は? え? これ、何事っ??」


 理子が起きるとそこには、少女マンガの山と。

 その中で、一心不乱で読みふけるアキラの姿があった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る