第23話 犯人の告白
はめ殺しの窓からの日差しは、少し位置が変わっている。
天から降り注ぐかのような光は穏やかで、緊迫した雰囲気にはそぐわなかった。
「あの日の就業後。自分は団長様より、二十二時に一人で儀礼室へ来るようにと申し付けられました」
まるで業務報告のように淡々とした声音は、犯人の告白とは到底思えない。
けれどそれは事実であり、血に塗れた事件の真相なのだ。
私たちは固唾を呑んで耳を傾けることしかできない。
「言いつけ通り伺うと、儀礼室の鍵は開いておりました。
中には団長様がいらっしゃり……自分を叱責なさいました」
その瞬間を思い出しているのだろうか。
僅かに口を鈍らせながらも、今までのように丁寧な言葉が出てきた。
入団して一年の書記官に対し、騎士団長が直々に注意することなどあるのだろうか。
タレイアの言うように嗜虐的だったのか、それとも……。
一瞬浮かんだ想像からブルアンに目が行ってしまったけれど、慌てて元へ戻した。
「お手を、あげられました。
自分は思わず……偶然持っていたペーパーナイフで、団長様の胸を突いてしまいました。
場所が悪かったのか気を失うように倒れ、そのまま息を引き取られました」
決定的な言葉に息を呑む。
シンと静まり返った部屋の中に、何かが軋む音が聞こえる。
それは拳を固く握りしめたブルアンから発せられたもので、砕かんばかりに歯を食いしばっていた。
きっと、気づいているのだろう。
レオーネがルーヴを標的にした理由は、自分が特に親しくしていたからだと。
部下でさえもいじめ抜くレオーネならば、個人的な関係を知って突かないはずがない。
どこまでも上に立つものとは思えぬ悪質さは、死後になってようやく暴露されたのだ。
「遺体を損壊した理由を聞かせてもらっても?」
兄様の言葉にはっとする。
刺してしまったのは咄嗟のことでも、損壊は意図的にしかできない。
ペーパーナイフということは、傷口は大きくなかっただろう。
なのに磔のように施した理由はなんなのだろうか。
吐息一つも聞き漏らさないよう集中していると、淡々とした声が広がった。
「意味のある死にしたかったのです」
強い意志を持った言葉だけれど、その理由が分からない。
それは周りも同じようで、今まで浮かべていた表情に困惑が乗った。
けれどルーヴはそれ以上を語る気がないらしい。
黙って兄様を見つめ、兄様はふっと息を吐いた。
「磔のようだ、と思いましたが、だとしたら場所がおかしかったんですよね」
雰囲気にそぐわぬ穏やかな声に、私もふと思い当たった。
レオーネが打たれていた場所は、右手、左手、胸、口、そして局部だ。
磔刑というのなら、まず打つべきは手足だろう。
致命傷である胸は分かるけれど、口や局部に打つ必要性が感じられない。
それすら兄様は分かっているのだろうか。
横目で様子を窺うと、兄様はルーヴと同じく淡々と続けた。
「ルーヴ書記官が穿った場所には、それぞれ意味があったんです」
兄様はレオーネの遺体が横たわっていた場所に立ち、残った五つの傷を見下ろした。
「口や局部はそのままの意味ですね。損壊すれば、どちらも使い物にならない」
ポルクとタレイアは目を細めながら、兄様と同じ場所に目を向ける。
それは後悔か、はたまた満足か。
沈鬱な空気の中、兄様の視線は移り変わる。
「胸には勲章が飾られていましたね。剣で壊され血に塗れれば、意味を失ったでしょう」
ゾロはようやく頭の血が下がったのか、脂汗の残る顔で地面を見る。
立場を押さえつけていたものを壊されて、何を思っただろうか。
兄様は少し考えるように宙を見て、再び傷へと意識を戻す。
「右手は利き手だったんでしょうね。死後も剣を握る権利をなくすのは騎士の名折れだそうで」
イグナスは目を血走らせながら自分の剣に触れていた。
自分で言っていたことだというのに、明らかな怒りを浮かべているのはなぜだろう。
兄様は剣呑な様子を気にすることなく、最後の傷へと話が移った。
「左手に因縁がある人は少ないでしょうが、これでもう、肩を叩かれることはありません」
ブルアンはハッとしたように自分の右肩に目を向け、苦しげに眉を寄せた。
背後から忍び寄り利き腕に触れるという悪戯は、小さくとも負担だったに違いない。
五つすべてに説明がつくと、兄様は仕上げのように言い放った。
「みなさんは、レオーネ団長の呪縛から開放されたんです」
晴れやかな表情になることは難しいだろう。
けれど、兄様の言葉に小さな息を漏らした者がいるのも事実だ。
事件が解決し、犯人が認めた。
なのに誰一人として捕縛を試みることなく、石像のように固まったままだ。
相変わらず無表情のルーヴは、陽の光に照らされた女神像のようにも見える。
神聖さすら感じさせる空気を砕いたのは、徹頭徹尾、殺気を振りまいてきた青年だった。
「――――オレは認めねぇ、認めねぇぞっ!」
茫然自失だった面々に対応できるはずもなく、抜き身のままだった剣がルーヴの鼻先に向けられた。
「イグナス、何をするっ!」
「うるせぇっ!」
静止しようとするブルアンにまで剣を向けたイグナスは、肩で荒い息をしていた。
対するルーヴは視線一つ動かすこともなく、これではどっちが犯人だか分からない。
嫌いな上官を殺されたことに、どうしてここまで反応するのか。
誰もが混乱に襲われている最中、兄様は恐れることなく脚を向けた。
「何を認めないと言うんですか?」
「決まってんだろ!?
書記官ごときがっ、そんな女子供みてぇな細腕であいつを殺せるもんかっ!
それにあんなことをした理由が他の奴らのため? ありえねぇ、狂ってるだろ!!」
「狂人の理論というものがありますよ。
それでも認めないと言うのなら、イグナス正騎士が殺したということにでもしましょうか?
いいですよ、僕はかまいません。上官殺しの称号が欲しいのなら差し上げましょう」
「なっ……馬鹿なことぬかすなっ!」
「でしたら、八つ当たりでこちらの手をわずらわせるのはやめてくださいね。
尊敬する上官を殺されたことを嘆くのは自由ですが」
尊敬?
思ってもいなかった言葉は、他の面々にも同じに感じられたらしい。
あれほど嫌っていて、死後も嘲っていたはずなのに。
そんなはずがないと思っていたのに、一瞬下がったイグナスの眉で違わないのだと分かってしまった。
あれは敬意の裏返しだったというのか。
その場で崩れ落ちたイグナスは、石床に残った傷を拳で叩きつけた。
「ちくしょうっ、なんで勝手に殺されてんだっ!
あのクソ野郎は……オレの手で倒したかったのによっ!!」
床に向けた表情はレオーネだけが知るべきだ。
叫び、嘆くイグナスから離れるように、ルーヴが外に控える衛兵の元へと向かった。
ルーヴの自白は寝耳に水だったのだろう。
衛兵は戸惑いながら中を覗き込み、ゾロの頷きに答えてルーヴを連れて行った。
犯人の去った儀礼室に残るのは、すっきりしない重い感情だけだ。
きっと誰もが信じられないのだろう。
というよりも、ルーヴの性格的に違和感があるのだ。
心優しいルーヴが、過剰防衛の末にこんな惨事を引き起こすだろうか?
まるで納得がいかないけれど、事実が覆ることはない。
本人が認め、レオーネの鍵という物的証拠もあるのだ。
どこまでも腑に落ちない気持ちを引きずりながら、兄様と共にその場を去った。
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