第117話 PRキャラを考えてみた


◆メルチェ・ドールランド

王都一のドールランド商会の商会長。最近はインターネットに書かれているものを再現しようとしている。いつもぬいぐるみを持っている。


◆コノハ

元スパイのデータキャラ。現在はドールランド商会で働いている。

――――――――――――――――――――





「――というわけで、“無”の作り方をメルチェちゃんたちに教えようと思います!」



「ど、どういうわけで?」


 ドワーフ姫のワッフルから、“無”の追加注文を受けたあと。

 ローナはさっそく面倒になったので、ドールランド商会のメルチェ&コノハに“無”の生産を丸投げすることにしていた。


 といっても、一応、数十個の“無”を生産するところまではやったのだが……。

 しかし、そこで地底王国ドンゴワから、さらなる“無”の追加注文を受けたことで。



(……あっ、これ終わらないやつだ)



 と、ローナの心が完全に折れたのだった。


 どうやらローナの想像よりも、“無”の需要はすさまじかったらしい。

 さすがに、“無”に生涯をささげる気にもなれず……。


 結局、商売のことは本職の商人に任せることにしたわけだ。



「――えっと、これは錬金レシピにはない組み合わせなので、謎の心理的抵抗感があるかもしれませんが……このように、“すいか”2つを無理やり錬金術で合成すると、“すいか”が対価として……“無”ができます! ね、簡単でしょう?」



「「………………」」


 そんなこんなで、ローナが自宅の庭で“無”の作り方を実演してみせると。

 しばらくして、コノハがおずおずと挙手してきた。


「あ、あのさ、ローナ? その“無”ってやつ……あたしには、なにもないように見えるんだけど」


「え……? な、なに言ってるんですか、コノハちゃん? “なにもない”があるじゃないですか」


「……コノハ……あなた、疲れてるのよ」


「納得いかない」


 と、なぜか錯乱したように「データにない……データにない……」とぶつぶつ言いだしたコノハはさておき。


「……それより、この“無”はなにに使えるの?」


 少女商会長のメルチェが、いつも抱えているぬいぐるみの手で“無”をつつきながら、そう尋ねてきた。


「えっと、インターネットによると……“無”はダンジョンのゴールを目の前に召喚したり、“無”に乗ることで2段ジャンプをしたり、“野球”でランナーの進塁をさまたげたりできるそうです!」


「……“無”とはいったい」


「それから、“無”には熱や電気や音など『いろいろなものを通さない性質』があるみたいで……あっ、そうだ! 実際に“無”を使って作られたものが、これです!」


 そう言ってローナが取り出したのは、“冷蔵庫”だった。


「こ、これはっ! こんな薄い箱なのに、中の冷気がまったく漏れてない!? あたしのデータにこんな断熱性能の素材はないよ!」


「……断熱材としてだけでも、技術革新が起こるレベルね……でも、いいの? こんな画期的な新素材、独占すれば巨万の富が手に入りそうだけど」



「? 独占なんてしたら、働かないといけなくなるじゃないですか」



「……あ、うん」


「あっ、ちなみに、ドワーフさんたちが言うには、『“無”を部屋の壁に貼れば防音室も作れる』とのことです」


「“無”とはいったい……うごごごご」


「……って、ドワーフさん? ローナ、ドワーゴさん以外にも、知り合いのドワーフができた、とか?」


「え? あっ、そういえば、ドンゴワ旅行のことをまだ話してませんでしたね」


「ドンゴワ旅行!?」


「……その話くわしくっ」


「え? あ、はい」


 というわけで。

 ローナは地底王国ドンゴワ旅行での出来事を、メルチェたちに説明した。


 ニコニ坑道の異変で滅びかけていた地底王国ドンゴワ。

 不法入国容疑で連行されるローナ。

 ついでに、溶岩魔人のたくらみによって、世界も滅びかけており……。


「それで、なんやかんやあって、ドワーフさんたちが『地底の外からもいろいろ学びたいなぁ』と意識を変えたそうです!」


「ま、待って? 今の『なんやかんや』で済ませていい内容だった? なんか、しれっと世界が滅びかけてたような……」


「? いつものことじゃないですか」


「あ、うん」


「……くすくす。ローナは本当に、いつも予想を超えてくれるわね。それと、情報感謝するわ……あの偏屈なドワーフたちが心変わりをするなんて……今のうちに囲いこめれば……」


「それじゃあ、あとで港町アクアスにいるワッフルちゃんを紹介しますね!」


 なにはともあれ、こうして“無”の生産をドールランド商会に任せたあと。


「あっ、それと“無”を怖がる人も一部にいるみたいなので……みんながもっと“無”を好きになれるように“無”の魅力を発信するPRキャラクターも考えてみました!」


「“無”の……」

「……PRキャラクター?」



「はい! その名も、“むなっしー”です!」



 ローナはそう言って、ばばーんっとスケッチブックを取り出した。

 そこに描かれていたのは――。



 ――――“闇”だった。



 ぼこぼこぼこぼこぼこ……と。

 泡立つように膨れているカラフルな“闇”の塊。


 ぬらぬらとした血管のようなおびただしい数の触手の隙間からは、感情の抜け落ちたつぶらな瞳が、ぱちり、ぱちり……とのぞいており――。


「えっと、これは……宇宙から飛来してきた侵略者プレデターの絵かな?」


「え? な、なに言ってるんですか、コノハちゃん? どこから見ても“なし”の妖精の絵じゃないですか」


「……コノハ……あなた、疲れてるのよ」


「そうかもしれない」


「ちなみに、“むなっしー”は、“よぐ=そとーす”という無をつかさどる神様のファンでして、口癖は『むなしいなっしー……』です!」


「この世界に絶望してるのかな?」


「はい!」


「……ねぇ、この『無汁なしじるブシャーッ!!』というのはなに?」


「あっ、それは“むなっしー”の必殺技です! 無汁なしじるがかかった全てを無に帰します!」


「怖い怖い怖い」


 などと話していたところで。


 ずざざざざ――ッ!!

 と、庭の外から、慌てて逃げていくような足音が聞こえてきた。


「ん? 今、誰かいた……?」


「……産業スパイかしら? 気をつけないといけないわね」


「そ、そんな……“むなっしー”がパクられたらどうしよう」


「たぶん大変なことになるね」(適当)



      ◇



 一方、少し時間をさかのぼり……。

 ローナの家の前を、紅髪の魔女エリミナ・マナフレイムが、こそこそと通りがかっていた。


 そんな彼女の背後からは――。


「エリミナ様はどこだ!?」

「こっちに行ったような……」


 と、エリミナを捜索する王宮騎士たちの声が聞こえてくる。


(はぁ……はぁ……ッ! な、なんで……なんで、みんな私を戦場に送ろうとしてくるのっ!? 私がエリートすぎるから!?)


 と、涙目になりながら、近くにあった屋敷の生け垣に隠れるエリミナ。


 どうして、こんな状況になっているかというと……。

 事の発端は、この前の報奨記念パーティーにさかのぼる。


 魔族を倒した(※倒してない)英雄として国王主催のパーティーに呼ばれたエリミナは、そこで邪神テーラから。


『ローナ・ハーミット×80億が、秒速11kmで飛行しながら、人類に反乱を起こそうとしている』


 という恐ろしい計画を聞かされて気絶し――。

 気づけば、なぜか『戦場に出たがっている高潔な英雄』としてまつり上げられていたのだ。


 最初は、まったく意味がわからなかったが。


『ま、まあ、でも……すごくちやほやされるし、これはこれでエリート的にはありなんじゃないかしら! それに、どうせ魔族なんてそうそう出るわけないわよね! あーッはははッ!』


 と、少し調子に乗っているうちに、誤解を訂正するタイミングを逃してしまい……。



『――大変ですっ! 地底王国ドンゴワに魔族出現との予言がっ!』



『ぶふぉっ!?』


『エリミナ様、出陣の準備は整っています! さあ、魔族に目にもの見せてやりましょう!』


『……あれ、エリミナ様? どうして、クラウチングスタートの姿勢に?』


『あっ、どこへ行かれるのですか!? エリミナ様――ッ!?』


 ……そんなこんなで、今に至るというわけだ。


(な、なんでよぉおおっ!? 魔族なんて、ここ1000年間、ほとんど出たことなかったでしょっ!? なんで、このタイミングでほいほい出てくるのよっ!? 私、なんか悪いことした!? 知らないうちにほこらとか壊した!?)


 やはり、自分は呪われているのかもしれない。

 かといって、今さら誤解をとこうにも、もう遅すぎる。

 下手したら、国王相手に詐欺を働いた重罪人になりかねないわけで。


(でも、魔族を倒せなんて、無理無理無理ぃぃッ! エリミナ、田舎おうちに帰るぅ……っ!)


 などと考えていたところで――。


 エリミナは、はっと気づいた。

 自分が今、の生け垣に隠れているのかを……。



(げぇえっ!? ここは、ローナ・ハーミットのアジト!?)



 なんかもう、『泣きっ面に魔王』みたいな状況だった。

 よりにもよって、エリミナの天敵であるローナ・ハーミットの家の生け垣に隠れてしまうとは――。


(な、なんでっ!? どんな確率よっ!? う、うぅ……でも、今ここから出たら、王宮騎士とはち合わせになるし……こうなったら、王宮騎士がいなくなるまで気配を隠すしか――)


 と、慌てて口を両手で押さえながら隠れるエリミナ。

 そんなエリミナの耳に、ふと……ローナハウスの庭のほうから声が聞こえてきた。





「……むな……しい」「……宇宙から飛来してきた侵略者プレデター」「……よぐ=そとーす……」「……無をつかさどる神……」「……むなしい……」





「……………………」


 ……なんか、いきなりホラー展開になった。


 なんの話をしているかまでは、遠くて聞き取れなかったが。

 とりあえず、ローナ・ハーミットが「むなしい……」としきりに口にしているのが怖すぎる。


(……えっ? な、なに? なんなの? なんの話をしてるの?)


 ふり返ってはいけない。

 そう頭ではわかってはいたが……。


 つい好奇心に負けて、ローナハウスの庭をちらっとのぞきこむエリミナ。

 そこで、エリミナの視界に飛びこんできたものは――。



 …………“闇”だった。



 ローナ・ハーミットの手にしたスケッチブックに描かれた“なにか”。

 それは、絵であるはずなのに、生きてうごめいていると錯覚させるほど生々しく描かれており。


 その全てを見透かすような瞳と――目が、合った。



「……ぁ、ぁあ、ぁ……ぁ……っ」



 ぶわぁぁ――っ、と。

 エリミナの全身から、冷たい汗がふき出す。


 あれは、ただの絵だ。そのはずだ。そのはずなのに。ただ見ただけで――。



 …………



 人間という生物が、この宇宙の中でいかに矮小であるかを思い出させられる。

 自分がなにを見てしまったのか、エリミナにはわからない。


 ただ、おそらくそれは『人類が知ってはいけない存在』だったのだろう――。


 そんなこんなで、とくに理由のない正気度減少がエリミナを襲っていたところで。


 ローナ・ハーミットが、さらなる爆弾を投下してきた。


「……この世界に絶望してるのかな?」


「はい!」


 そして、ローナ・ハーミットは宣言する。




「――全てを無に帰します!」




「!?!?!?」


 その宣言は、もう間違いようがない。



 ――この世界に絶望したローナ・ハーミットが今、全てを無に帰すために動きだそうとしていた。



(……な、なんで!? なんでよぉぉおっ!? なんで、私がいるときにかぎって、そういうやばい話ばっかするのよぉおっ!?)


 と、エリミナは涙目になりながら、ずざざざざ――っ! と、隠れていた生け垣から逃げ出し……。


「あっ、エリミナ様!? こちらに、いらしたのですね!」


「げっ!」


 そこで、今度は、王宮騎士たちとばったり遭遇した。


「……エリミナ様、申し訳ありません……我々も反省しました」


 と、王宮騎士のひとりが、エリミナに頭を下げる。


「思えば、これまで……我々は、エリミナ様ひとりに、重責を背負わせすぎていました。もしも、戦場に出るのが不安でしたら――」


 と、王宮騎士が、なにかを言いかけていたが……。

 すでに、王宮騎士たちから逃げだしていたエリミナには、なにも聞こえていなかった。


「――って、エリミナ様!? どこへ行かれるのですか、エリミナ様!?」


「……っ! そっちは、地底王国ドンゴワの方角……まさかっ!」


「そうか……わかったぞ!」


 そこで、ようやく王宮騎士たちは、エリミナ脱走の真意を理解する。



「――エリミナ様(※とても高潔)は、仲間が犠牲にならないよう、たったひとりで戦場に向かおうとしているのだッ!」



 エリミナの高潔さが、とどまるところを知らなかった。


 どうやら、自分たちは、エリミナ・マナフレイムという英雄の器を見誤っていたらしい。

 名誉を求めず、隠れてひとりで戦場に向かおうとしていたエリミナ。

 そんな英雄の生きざまを見て、魂が震えない騎士などいるはずもなく――。



「「「――うおおおおッ! 我々も戦場について行きます、エリミナ様ッ!」」」



(えっ、ちょっ……やめて!? ついて来ないでぇ――ッ!?)


 そんなこんなで、王宮騎士たちに追い立てられるように、王都から逃げだしたエリミナは……。


 そのまま、王宮騎士たちが全員脱落するほど過酷なドンゴワへの道を単独踏破し、見事に溶岩魔人の“首”を持って凱旋することになるのだが……。


 それは、ほんの少し先のお話。




 ……エリミナが大観衆の前でアイドルライブをするまで、あと8話。



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