第55話 船に乗ってみた


 海底王国アトランが地上との交流を決めたあと。

 それから数日間は、ローナにとって目の回るような日々だった。


「ローナちゃん、ごめん! こっちの魚もお願い!」

「ローナの嬢ちゃん、すまんな。これが運んでほしい日用品のリストだ」

「「るっ、げぼく! 食い物はまだか!」」


「は、はいぃ~っ!」


 ファストトラベルとアイテムボックスがあるローナは、物資の運搬役としてひたすら地上と海底を行ったり来たりすることになったのだ。


 とくに運ぶのが大変だったのが土だった。

 食料・薪不足の改善のために、“聖地”で農園を作ることにしたのだが……。

 海辺の土は塩気を含んでいることもあり、エルフの隠れ里まで何度も転移して、土をもらって来る必要があった。


 さらに、相談役のエルフのザリチェが――。


「……“聖地”? 海底の土地? なにそれ、研究しまくれますわぁ♡」


 と、張り切りまくって、多種多様な土をローナに運ばせたのだ。


 ただ、そうして苦労したかいもあり……。

 気づけば、海底にある“聖地”の中には、ちょっとした浮島みたいなものができていた。


 そこから、農園作りを始めることになったが……。

 人手が足りなかったので、ローナは助っ人を呼ぶことにした。


「というわけで、みなさんにも農園作りを手伝っていただけたらなと!」


 そうして、一同に介することになった六魔司教とエルフ集団(呼んでみたらどこからともなく、しゅた――っと出てきた)。なにげに歴史的大事件であった。


「ほぅ……原初の水を屠りましたか」

「さらには……水竜族をも支配下し、制海権を……」

「原初の水を倒し、ふたたび世界を救うとは!」



「……さすがは、我らが神っ!」「さすがは救世主様だ!」



「「「………………ん?」」」


 黒ローブ集団とエルフ集団が顔を合わせ――。

 途端に、ばちばちと火花を散らして睨み合う。


「おい……エルフ風情が……なぜ、ここにいる?」


「それはこちらのセリフだ……見るからに怪しいやつらめ」

「……救世主様とはどんな関係だ?」


「ふっ……我らは神の“ズッ友”である……」

「……見るがよい……この生写真を……」



「「「――っ!?」」」



 ローナと六魔司教の“まよねぇず完成記念”の写真に、エルフたちがたじろぐ。


「……これぞ、神々の試練を乗り越えた、我らだけの神器……」

「……我らと神との……永遠の絆の証である……ッ!」


「くっ、うらやま――いや、しかし! 我らにはこのローナ様人形という御神体がある!」

「それも、救世主様が直々にお作りになられたものだ!」

「ま、ましゃか……っ!? 御神体もらってないやつ、おりゅ……っ!?」



「「「……ぐぅううッ!?」」」



 エルフたちが御神体――もとい、ローナからもらった身代わり人形を見せると、今度は六魔司教がたじろぐ番だった。

 そうして、両者はバチバチと火花を散らして睨み合い――。


「あっ、さっそく仲良くなったんですね! みなさん!」



「「「――――はい」」」



 そんなこんなで。

 通信水晶越しのザリチェの指導のもと、みんなで仲良く農園作りが始まった。


 魔女マリリーンもあれから心境の変化があったのか、灌漑施設などの水回りの施設作りに、積極的に協力してくれていた。


 こうして、“聖地”の開拓は順調に進んでいき――。


「う、うむ……この調子だと、すぐに“聖地”に新たな町ができそうだな」


 海王がその様子を見て、苦笑まじりにそう言った。


「地上と海底は、まだしばらく限定的な交流になるだろうが……これは、大きな一歩だ。本当にありがとう、ローナ殿」




 そうして、ローナが港町アクアスに到着してから、またたく間に1週間以上が過ぎ――。


 ついに、王都からの定期船がやって来る日となった。

 ローナが出ていくということで、アリエスやドワーゴをはじめとする別れを惜しむ町民たちがつめかけた。


「寂しいよ、ローナちゃんんん……っ!」


「え、えっと、また戻ってきますからね、アリエスさん?」


「ふん……また来い。アトランの技術も取り入れて、斬一文字を超える剣をすぐに打ってやる」


「え? あ、はい」


 そう返事をしつつ、ローナは自分の服のすそが引っ張られるのを感じた。

 ふり向くと、そこにいたのは同じく見送りに来ていたルル×2だった。


「「……本当に行くのか?」」


「はい。といっても、すぐに戻ってくると思いますよ。ルルちゃんも知っての通り、私は転移ができるので」


「「るぅぅ……」」


 ローナが必死になだめても、ルル×2は不満そうに頬を膨らめる。

 やはり、ここ最近はずっと一緒にいたので、これからもずっと一緒にいられると思っていたらしい。


「る……ならば、またいつでも召喚しろ」


「ルルは立派な海王になる。だから、ルルはもっと地上のことを学ぶ必要がある――おもに食い物のこととか」


「あ、はい」


 よだれを垂らしているルル×2を見て、なにかおいしそうなものがあれば召喚してあげようと思うローナであった。

 なにはともあれ、これからもっと旅がにぎやかになりそうだ。


 そうして、ルル×2との別れの挨拶も済ませたあと。

 ローナが船に乗ろうとしたところで。



「「あ、ありがとう……ローナ」」



 ふと、そんな声が聞こえてきた気がした。


「……あれ? ルルちゃん……今、私の名前を?」


「「げ、げぼく! げぼくって言ったから!」」


 ルル×2がちょっと顔を赤くしながら、「「とっとと船に乗れ!」」とローナの背中を押す。


 そして、ローナは今度こそ船へと乗りこんだ。

 甲板の上からふり返ると、そこには見送りに来てくれた港町アクアスの町民たち。

 さらに、人目のつかない岩礁では、水竜族たちが手を振っていた。


(……楽しい町だったなぁ。こうして旅立つのは、やっぱりちょっと寂しいけど……)


 ここで出会った人たちの姿を見て、ローナはちょっとしんみりするが。


(ただ……まあ、うん。べつに戻りたいときは一瞬で戻れるんだよなぁ)


 自分の能力が便利すぎて、旅情もへったくれもなかった。

 ここまで別れを惜しんでもらった手前、明日とかに「シーフード食べたいなぁ」とか思って戻ったら、さすがに気まずいことになりそうだ。


 とか思っているうちに、出発の笛が鳴らされ、船がゆっくりと動きだした。


「おおぉっ! 動いた! 動いた!」


 ローナはちょっとテンションを上げながら、船が進む先へと目を向ける。

 船の前方に広がるのは、見わたすかぎりの大海原。

 その水平線の先に――ローナの目的地である王都ウェブンヘイムはあるはずだ。



         ◇



 一方、王都からの定期船で、町に出戻ってきた町民たちは――。


「な、なんだこりゃ……」


 船着き場で呆然と立ち尽くしていた。

 ついこの間までとは、まったく町の様子が違っていたからだ。


 魚市場には色とりどりの魚や貝が並べられ、活気のある売り子たちの声が飛びかい、屋台からはハイパーサザエをあぶる煙が立ちのぼっている。


 それはまるで、昔の港町アクアスの光景そのもので。

 失われたはずの懐かしい光景で……。


 逃げたことに負い目を感じつつ、故郷の復興を手伝おうと張り切っていた町民たちは、出鼻をくじかれて口をぱくぱくさせることしかできない。


「アリエス様? これはいったい、なにが……?」


 やがて、出戻りの町民のひとりが、近くにいたアリエスに尋ねると。


「そうね、いろいろありすぎて……どこから話せばいいのかしら」


 と、アリエスは少し困ったように眉尻を下げて、苦笑してから。


 ――やがて語りだした。

 これから何度も語ることになるであろう物語を。



「始まりは1週間前。ひとりの女の子が、この町にやって来たの――――」





――――――――――――――――――――

……というわけで、港町アクアス&海底王国アトラン編終了です!

ここまで読んでいただきありがとうございました!


それと、しばらく連載をお休みしますが、続きは現在執筆中です! 連載再開については近況ノートなどでお伝えしていきますので、また読んでいただけると嬉しいです!

(2023-05-17 5/26、漫画連載開始に合わせて連載再開予定です!)


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