第47話 海底王国に入ってみた
海底の道を進むこと、しばし――。
ローナたちはついに、海底王国アトランに到着した。
結界を抜けて町の中へ入ると、どうやら結界内には空気が満ちているようで、普通に呼吸をすることができた。
「「見るがよい、げぼく! これがルルの国である!」」
「お、ぉおお……ここが、海底王国アトラン! 本当におとぎ話の世界みたいっ!」
思わず、感嘆の吐息を漏らすローナ。
その眼前に広がっているのは、海面からの揺らめく光りに照らされた、幻想的な都市だった。
さぁぁぁ……っと滝のように上から降りそそぐ透明な水。
貝殻の家の煙突からぷくぷくと浮かび上がる、シャボン玉のような泡。
宙を泳ぎ回るクラゲや魚が町並みを彩り、そして――。
「うわぁああああッ!? に、人間だぁああ――っ!?」
「この国はもう、おしまいだぁああッ!?」
「民間人を逃がせっ! 戦える者は、命を賭して足止めを――ッ!!」
ローナの姿を見て、パニックにおちいっている水竜族たちがいた。
ルルと同じような角と尻尾と翼を生やしている人たちだが、どうやら“人間”というものに対してトラウマでもあるらしく……。
「バカな!? 流水斬りが完全に入ったのに……なんて硬さだ!?」
「こ、これが人間……おとぎ話にあった通りの化け物だっ!」
「おのれ、人間めぇえ……っ! 平和に暮らしている我らに、なにをするつもりだ!」
(…………うん、いつものパターンだね)
なんか、いろいろ慣れてきたローナであった。
とりあえず、現実逃避もかねてインターネット画面に目を落とす。
――――――――――――――――――――
■マップ/【海底王国アトラン】
メインストーリー1部中盤で訪れる【水竜族】たちの海底王国。
1000年間、地上との交流がなかったため、地上ではおとぎ話として伝えられている。
城に封印されている【原初の水クリスタル・イヴ】を復活させるため、【水月の魔女マリリーン】が暗躍するが……。
名物は、【お刺身】【深海ゼリー】【サンゴ酒】。
――――――――――――――――――――
(う、うーん……せっかく綺麗な町だし観光したかったけど、この様子じゃ無理そうかなぁ)
と、ローナがさっそく帰りたくなってきたところで。
ルル×2がローナをかばうように前に進み出た。
「「ま、待て! げぼくはいい人間だ!」」
「ひ、姫様っ!? 戻っておられ――って、姫様が2人!?」
「ど、どういうことだ!? まったく同じに見えるぞ!?」
「あ、ありえないだろっ! 常識的に考えて……っ!」
(……ご、ごもっとも)
戸惑うようにざわつく水竜族の人たち。
ルルの介入により、よりややこしい事態になってしまった。
「ど、どちらが本物の姫様なのですか……?」
「「ルルこそが本物のルルだ!」」
「ど、どっちで……?」
「「るぅぅ~っ! マネをするな! 偽物め!」」
「「ルルこそが本物のルルだもん!!」」
見事にシンクロした動きで、ほっぺたをつねり合うルル×2。
頭がどうにかなりそうな光景だった。
この2人の見分けをつけることなど不可能であり……。
水竜族の人たちも、呆然としたように、その様子を眺める。
「はっ!? まさか……この人間が姫様をさらって複製したのか!?」
(……その通りです)
「もしや、先ほどすさまじい雷で海を焼き払ったのも、この人間が!?」
(……その通りです)
「おのれ、人間めぇえええ……っ!!」
「な、なんて極悪非道な……っ!」
「やはり、人間とは戦争をするしかないのか……っ!?」
「姫様! この人間に、なにもされませんでしたか!?」
「「るっ! 売られそうになったけど大丈夫だった!」」
「「「…………………………」」」
えっへんと、なぜか得意げに胸を張るルル×2。
一方、ルルの言葉に、水竜族たちはぴしりと凍りついたように固まり――。
それから、10分後。
「――姫様の誘拐および複製および人身売買容疑で、貴様を拘束する」
がしゃん――ッ!! と。
ローナの眼前で、牢屋の鉄格子が重々しく閉ざされた。
(……うん、まあ……そうなるよね)
どこか遠い目をしながら、周囲を確認するローナ。
どうやら、ここは海底王国アトランの城の地下牢らしい。
とりあえず、魔法を封じる手錠がつけられているが、とくに持ち物を取られたりはしなかった。それと、なぜか牢の中には謎の宝箱が置いてあった(鍵がかかっていた)。
(……なんか、警備とかもガバガバだけどいいのかな? これじゃあ、脱獄できちゃいそうだけど)
そう疑問に思いつつ、インターネットでこの地下牢のマップを見てみると、なんか普通に脱獄経路が書いてあった。
(……うん、見なかったことにしよう)
ローナはそっとインターネット画面を閉じた。
一方、牢屋の前では、ルル×2が水竜族たちと言い争っていた。
「「げぼくはいい人間だ! ルルのげぼくを返せ!」」
「る? げぼくは、ルルのげぼくなんだが?」
「る? ルルのげぼくだし!」
「「ルルのげぼくだもん!」」
「お、落ち着いてくだされ、姫様っ」
「おいっ、姫はルルだぞ!」
「る? ルルが姫だし!」
「「なにをーっ!」」
「と、ともかく! 姫様は人間にだまされておられるのです! 人間はかつてこの国に災いをもたらした、恐ろしい生き物ですぞ!」
「どうして、人間なんて拾ってきたのですか! ちゃんと元いた場所に返してきなされ!」
「「るぅぅ~っ! ルルがちゃんとお世話するもん! 毎日ちゃんと、げぼくの水やりもするもん!」」
(……水やり)
とりあえず、水竜族の話を聞くかぎり、人間についてはいろいろと誤解があるらしい。
とはいえ、ローナの罪については反論できないが……。
「まったく……そうでなくても、今この国は食料も物資も不足しているのですぞ! 姫様2人分の食料に加えて、人間の食料なんて用意できませぬ!」
(……食料不足?)
そういえば、たしかに水竜族たちは痩せているように見えた。
ルルも召喚した直後から、お腹をすかせているようだったし。
「あっ、そうだ! お腹がすいているようでしたら、これ食べますか?」
と、ローナはアイテムボックスから“とあるもの”を取り出した。
「ど、どこから食べ物を……っ」
「お、おいっ、奇妙な動きをするなっ!」
水竜族の看守たちが、びくっと警戒して槍をかまえるが。
「食べ物ならたくさん持ってるので、お騒がせしたお詫びもかねて、みなさんで召し上がってください!」
そうして、ローナの牢の中に、どんどん“それ”が積まれていく。“それ”から漂ってくる魅惑の香りに、水竜族たちのお腹も頼りなく鳴りだし――。
「な、なんか……いい匂いだな……」
「おい、だまされるな! 罠に決まってるだろ……っ!」
「ふははははっ! 残念だったな、人間ッ! 我ら誇り高き水竜族は、賄賂になんか屈しないぞ――ッ!!」
それから、10分後――。
「「「――う、うめぇえええええッ!?」」」
ローナの牢の前には、水竜族たちの行列ができていた。
「くっ、なんだこの抗いがたさは……っ!?」
「こ、こんなもの食べたことないぞ!?」
「これが、人間の食べ物だと!?」
おそらく、ルル×2が真っ先に飛びついておいしそうに食べたことで、警戒よりも食欲が勝ったのだろう。
そして、一度“それ”を食べ始めてからは――止まらなかった。
「うめ……うめ……うめ……」
「くっ! やめられない! 止まらないっ!」
「なんちゅうもんを食わせてくれたんだ……これに比べると、今まで食べてきた魚はカスやっ!」
「あっ、おかわりもいいですよ!」
「「「……っ!?」」」
夢中になって“それ”を食べている水竜族たち。
中には、味に感激して涙している者すらいる。
そんな様子に人間に怯えて隠れていた水竜族も「なんだなんだ?」と寄って来て、いつしかちょっとしたお祭り騒ぎになってしまい――。
(…………どうしよう、今さら釣りエサだとは言いにくい)
ローナはだらだらと冷や汗をかいていた。
釣り大会でもらった“釣りエサ1年分”がまだたくさん残っていたので、『もしかしたら気に入るかなー』ぐらいの軽い気持ちでわたしてみたのだが……。
なんか、思ったよりも入れ食い状態になってしまった。
(だ、大丈夫かな、これ? あとで釣りエサの用途を知られたら、種族間戦争に発展したりしない……?)
なんだか、余罪をまたひとつ増やしてしまった気もする。
「「る~♪ “つりぇーさ”こそが至高の美味♪」」
「ほぅ、“つりぇーさ”と言うのですね、この料理は」
「あ、あの、他の魚料理もありますが……」
「「「いいから、“つりぇーさ”だ!!」」」
「あ、はい」
水竜族への賄賂として、釣りエサが大正解すぎた。
釣りエサはまたたく間に、水竜族の腹へと消えていき……。
ローナの手持ちの分は、すぐになくなってしまった。
「あっ、そうだ。これは、この釣――料理の錬金レシピです! 【錬金術の心得】を持っていれば作れるので、ぜひ!」
「良いのですか!? このように貴重なものを!」
「お近づきの印です! 水竜族のみなさんとは仲良くしたいので!」
と、ローナがにこりと微笑むと。
「……まさか攻撃した我らに対して、ここまでご寛大に接してくださるとは」
「あなたは良き人間だと、我らは最初から気づいておりましたぞ」
「あの誰にも懐かない姫様が認めたのですからなぁ」
水竜族の人たちが、ふっと笑い合い――。
「「「――ようこそ、げぼく殿! 海底王国アトランへ!!」」」
「…………あの、ローナです」
そんなこんなで、一騒動あったものの。
ローナは水竜族たちから、めちゃくちゃ歓迎されることになったのだった。
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