第43話 姫の接待をしてみた
「「――だ、誰だ!? ルルの偽物め!!」」
「ああっ、自分同士で争わないでください……っ!」
ローナの前で、先ほど召喚したルルという少女たちが、ほっぺたをつねり合っていた。
「「ルルが本物だぞ!」」
「「ルルのマネするな!」」
「「ルルが本物だもん!! 嘘じゃないもん!!」」
「「るぅぅ~~っ! なんだ、この生意気なやつは!」」
まるで“こぴぺ”しているかのように、まったく見分けがつかない少女たち。
だいぶパニックになっているのか、もはや召喚されたときの神秘性は行方不明になっていた。
(な、なんか……ややこしいことになった……)
ローナは疲労感から、思わず頭を抱える。
(いや、“ダブる”って言葉は知ってたけど……なんで同じ人が2人になるの? そうはならないでしょ……)
とはいえ、なってしまったものは仕方がない。
ちなみに、あれからインターネットで調べたところ、『召喚システムは“運営”という神々の敵によって確率操作され、同じ人物が出やすい宿命になっている』とのことだった。
それと、最近はその“運営”の手によって、『美男美女(とくに美少女)ばかりが世界のどこかからつれて来られる』『神や天使なども無理やり使役させることができる』という闇の多いシステムになっているんだとか。
(…………“がちゃ”って怖い)
と、ローナがまたひとつ、この世の真理を知ったところで――。
「「おいっ、げぼく!!」」
「え、私ですか?」
いきなり、ルル×2に声をかけられた。
「「このルルの偽物をなんとかしろ!」」
「そ、そんなこと言われましても……」
ローナには当然、どうすることもできないが。
とはいえ、ルルを2人にしてしまったのは、ローナの責任であり……。
(こ、こういうときは、とりあえず――インターネット!)
いつも、なんでも教えてくれたインターネットのことだ。
今回もなにか打開策が書いてあるかもしれない。
そんなわずかな希望を抱いて調べてみること、しばし。
「えっと、ダブった場合は……『どちらか強いほうに
「「…………げ、外道……」」
「え? あっ、いや、違います! 今のは私の考えとかじゃなくて!」
「「…………う、売らないでっ」」
「売りませんよ!?」
ローナが慌てて弁明するも、ルル×2ががくがくと身を寄せ合って震えだした。
「そ、そもそも……ここはどこだ……?」
「どうして、ルルはここにいる……?」
「たしか、城にいたはずなのに……」
「いきなり光に包まれて、気づいたらここにいて……」
「なぜか、ルルが2人になってて……」
「「…………こ、怖い……っ」」
「ほ、本当に申し訳ない……」
なんだか、いきなり少女を拉致して使役したうえに、複製体を作り出した感じになってしまった。
(と、とりあえず、人道的な方法でひとりに戻すことは無理そうだし……まずはルルちゃんたちをちゃんと家に帰すことを考えよう。えっと、この子たちの家の場所は……インターネットでわかるかな?)
と、ルルについての情報をインターネットで検索してみる。
――――――――――――――――――――
■召喚獣/【水竜姫ルル・ル・リエー】
[レア度]SR [評価]A
[属性]水 [種族]水竜族 [武器]爪・槍
◇固有スキル:【水竜転身】(A)
[効果]一時的に水竜形態になり、全能力大幅UP。
◇説明:【海底王国アトラン】に住んでいる【水竜族】の姫。
レア度は低いものの、水中で力を発揮してくれる数少ない人型の【召喚獣】。水竜形態のときに広範囲の地形を【水たまり】に変えるスキルも使えるため、雷構成との相性もいい。
かつては人権キャラと呼ばれたが、やっぱりインフレの波には勝てなかった。
――――――――――――――――――――
(なるほど……『海底王国アトランに住んでいる水竜族の姫』かぁ。たしかに、翼とか尻尾とか水竜っぽいかも? ということは、お城が家なのかなぁ…………って)
ローナの顔から、さぁっと血の気が引く。
そういえば、先ほども自己紹介のときに『水竜族の姫』だと言っていた気もするが。
(あれ、これって普通に……国際問題なのでは……?)
ローナはこれまでに自分がしてきたことを思い返してみた。
①他国の姫を拉致して使役する。
②他国の姫の複製体を作る。
③他国の姫に「共食いしろ」「売って金にする」発言(←NEW!)
(あぁぁっ、やばいやばいやばい……ど、どうしようぅ……っ!? いや、召喚チケットから人が出てくるとは思わなかったし……どこかから人を拉致してくるとは思わなかったしぃ……っ!)
最初にインターネットで調べたときは、『召喚獣=ペットモンスターみたいなもの』って書いてあったから、普通に犬や猫や“ふかきモン”みたいなものが出てくるとばかり思っていた。
(こ、このままでは……種族間戦争がっ!? と、とにかく……なんとか平和的に、ルルちゃんたちを国まで帰さないと!)
幸いにも、ルルたちの故郷である“海底王国アトラン”は、この町からけっこう近いようだ。
まだ、誘拐――もとい召喚からは時間もさほど経っていないし、今すぐ国に帰せばたいした問題にもならないだろう。
「と、とりあえず、ルルちゃんたちはちゃんと家に帰しますから! 安心してください!」
「……本当か?」
「誘拐しておいて信用できない」
「ご、ごもっとも……」
とにかく、まずはルルたちとの信頼関係を作らないとダメそうだ。
(こうなったら、やることはひとつだね……)
というわけで――。
「「――るぉおおおおっ!?」」
やって来ました、港町アクアスの魚市場。
宝石箱みたいな色とりどりの魚がきらめき、あちこちの屋台からおいしそうな煙が上がっている。それはまさに、めくるめくシーフード世界。
「「こ、ここにあるもの……なんでも食べていいのか!?」」
「はい! おかわりもいいですよ!」
「「…………っ!」」
そう、ローナがやろうとしていることは――。
――接待である。
これは最近、アリエスから教えてもらった言葉だ。
なんでも、接待とは相手を気持ちよくして信頼関係を構築するためのものらしく、アリエスレベルになると『海にもぐっておエラいさんの釣り針に生きた魚をつける』ということまでするのだとか。
さすがに、そこまではできないが、食事を通して仲良くなるのは悪くない作戦だろう。
実際にルル×2には効果が抜群だったようで、よだれを垂らし、くきゅるるるぅ……とお腹を鳴らしていた。
「ら、楽園は
「あっ、この“ダゴンかにせん”とかおすすめですよ!」
「ふ、ふん……ルルは誇り高き水竜族の姫だぞ……?」
「どうせ人間のエサなど、ルルの口に合わないだろうがな!」
その数分後――。
「「――るふぅぅう~っ♡ びゃあぁぁ、うまひぃぃいぃッ♡」」
とろけたような顔をしているルル×2の姿があった。
「え、えっと、お口には合いましたか?」
「ま、まあ、人間のエサにしてはなかなかやるようだな」
「る? おい、偽物。それはルルの魚なんだが?」
「る? ルルのほうが先にキープしてたんだが?」
「知らないし! ルルのだし!」
「ルルのだし!」
「「――ルルのだもん!!」」
「ああっ、自分同士で争わないでください! もう1個買いますから!」
この2人は好みも行動もまったく同じであるせいで、いちいちぶつかり合ってしまうらしい。
ある意味で、同族嫌悪の究極形みたいなものなのだろう。
それからも接待は続き、ルル×2は目をキラキラさせながら、ぱくぱくと手づかみで食べ物を頬張っていった。
さすがに出費が痛くなってきたが……。
(でも、とりあえず大人しくなってくれたね。この様子なら、国際問題も回避でき――)
「「……あちゅっ!?」」
と、そこで。
焼きまんじゅうに思いっきりかぶりついたルル×2が、同時にじわりと目に涙をためた。
「「――おのれ、人間めぇえ……ッ!!」」
「あああっ! ふーふーしてから食べてください!」
どうやら、海底では熱いものを食べる文化がないらしく、2人とも猫舌らしい。
「る……? これは……?」
と、ルル×2が次に目をつけたのは、とある露店だった。
「え? あっ、それはダメです!」
ローナの制止の声も聞かず、ルル×2が“それ”に飛びつき――。
「な、なんだ、この子たち!? おいっ、やめろ!」
「~~ッ!? るふぅうう~っ! すーぱーうまし!」
「栄養価も高い! 最高のエサだ! ルルには、このエサがもっといる!!」
「げぼく! これは、なんという料理だ!?」
「え? あ、あの……」
「「なんだ? はっきりと言うがよい!」」
「えっと、それ…………釣りエサなんですが」
「「……つりぇーさ?」」
釣具店の中――。
釣り用の練りエサをもちゃもちゃ食しながら、ルル×2がきょとんと首をかしげる。
「ほぅ……“つりぇーさ”というのか」
「なんという、芳醇な海の香り……大いなる波の旋律のごとき深き味わい……とろりと溶ける口当たり……」
「「――これぞ、水竜族の姫にふさわしい地上の美味である!!」」
「そ、そうですか。よかったです……」
ルル×2が夢中になって釣りエサを頬張っていく。
もしも海にこのエサをまいたら、すぐに食いついてきそうな勢いだった。
(…………魚かな?)
店主にお金を払いながら、ひそかにそんな感想を抱くローナであった。
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