第41話 ゆるキャラを作ってみた


 水曜日クエストから数日後。

 本格的に復興が始まった港町アクアスは、すでに見違えるほどの活気を取り戻していた。


 復興はまだまだ時間がかかるだろうけれど、『これからは安全に生活できる』という希望のおかげか、人々の復興作業にも身が入っているらしい。


「ふわぁ……こんにちは~」


 今日も昼近くまでだらだら寝ていたローナが、ご飯を求めて魚市場に顔を出すと。



「おおっ、ローナ様じゃないかい!」


「ありがたやーっ!」


「ローナ様だぁ!」「わーいわーい!」「待て待てー!」



 と、たちまち町民たちに取り囲まれた。


「あ、あの、ローナ様っていうのはやめてほしいなと……」


 どうやら悪夢のような“水曜日”から町を解放したこともあって、ローナはこの町の英雄みたいに思われているらしい。町民たちに悪気はないのだが、ローナとしては少しむずがゆいものがあった。


「あの、そういえば……王都行きの定期船は、もうそろそろ出そうですか?」


「ん? ああ、そういや、もうすぐ再開するって聞いたねぇ」


「あっ、そうですか! よかったです!」


 王都行きの定期船に乗るというのは、この町に来た目的のひとつだ。

 水曜日クエストのせいで、船が出るまでに時間がかかってしまったが……。

 もともと1週間はこの町にいる予定だったし問題はない。


(まだまだ見たいものや食べたいものは、たくさんあるしね)


 というわけで。


「この屋台にあるもの全部ください!」


「おお、ローナ様! 今日もたくさん魚を買ってくねぇ!」


「はい! 町から出る前に、この町の“びーきゅーグルメ”も制覇したいので!」


 そうして、ぶらぶら屋台めぐりをしていたところで。


(……ん? あれは……アリエスさんとドワーゴさん?)


 アリエスと町民たちが真剣な様子で話しこんでいる場面に出くわした。

 なにやら、鍛冶士のドワーゴも話し合いに参加している。


(……? また、なにか問題でも起きたのかな?)


 そう首をかしげつつ、ローナはアリエスたちへと歩み寄る。


「こんにちは、アリエスさん! なにかあったんで――」


「あっ、ローナちゃんだ! ぎゅぅうううっ!!」


「わっ」


 いきなり抱きしめられた。


「はぁ、はぁ……ローナちゃん、今日もかわいいネ♡♪ 天使かと思っちゃったヨ!?(笑) ところで、今日これから、食事とかどうカナ??(アセアセ) わたしは、ローナちゃんを食べたいナ♡(チュッ!) ナンチャッテ♪(←コラッ!)」


 なんか、おじさん臭かった。


「あ、あの……?」


「――はっ! ごめんなさい! つい、内なるおじさんが目覚めてしまって……」


「内なるおじさん」


 いや、そんなことよりも。


「あの、なにかお困りのようでしたが」


「え? あー、それは……心配しなくても大丈夫よ。なにか問題が起きたわけじゃなくて、ちょっと町の運営について話し合ってただけだから」


 と、アリエスが言うと、後ろからドワーゴが口を出してきた。


「おい、ローナの嬢ちゃんにもアイディアを出してもらうのはどうだ? この嬢ちゃんなら、また面白いこと考えてくれそうだろ」


「いえ、たしかに、ローナちゃんなら全部なんとかしてくれそうだけど、ローナちゃんに頼りっぱなしになるのも……」


「私は大丈夫ですよ! なにか力になれるなら、なんでも言ってください!」


「そう? うーん……そうね。それじゃあ、また力を貸してもらえるかしら? もちろん報酬は払うわ」


「わかりました! ……といっても、なにをすればいいんでしょうか?」


「町おこしのアイディアを出してほしいのよ。せっかく町も安全になったことだし、なんとかして人に戻ってきてもらって、お金をがっぽがっぽ……げふんげふん! と、ともかく、町を盛り上げたいと思ったんだけど……わたしたちだけじゃ、なかなかいいアイディアが出なくて」


「なるほど、町おこしですか……うーん」


 たしかに、“水曜日”のせいで人手やお金がいなくなって困っているみたいだし、力になれるならなりたいとも思っていた。

 ただ、さすがに町おこしとなるとローナも専門外だ。

 というわけで。


(こういうときこそ――インターネット!)


 ローナはいつもの光の画面を出して、町おこしについて検索をかけてみた。


(えっと、『ふるさと納税』? 『SNS戦略』? 『アニメコラボ』? うーん、いつにも増してよくわからない言葉が多いなぁ。他には……ん? これは――)


 そこで、ローナは発見した。


「アリエスさん! いいことを思いつきました!」


「えっ! なになに? なんでも言ってみて!」



「――“ゆるキャラ”を作りましょう!」



         ◇



 というわけで、宿に戻ってきたローナは、さっそく港町アクアスのマスコットキャラクター――いわゆる“ゆるキャラ”のデザインを考えていた。


(うーん、明日までに作りますって言ったものの……意外と難しいなぁ)


 インターネット上のお絵描きサイトを使って案を出しながら、ローナは思わずうなる。


(……ちょっと安うけ合いしすぎたかな?)


 と、先ほどまでのやり取りを思い出す。


『ゆるキャラ? それってどういうものなの?』


『ゆるい感じのマスコットキャラクターのことです。どういうものかは説明が難しいですが……そうだ! 実物を見たほうが早いと思いますし、明日までに考えてきますよ!』


『それは助かるわ! ローナちゃん、いい子! ぎゅぅうううっ!』


 そんなこんなで、明日までに“ゆるキャラ”を作ることになったのだが。


「だ、ダメだぁ……案がまとまらない!」


 思えば、今まで貴族のたしなみとして写実的なデッサンの勉強はしたことがあったが、こういうデザインみたいなものはしたことがなかった。


 ゆるキャラはなんだかデザインが簡単そうだし、すぐに作れるかと思ったのだが……シンプルにするというのは、思ったよりも難しいようだ。


 実際に自分で作ろうとしてみると、既存のデザインがいかに洗練されているかがよくわかる。

 かといって、インターネットの画像をそのまま写し取るのは、“トレパク”という邪悪な行為みたいだし。

 とにかく、インターネットにいろいろ教えてもらうしかない。


(とりあえず『猫要素を入れると人気が出やすいです』かぁ。この町はそういえば猫も多いし、ここはアピールしておきたいね)


 というわけで、画面に『猫』とメモをした。

 ただ、『港町アクアスのマスコット=猫』というのは、少し違う気もする。


(うーん、ベースは『海』に関係するものにしたいよね……とすると、やっぱり『魚』かなぁ? あと、着ぐるみとか作るなら手足はあったほうがよさそうかな? それと陸地でも活動できるって設定にしたいよね)


 と、いろいろメモはたまっていくのだが、うまく案がまとまらず。


(うぅ~っ! 助けて、インターネット先生!)


 とりあえず、『魚』や『手足』などのキーワードを打ちこんで、いろいろと検索をかけてみる。

 そうしているうちに、ローナはとある画像を発見した。


(……ん? 『くとぅるふ神話』……? 『深きものども』……?』


 しばらく、ローナは検索結果で出てきた画像を見つめ――。



「――――こ、これだっ!!」



 と、ローナは思わず、叫んだのだった。




         ◇



「というわけで、半魚人のゆるキャラ――“ふかきモン”です!」


 翌日、冒険者ギルド集会所の会議室にて。

 ローナはアリエスたちに向けて、ゆるキャラデザインのプレゼンをしていた。


「この子は、普段は深海で暮らしてるんですが、大好きな人間に会うために港町アクアスにやって来たという設定です! それと“ふかっしー”という子供もいて、こちらはいつも元気に粘液汁をブシャーッと飛ばしていて……」



「「「……………………」」」



 町民たちが地獄を見ているような面構えで、そのデザイン画を見る。


 そこに描かれているのは――『名状しがたい半魚人のようなもの』だった。


 それも、やけにリアルかつグロテスクな筆致で描かれており……。

 そのぽっかりと開いた牙だらけの口からは、なぜか『ネコォオオッ!!』と雄叫びを上げているようなふきだしがつけられている。


(……ゆる……キャラ? いえ、たしかに人類を嘲笑っているかのように口元がゆるんでいるけども……え? “ゆるキャラ”ってこういうものなの? なんか思ってたのと違う)


 さすがのアリエスでもフォローができず、冷や汗をだらだら流して固まっていたが。

 やがて、意を決したように口を開いた。


「ローナちゃん、あの……ひとつ聞いてもいいかしら」


「はい?」


「…………最近、つらいことでもあった?」


「え? 最近は毎日が楽しいですよ!」


「そ、そう……それなら、よかったわ……うん」


「あ、あれ? もしかして……“ふかきモン”、かわいくないですか?」


「い、いえ、そんなことないわ! よ、よく見ればキモかわいい気も……」


「え……きも……?」


「いえ、“肝”がかわいいなって思ったの! ほら、お腹のところ内臓がちょっと透けて見えるのが、すごくキュートだなって!」


「あ、気づきましたか? そこは私のこだわりなんです!」


「や、やっぱりそうよねぇ!? ち、ちなみに……このふきだしの『ネコォオオッ!!』っていうのは、なに? 捕食対象である猫を見つけて喜んでる図?」


「ち、違いますよっ! これは“ふかきモン”の鳴き声です! なんて恐ろしいこと考えるんですか、アリエスさんは!」


「えっ」


「ふふんっ、こうやって猫要素を入れると人気が出やすくなるんですよ! やっぱり、時代は“猫”なんです!」


「………………なるほど」


 アリエスはゆっくりと目を閉じた。



(……あれ、もしかしなくても……人選、事故った?)



 思えば、今までローナに任せれば全部なんとかなっていたから、今回もローナがなんとかしてくれると頼りきってしまっていたのかもしれない。

 それが、とんでもなく裏目に出てしまったようだ。



(くっ……だが、ローナの嬢ちゃんには恩義があるし)


(このデザインも、この町のためを思って作ってくれたものだしな……)


(この子を傷つけるようなことだけはできないっ!)



 だからこそ、その場にいた町民たちは、覚悟を決めた顔で頷き合い――。



「きゃあああっ!! “ふかきモン”、かわいすぎるぅうううッ!!」


「いやいやいや!? 画伯すぎるだろぉおおおおッ!?」


「ローナ様すげぇええええッ!?」



「え、えへへ……そ、そうですか? よかったぁ!」


 そんなこんなで、“ふかきモン”は港町アクアスの公式マスコットキャラクターとして採用が決定されたのだった。



         ◇



 それから、しばらく経った頃――。


「はぁ……次回作はどうしたものかな」


 港町アクアスに、王都の人気小説家ラブカ・ライト(美少女)がやって来ていた。

 “魔の水曜日”などとも呼ばれるモンスターのスタンピードを乗りきった町ということで、なにか次回作の着想が得られるかとも思ったのだが……。


「話を聞いてみれば、“大天使ローナちゃん”とかいう超絶美少女がいきなり降臨して、ひとりで全てを解決してくれただって? まったく、ご都合主義もいいところだ。町おこしのために英雄譚をでっち上げたんだろうけど、こんなクソシナリオでは読者からクレームが来るぞ……」


 と、期待外れの取材成果に、ラブカはぶつぶつと文句を言う。


「しかし、近頃まったくアイディアが降りてこないな……なにか刺激になるようなものはないものか……この町の“海底王国アトラン”の伝説でも調べてみるか……って、む?」


 そこで、ふと。

 ラブカはなにかに導かれるように顔を上げ――。



「――――ッ!?」



 ぞくっ、と背筋に電流が走った。

 その視線の先にあるものは、町の公式マスコットキャラクター“ふかきモン”のグッズ売り場だった。


 怪しげな黒ローブ集団や、これまたフードで顔を隠した美形集団が、こそこそとグッズをまとめ買いしているが……彼らの不気味さも相まって、他にその売り場に近づこうとしている人間はいない。

 しかし、ラブカは気づけば――そのグッズ売り場に飛びついていた。


(な、なんだ……このおぞましい物体はっ!? 見ているだけで吐き気をもよおすような邪悪なデザインだ……っ! まともな精神状態で作られたとは思えない! こ、こんなの……見たことないぞ!? 作り手の心の闇が――不条理な人生に対する嘆きと愛が、この作品を通して頭に直接流しこまれてくるようだ!?)


 気持ち悪いのに、なぜだか目が離せない。

 まるで、運命の相手と出会ってしまったかのように。


(なんて……なんて、すさまじい芸術作品なんだッ!! そうか、これだ……これなんだっ! ボクがずっと追い求めていたものは……っ!)


 ぞくぞくぞくぅぅう――ッ! と。


 激しい快感をともなうインスピレーションの波が、背筋を這い上がってくる。

 こんな理性を溶かされるようなすごい感覚は、今までに経験したことがなかった。


「はぁ……はぁ……っ! す、すごいぞ! 次々とアイディアがわいてくるっ! そうだ、この“ふかきモン”を主人公にした小説を書こう! タイトルは『深海を追放された俺、どうやら地上ではイケメンで最強のようです(笑)』で決まりだな! 主人公の口癖は、『俺、また深いことやっちゃいました?』で……ああっ……ああっ、創作意欲がおさまらないっ!! こんなのは初めてだ!! こうしちゃいられないぞっ!!」


 ラブカはさっそく宿へと駆けだし、なにかに取り憑かれたかのように、不眠不休でいくつもの小説を書き上げた。


 やがて、その作品に触発された他の作家たちも、“ふかきモン”を題材とした小説を書き始め――。


 その後、それらの作品群は『ふかきモン神話』『俺HUKEEE小説』などと呼ばれて一部の界隈で大人気になり、聖地巡礼スポットとして多くの観光客が港町アクアスを訪れるようになるのだが……それは、また別のお話。


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