第15話 作られた悪意
「隼人、これをセブラに入れておけ」
迷宮の中を駆け足で移動する中、武は壮馬にメモリチップ型のスキルメモリを放り投げた。
壮馬はそれを何とかキャッチすることに成功する。
「……これは?」
「さっき言っていた変装用のスキルだ。中身は《フォームホログラム》。光学迷彩のスキルだ。村瀬隼人の顔になるように調整してあるから、セット出来たらすぐに使用しろ」
「了解」
言われたとおりに壮馬はセブラにスキルメモリをセットすると、疑似パネルを操作してスキルメモリとの自分の思念体とのパスをつなぐ。
パスがつながったのを確認すると、壮馬はすぐさまスキルを発動した。
(————《フォームホログラム》)
すると、壮馬の体が一瞬青く光り、その後に光が収まると、壮馬の顔は別人のものへと変わっていた。
壮馬からは見えないが、黒髪に青目のイケメンボーイである。
「ホログラムの方が美男子ですね。まるでナンパ師か詐欺師のようですが」
「え?」
「そうか? 俺の遺伝子情報をトレースして作ったって話だったが」
「そうなんですか? 目の青さ以外は全然似てないですが」
「それは俺が美男子じゃないと言っているのか?」
「自覚がないようですね。叔父ゴリラの大尉は逆立ちしても美男子にはなれないですよ」
「相変らず口が減らない女だな」
壮馬を挟んで、凛と武が雑談をしている。
しかし、その会話内容に壮馬はひきつった笑みを浮かべていた。
(え、なんか俺、ナンパ師がどうとかって言われたけど、多分バカにされたんだよね? 大尉に至ってはもっとひどい言われようだけど……。凛って言ったか? こいつ美人のくせしてとんでもない口の悪さだな)
壮馬は凛の方をまじまじと見た。こんな奴が世の中にいるのか、と驚いたのである。
「……私の顔に何かついていますか?」
「いえ、なんでも」
「ナンパは受け付けませんよ。私は中身を大切にする女ですので」
「いや、ナンパするためにホログラム被っているんじゃないんだけどな⁉」
思わず壮馬は大きな声で抗議してしまった。
その後は、ちょくちょく会話をしながら、駆け足で迷宮を進んでいく。
何が起こるかわからない迷宮で焦りは禁物。それは分かっている壮馬であったが、今も襲われているであろう奏斗達のことを考えると、内心の焦りを抑えることはできなかった。
道中の敵は全て武が一撃で倒していった。そのため、あまり時間がかかることなく第1層と第2層の階段前へと辿りつく。
ここからが作戦の本番。そう思った壮馬は気を引き締めた。
◇ ◇ ◇
————話は昨日に遡る。
とある倉庫街の一角。
コンテナの中に作られた簡素な部屋の中で、宮崎啓介は苛立ちを抑えられずに貧乏ゆすりをしていた。
彼は歓迎パーティーでの模擬戦で、壮馬に負けたことをひどく根に持っていた。
日葵を嫁にする発言は、壮馬を絶望させて遊ぶために言った言葉であったが、まさかそのせいで模擬戦になり、挙句に壮馬に負けることになるとは、当時の宮崎にとっては全く予想外のことであった。
そう。宮崎は油断していた。だから負けたのだと彼は思った。
ならば、自分が本気を出せば壮馬よりも弱いはずがない。なのに周りは壮馬の方が強いと思っている。
そのことが宮崎を苛立たせている原因であった。
そんな彼の前にフードを目深にかぶった一人の男が現れる。
「君はバカだね。あれほど油断するなと言ったのに。油断して模擬戦なんて受けるとはね。挙句に負けてしまうなんて。滑稽すぎて笑えてくるよ」
「うるさい! 俺の油断のせいじゃない! あいつが何かズルをしたに決まっている!」
「そうかい。まあ、そう思いたいならそう思うといいさ」
男はフードの奥で、一つ嘆息した。
宮崎という男は本当にどうしようもなく愚かで子供じみた男だ。
現実を正しく認識できず、認識しようとする努力もしない。
まあ、そんな男だからこそ、利用価値があるのだが。
男はそう思い、いつも通り彼の思考を誘導した。
「確かに彼はズルをしたかもしれない。でも君は負けた。誰もが正々堂々とした勝負で君が負けたと思っている。このままでいいのかね?」
「いいわけないだろ! 俺はあいつより強い! こんなの認められるわけがない!」
「そうだ。君は彼より強い。それなのに正当に評価されない君は、まったくもって可哀そうだ。……だから、私が君に挽回のチャンスを作ってあげよう」
男はそう言って、宮崎の前に一枚の紙を置いた。
「なんだ? これは?」
「とあるクランの探索計画書だ。そこに友利奏斗の名前があるだろう?」
「ああ、あるな」
「私が調べた情報によると、友利奏斗は自分の参加するパーティーに黒瀬壮馬を加えたそうだ。彼らは明日の早朝より、木葉坂寺の迷宮の第1層を探索する。君はそこに赴き彼らを殺せ」
殺人をすると聞いて、さすがの宮崎も少し躊躇した。
殺人に忌避感があるとかではなく、単純に自らの保身を考えてのことだったが。
「……さすがにヤバいんじゃないのか?」
「大丈夫だ。ちゃんと足がつかないように対策は打ってある。それに、ここで黒瀬壮馬が死ねば、第1層に出現する魔物ごときで命を落としたコイツは大した奴じゃなかったと、誰もがそう思うだろう。そして君は普通に迷宮を攻略し続け、やがてトップ探索者になればいい」
「でも、普通にもう一回模擬戦を挑めば済む話だろ?」
「君は女を賭けて戦うと宣言して挑んだ神聖な勝負をやり直すつもりかい? そんな恥ずかしいことをしても君の評判が下がるだけだ。かといって放って置いてもクランに拾われた黒瀬壮馬は、もしかするとトップ探索者達の荷物持ちあたりとして成功してしまうかもしれない。分かるかい? 君には彼を殺す以外に名誉を挽回する選択肢はないのだよ」
その話を聞いて、少しの間葛藤していた宮崎だったが、彼のちっぽけなプライドがその葛藤を打ち破った。
やがてその顔をニヤケ面に作り替えると、宮崎は男に言った。
「わかった。殺してやるよ。黒瀬の野郎は俺が殺す。そんで俺が優れていると証明してやる」
「その意気だ。宮崎啓介」
その様子を見て男は呆れたが、すぐに気を取り直して自らの仕事に専念するべく次の計画を立て始めた。
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