第13話 日葵の秘密と壮馬のスキル
「自己紹介してなかったわね。私は
金髪美女……薫子は少し笑ってそう言った。
大人の笑顔を見せられて、壮馬は少しドキッとした。
「えっと……黒瀬壮馬です。よろしくお願いします。」
「そんなに硬くならなくていいわよ。私はタケちゃんみたいに怖いことはしないわ」
「そ、そうですか……」
2人は先ほど3人が出てきた自動ドアの先へと入っていく。
中に入ると、そこはかなり広い空間で、研究用の機材が所狭しと並べられていた。
中では研究者と思われる白衣を着た人達が数十人ほどいて、機材を動かしながら忙しそうに動き回っている。
「そこに座ってちょうだい」
「はい、失礼します」
壮馬は研究室の片端に並んでいるデスクの椅子へと腰を下ろした。
薫子が隣に座って、念子コンピュータ(以下、コンピュータと称する)を操作し始める。
「これから君に渡すスキルメモリなんだけど……使い方がちょっと特殊なのよね」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。普通のスキルとは仕組みも違うから、扱いにも注意が必要なのよ。あ、そうだ。壮馬君、日葵ちゃんからアインツは貰った?」
「……え? は? え?」
予想外の名前が出てきて、壮馬はひどく混乱した。
(アインツって……なんだっけ?)
と、そこで抗議の声を上げる者がいた。
『マスターひどい! ボクですボク! 忘れるなんてひどい!』
「うぉっ⁉ って、そういえばお前の名前アインツだったな。てか、いたんだな」
『なんですと⁉ ずっと命令守って静かにしていたんですよ⁉ 健気なボクのことを忘れるなんてあんまりです‼ 待遇の改善を要求します‼』
「いや、うん。ごめん。これは素直に俺が悪かったわ」
『全然心がこもってないです‼ もっと真摯に謝ってください‼』
「何言ってんだ‼ ちゃんと心込めたわ‼」
『逆ギレするなんて、マスター心がちっちゃいです‼ 大人ならちゃんと謝ってください‼』
「だからごめんって言ってるだろ⁉ めんどくさい奴だな‼」
『めんどくさくありません‼ 発現の訂正を要求します‼』
「もういいわ‼ ちょっと黙ってなさい‼」
『ぶー‼ この恨み、忘れませんよ―?』
そうしてアインツは黙った。
「……思ったより仲良さそうね。まあ、とりあえずちゃんとアインツは手に入れたみたいだし、仲がいいならそれに越したことはないわ。」
「……てか、なんで進藤さん……だとグランドマスターと被っちゃうか。」
「薫子で良いわ。」
「じゃあ、それで。薫子さんはなんでアインツのこと知っているんですか?」
「そりゃ、その子は私と日葵ちゃんの合作だからよ」
「はい?」
なぜ、日葵が薫子さんと知り合いなのだろうか?
壮馬の頭には大量の疑問符が浮かんだ。
……てか、アインツの共同開発者ってお前かよ! とも壮馬は思ったが、それ以上に、日葵と薫子の関係の方が気になった。
「ああ、知らないのね。日葵ちゃんは壮馬君が私たちに協力するずっと前から、私たちに協力してくれていたのよ。アインツの作成はその一つね。今日この日にスキルを使いこなすためにはアインツが必要だったから、日葵ちゃんに受け渡しをお願いしたのよ」
壮馬はかなりのショックを受けた。
(せっかく日葵を助けるために、裏社会に足を踏み入れたというのに……まさか日葵が既に裏社会に足を踏み入れていたなんて‼ もしかして、俺がこいつらに協力する意味なかったんじゃないの?)
壮馬はそう思い、ひどく騙された気分になった。
「あの、それだと俺があなた方に協力するメリットってなくないですか? デメリットは多いですけど」
これでは、日葵や壮馬が殺されるのを回避するためだけに協力しているだけではないのか? そう壮馬は言いたいのである。
「そんなことはないわ。藤守家の秘匿技術を解析すれば、日葵ちゃんの病気を治せる可能性があるのは事実だけど、それだけでは治る確率はかなり低いの。私の見立てだと、さらに確立を上げるためには他の秘匿技術や未確認の迷宮産の資源なんかも必要になってくる。そこまでやっても本当に治るかどうかは確率の問題なのよね。そんなわけで、日葵ちゃんの治療のために壮馬君ができることはたくさんあるわ。だから、壮馬君が頑張るメリットはちゃんとあるのよ。安心してちょうだい」
「……なんかすごく騙された気分なんですけど」
「確かにあれは兄貴の説明不足が悪いわね。私の方から謝るわ。ごめんね」
説明中に同席していたのに訂正しなかったあなたも同罪ですよね……という言葉を壮馬は飲み込んだ。
謝ってくれているし、これ以上は余計だと思ったのだ。壮馬はアインツほどしつこく謝罪を要求するような性格ではない。
それに、壮馬にとってみれば、状況が前後で変わったわけではない。日葵の治癒する確率は当初の予想よりかなり下がった気がするが、1パーセントでも助かる確率が上昇するのなら、喧嘩していないで協力して試すべきであった。
「よしっと、スキルメモリが完成したわ。んしょ……これがそうよ。壮馬君、セブラに入れるからちょっと貸してくれる?」
「わかりました」
薫子は体を伸ばしてデスクの隣にあった機材からメモリチップ型のスキルメモリをいくつか取り出した。
普通ならどうでもいい仕草ですら色気があるなぁ、この人……と思いながら、壮馬はセブラを左耳から取り外して薫子に渡した。
薫子はセブラを受け取って、内部にメモリをセットして、壮馬に返す。
壮馬がセブラを装着して起動している間に、薫子が説明を始めた。
「それじゃ、君がこれから使うスキルについて説明するわね。まず、君が使えるスキルは今のところ全部で5つ。まあ、これだけあれば普通に戦う分には問題ないと思うわ。一応、開発が進んだら新しい種類のスキルも作れるようになるけどね」
スキルメモリは一度に多くの数を使いこなすよりも、少ない数を極める使い方の方が主流である。
それは、同じスキルを使い続けると使用者のオーラがそのスキルに慣れて、より効率よくスキルを放てるようになるからという事情がある。
この現象のことを探索者の間では「スキルレベルが上がる」などと呼んでいるが、このスキルレベルの上昇は探索者の生存確率に非常に大きな差をもたらすので、探索者はなるべく少ないスキル数で日ごろから生活するように心がけているのだ。
もう一つの事情としては、複数の調整されていないスキルを搭載するよりも、一つのスキルに多くのパッチタイプスキル(注:後付けの修正プログラム。スキルを微調整するために搭載される)を搭載した方が使いやすいというのも理由としては大きい。
せっかく搭載したスキルが数個の限定された動作しかできないのでは、柔軟性にかけて実践向きのスキルにはならないのだ。そのため、玄人ほどスキルの動作は細かく大量に作り込む傾向がある。
いずれにせよ、これらの要請のバランスを取ろうとすると、多くの場合、探索者が使用するスキルは5つから6つの範囲で収まることが多いのだ。
「各スキルの名前は《ソードスラッシュ・タイプゼロ》、《レジストウォール・タイプゼロ》、《スピリチュアルウォール・タイプゼロ》、《スピリットアクセラ―・タイプゼロ》、《APウォール・タイプゼロ》。ま、聞いたことあるスキル名が入っていると思うけど、実際の内容はその強化版って感じよ。」
《ソードスラッシュ》は宮崎も使っていた剣速を強化するスキルだ。実際には剣速だけでなく身体の速度も強化しているのだが、剣を振る動作を前提にプログラムしてあるので、剣速強化のスキルという認識で間違いはない。
《レジストウォール》と《スピリチュアルウォール》は耐性系のスキルだ。敵からのスキルの発動妨害といったオーラへの攻撃を防ぐのが《レジストウォール》で、敵からの洗脳といった自分の精神への攻撃を防ぐのが《スピリチュアルウォール》である。これらは俗に「防壁」などと呼ばれている。
そして、《スピリットアクセラ―》は思考加速を行うスキルである。これがあると、知覚速度を数倍以上に跳ね上げることができる。近接戦闘を行う者にとっては非常に頼もしいスキルだ。
《APウォール》は、AP障壁を張ることができるスキルである。言うまでもなく探索者の必須装備であり、装備しなければそもそも探索者として同じ土俵に立てないと言えるほどの超重要スキルである。
「……しかし、これ、剣以外で戦う手段はない感じですね」
「そうね。でも壮馬君、剣は得意なんでしょう? なら別にいいじゃない」
「まあ、そうなんですけど。……もっとこう、魔法みたいなスキルとかも使ってみたかったんですけどね」
「壮馬君も男の子ね。そのうち作るから待っていてちょうだい」
壮馬は『魔法剣士だった天城裕仁みたいになれるかも!』と少し期待していたため、がっかりしたが、贅沢も言っていられないと気を取り直した。
「じゃ、スキルの調整のために、一旦大部屋に戻りましょ。あそこが一番、周りを気にせずスキルを使えるからね。」
「研究施設の実験室は使わないんですか? ここが研究施設っていうならさすがにありますよね?」
「そっちは今空いてないのよ。ごめんなさいね」
薫子はラップトップタイプの念子コンピュータ(以下、パソコンと称する)を持って立ち上がると、移動し始めた。
壮馬もその後を追いかける。
二人が大部屋に入ると、そこにはまだ武と孝一がいて、何やら話し込んでいた。
「お、もう終わったのかい?」
「まだよ。これからここで調整させてもらうけど、いいかしら?」
「別に構わないよ。ここも頑丈に作ってあるし、多分問題ない。」
薫子は孝一の確認を取ると、空いている椅子を引っ張ってきて座り、ひざにパソコンを置く。
「それじゃ、まずはアインツを呼び出して、スキルメモリに接続させて。その子の補助がないと《タイプゼロ》のスキルはうまく発動しないわ。」
「わかりました」
壮馬はアインツを呼び出すと、スキルメモリに接続するように促す。
「アインツ。できるか?」
『ぶー。まだ謝ってもらってないです』
「……わかった。じゃあ、どうすれば謝ったと認めてくれる?」
『……今度、良質な魔導燃料をください』
「分かった。約束しよう」
『迷宮産の天然魔石を使用したやつですよ?』
「……わかった。約束しよう」
壮馬はしぶしぶアインツに高品質な魔導燃料(注:魔石を燃料として使いやすいように加工したもの。小さな乾電池のような見た目をしている)を買うことを約束した。
たった一本で壮馬の小遣いの半分以上が消える値段のする魔導燃料を買うことは、確かにある意味で壮馬の誠意が試される謝罪方法であるといえた。
(意外と現金なやつだったのか。謝罪の証に物を要求してくるとは……拗ねていたのも実は作戦のうちか? てか、AIは魔導燃料で喜ぶのか。トリビアだな)
壮馬はアインツの人間臭い性格に対して、うっとうしく思いつつも、徐々にそのことに慣れて状況を受け入れ始めていた。
『マスター! 接続完了しました! 管理行動を開始します!』
「薫子さん。出来たようです」
「そう。それじゃ、スキルを発動してみて。まずはそうね……《ソードスラッシュ》から行きましょうか」
「わかりました」
ついに、最強の力を試す時が来た。
そう思った壮馬の胸は期待でふくらみ切っていた。
『マスター! 管理行動の初期設定が完了しました! いつでも撃てますよ!』
「よし、じゃあ《ソードスラッシュ・タイプゼロ》で行くぞ」
『了解しました~!』
アインツの少し調子はずれな返答が聞こえると、壮馬の体は金色に包まれた。
背中に背負った剣を抜刀し、構える。
そのまま、スキルの発動を念じつつ、剣を思い切り振りぬいた。
(————《ソードスラッシュ》!)
その瞬間、あまりの剣速によって衝撃波が発生……しなかった。
「……え? あれ?」
壮馬の剣速は、お世辞にも強力とは言えない……「へっぽこ」と表現するにふさわしい速度しか出なかった。
壮馬が普段感じている剣速と大して変わらない。
一体どういうことだ、俺は天城裕仁を超えるんじゃなかったのか、とこの時壮馬は非常に混乱し、そして大いに焦ったのであった。
——————
【あとがき】
ここまで本作を読んでいただきありがとうございます。
先日は更新を休んでしまって申し訳ないです。こちらの不手際で更新できてなかったみたいです……。というわけで、今回は書き溜めを使って2話分上げておきました。
今後も本作をよろしくお願いします。
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