第2話 探索者ギルドでの適性検査
※2020/4/30 《マナ》などの細かい設定に関する説明を追加しました。その他、説明の不足していた点を補足しました。あとがきに【豆知識】を追加しました。
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卒業式を終えて翌日。
壮馬は探索者ギルド横浜支部の建物にやってきていた。
その建物は高層ビルになっていて、入口のエントランスは高級ホテルばりの大きなカウンターが並んでおり、噴水の設置された広場では、剣や槍を背負った探索者達が大勢いて、気さくな会話を繰り広げている。
「一度来たことはあったけど、やっぱここは纏う空気の鋭い奴が多いな」
壮馬も武術をかじってきたので、彼らが全員戦闘者としての風格を備えていることがわかる。
気さくな会話の繰り広げられる中にあって、油断ならない緊張感を感じる空気に、壮馬は自然と体を強張らせた。
と、そこで壮馬に声をかけてくるものがいた。
「よ! 待たせたな!」
「いや、そんなに待ってないぞ」
少し息を切らしてエントランスに駆け込んできたのは奏斗であった。
壮馬は奏斗と一緒に探索者ギルドに登録するために待ち合わせていたのである。
そう、奏斗も探索者になる道を選んだ。9級市民である壮馬の場合には、身分の制約で職業選択の自由と移動の自由がないため、国から指定されている探索者になる以外に職業の選択の余地はないのだが、奏斗の場合は壮馬のような制限もないので、比較的自由に職業を選択できる。
それでも奏斗が危険な探索者になるのには訳があった。
「なあ、俺達。今から夢の探索者になるんだよな⁉」
「ああ、そうだな。俺は別に探索者に憧れているわけじゃないけどな」
「おいおい、そんな空気読めないこと言うなよ! 迷宮探索といえば全人類のロマン! 一攫千金で成り上がるのだって夢じゃないんだぜ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
奏斗のように探索者に憧れている人は多い。
迷宮からは貴重な資源や工作物が産出されることが多く、それらは通常高値で取引される。それによって大金を得て、身分の階段を駆け上がっていった者は少なくない。
また、迷宮探索を娯楽仕立ての動画にして配信する動画配信者の影響も大きいだろう。
そんな迷宮業界の成功者たちは、多くの市民から憧れの対象として見られ、結果、多くの追随する迷宮探索者を生み出してきた。
命を賭ける危険な迷宮業界がこれほど活況であるのは、ひとえに彼ら成功者たちのおかげであるといっても過言ではない。
「で、どうすればいいんだっけ?」
「とりあえずカウンターに並んで説明を受けた後、適性検査だな。それが終われば講習会を受けることになる」
「試験とかはないのか?」
「お前、登録要領ちゃんと見ろよ……試験とかは特にない。探索者は何人いても足りないのが国の本音だからな。希望者は誰でも探索者にするって方針らしい」
「なるほどね~。教えてくれてサンキュな!」
そう答えると、奏斗はカウンターの方へと向かって行き、「新規登録」のプレートを掲げた窓口の列に並ぶ。壮馬も奏斗の適当ぶりに嘆息しながら奏斗と同じ列に並ぶ。
今日の窓口は非常に混雑していた。卒業式を終えて成人し(注:迷宮誕生以後の日本では、18歳になった年度の終わり頃に成人を迎える制度が定着した)、すぐに探索者になろうと考えた壮馬達のような人たちが大勢いたためである。
やがて順番が回ってくると、壮馬と奏斗は同時に説明を受けることになった。
「こんにちは。お客様は新規登録希望者でお間違いないでしょうか?」
「もちろんです!」
「はい」
奏斗の若干興奮した様子をみて、受付の若い女性が微笑ましい目を向けている。
「では、当ギルドのことについて簡単に説明させていただきます。ここでは一度しか言いませんが、後々講習会の方でも、再度説明することになる情報ですので、安心して聞いてくださいね」
受付の若い女性は、その後、にこやかにギルドの簡易な説明を始めた。
「当ギルドは国の法律に基づいて作られた、全探索者の必須加入組織である組合です。既にご存じかもしれませんが、当ギルドに加入することなく迷宮に入場することはできませんので、注意してください」
女性はそこでいったん言葉を切った。
「当ギルドに加入して頂くと、探索者カードという身分証を受け取ることができます。この探索者カードには名前、住所、生年月日、登録番号、探索者ランクなどの個人情報が記載される他、《念子情報データ》をとして、様々な情報を内部に記録できます。当ギルドのサービスを受ける際に必ず必要となる物なので、無くさないようにしてください」
《念子情報データ》とは、ざっくりいうと、魔術(注:迷宮誕生以後に成立した人類の新しいエネルギー技術。スキルとも呼ばれ、超常現象を引き起こすことができる)による通信で使用される情報データのことである。電子情報データと区別するためにこの名称がついている。
現代のスマホといっても過言ではない通信機器である《セブラ》も、この《念子情報データ》を使ってやり取りしているのだが、それは余談だろう。
ギルドの説明を、ふむふむ、と真剣そうに聞く奏斗を見て、受付の女性は微笑ましそうに頷いた。
「最後に、探索者ランクについて説明させていただきます。探索者ランクとは、ざっくりいうと、その探索者のギルド内における地位を表したものになります。ランクが高いギルド員ほど、多くの有益なサービスが受けられるといった特典が発生します。ランクはG級~SSS級まであり、ランクを昇格させるためには、探索の実力・ギルドへの貢献度・依頼達成率・試験結果などを上昇させなければいけません。説明は以上になりますが、何かご質問等はございますか?」
「要は、ギルドで頑張ればランクが上がって偉くなるってことだな! あと、カードを無くさないようにすればいいってことよ!」
「要約しすぎだと思うけど、お前はそれでいいと思うよ……」
奏斗の適当さに呆れる壮馬。こいつは昔からこういう奴だったな、と遠い目をしていると、受付の女性が口を開いた。
「さて、ご質問はなさそうなので、適性検査の方を行わせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「学校でもやってるけど、それじゃダメなんですか?」
「そうですね。お手数ですが、もう一度検査にご協力いただかなくてはなりません」
「そっか。それならしょうがないですね」
奏斗が納得したところで、壮馬達は個人情報に関する同意書を受け取り、カウンターから離れた。
(検査かぁ。俺、苦手なんだよなぁ)
壮馬はこの後に見ることになる検査結果を想像して憂鬱な気分になった。
◇ ◇ ◇
検査室を出た壮馬は、自分の適性検査の結果が書かれた紙を折りたたみ、はぁ、とため息を吐いた。
反対に、奏斗はこの後開かれるギルドの講習会に早く行きたくて、うずうずしている様子であった。
「なぁ、壮馬。そんなに落ち込むなよ。お前の《適性値》が残念なのは今に始まったことじゃないだろ?」
「まあ、そうなんだけどな。それでも、自分のあまりの無能ぶりには毎度落ち込んでも落ち込み足りないんだよ。マジで天の神には適性ガチャのやり直しを要求したい」
《適性値》とは、迷宮が現れてから確立された人類の新たな技術である《魔術》——《スキル》ともいう——を操る適性、または才能を表す数値のことである。
通常はこの数値が高いほど、将来的に強力なスキルを使用することができるようになり、現場で活躍しやすくなる。
そのため、迷宮探索を行う者にとって、この数値は非常に重要な意味を持っているのだが、この適性値は後天的に変更することが現状できない。生まれつきの才能で探索者として成功できるかどうかがほぼ決まると言っても過言ではないのだ。
「ま、まあ、それでも探索者として頑張ってさ、たくさんお金稼いで、いつか8級市民に上がれたら、好きな仕事探して副業始めることもできるんだしさ。そんなに落ち込むなよ」
「このしょぼい適性値で9級市民を抜け出すなんてできると思うか? 一体どれだけ時間がかかると思っているんだよ。もうちょっとましな慰めをしてくれ」
「お、おう。すまん」
壮馬は自分の検査表を見せながら、奏斗にあまり意味のない文句を言った。
そんな壮馬が見せた自身の検査結果は以下の通りである。
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名前:黒瀬壮馬
適性値
遠隔:2 ※遠隔は、魔術を飛ばせる距離・範囲に関する適性。
物量:2 ※物量は、操れる《マナ》(注:魔術は《マナ》と呼ばれる粒子
を操作して、超常現象を引きおこす技術である)の量に関する適
性。
ざっくり、「魔法でできた物体を作成する適性」と考えればよ
い。
制御:35 ※制御は、魔術を繊細に操ることに関する適性。
加速:2 ※加速は、物体の外側へとかけられる力の量に関する適性。
ざっくり「身体強化の適性」と考えればよい。
振動:2 ※振動は、物体内部で発生させられるエネルギー量に関する適
性。ざっくり、「炎とか光とかのエネルギー系の魔法の適性」と
考えればよい。
融合:2 ※融合は、物体同士の結合力に関する適性。
ざっくり、「水とか土とか実在する物質を操る魔法の適性」と考
えればよい。
総合評価:G
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総合評価については、探索者ランクと同じで、G~SSS級まで存在する。その中で壮馬の適性評価は最低のGであった。
壮馬がいじけてしまうのも納得の最低評価である。
しかし、壮馬の適性値で最も特徴的なのは、《制御》の項目にある35という部分だろう。
通常、適性値というのは1から10の値のどれかになる。それ以上にも以下にもならないことが普通だ。
このことから、壮馬が非常に高い《制御》の才能を持っていることが分かるだろう。
しかし、《制御》の適性というのは魔術を繊細に扱う適性で、いわば他の適性をサポートする立ち位置の適性である。
操る魔術そのものが強力でなければ、ただ器用なだけの才能なのだ。
通常は適性値が5以上あると才能があると判定されるのだが、その点、壮馬は《制御》以外のすべての適性で「才能なし」であり、せっかくの制御値も全くの「役立たず」になってしまっているのである。
「改めてみると、お前の適性値って、ある意味すごいよな」
「だろ? それに比べていいよなぁお前は。ちゃんと使える適性があってさ」
ちなみに、奏斗の適性値は以下の通りである。
—————————
名前:友利奏斗
適性値
遠隔:3
物量:5
制御:5
加速:10
振動:10
融合:1
総合評価:A
—————————
身体強化とエネルギー系魔法の適性がトップ探索者と遜色ないレベルであり、さらに制御や物量の適性もあるなど、6級市民出身としては、かなりすぐれた適性をたたき出していた。
ちなみにだが、身分と適性値の合計は概ね比例する。そのため、奏斗の合計適性値は決して高くないのだが、配分が素晴らしいために、適性検査の結果もすぐれたものとなったのだ。
「いや、あの、まぁ、それは、すまん」
「……意地悪なこと言ったな。こっちこそすまん。とりあえず、適性で悩んでもしょうがないし、さっさ講習会に行くか」
「お、そうだな! とっとと探索者になろうぜ」
こうして、壮馬達の適性検査は終了した。
残酷な現実に改めて打ちのめされた壮馬であるが、この時の彼はまだ知らない。
高い数値を出している彼の《制御》の適性には、実はとんでもない使い道があったということを。
この後々の運命的な出会いが、前代未聞の最強探索者を目覚めさせるということを。
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【お知らせ】
本作品をここまでお読みいただき誠にありがとうございます。作者の日野いるかです。
誠に勝手で恐縮ですが、第3話を今日の12時頃に投稿します。
ここまで不定期更新が続いていますが、第3話以降の物語については定期更新に切り替えさせていただこうと考えているので、ご容赦ください。
今後も本作品と作者を応援していただけると幸いです。
それでは、良い一日を。
2022年4月29日 日野いるか
【豆知識】
※豆知識は本編で説明しきれない細かい設定について紹介したものです。読み飛ばしていただいても物語の進行には影響がないようにしますので、読み飛ばしていただいても構いません。
~セブラ~
セブラとは、現代のスマホともいえる携帯型多機能通信機である。名前の由来は大脳(Cerebrum)を言いやすくしたものとされている。
セブラは精神に直接干渉する機能をもっているため、使用者の知覚などにも干渉でき、AR機能やVR機能を搭載している。奏斗が新着メッセージを受け取った際も、視界に「お知らせメッセージ」がAR表示されていた。
また、通信機器であるため、精神情報のやり取りによる念話やメッセージの送信などが可能となっている。このように多様な機能を搭載しているため、現代人には必須のアイテムとなっている。
~適性値~
適性値は、魔術(スキル)を操る才能を表したものである。
適性値が高いと、魔術の実際の実力を表した《ステータス》の値が伸びやすくなる。
《ステータス》が高いと、より強力な魔術を使用できるので、現場で活躍しやすくなるのだが、この適性値が低い者は《ステータス》の伸びが悪いので、なかなか現場での活躍が難しい。
潜在的な才覚を数値化したもの。それが適性値といえるだろう。
※よく分からなかったという方は、ポ〇モンの個体値みたいなものだと思っていた
だけるとよいかと思います。雰囲気ぶち壊しで申し訳ないです。ポケ〇ンなんて
詳しくねーよって方も、下手なたとえしか思い浮かばず申し訳ありません。
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