ブラック・スローンズ —横浜迷宮探索隊—
日野いるか
第1章 悪魔の契約
プロローグ 黒瀬壮馬
※2022/4/30 本文17行目に神代凛の容姿に関する描写を追加しました。
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ぽつり、ぽつりと天井から雫が滴る音がする。
薄ぼんやりと光る洞窟の中、男達の履くブーツの音が響く。
ここはとある迷宮の第10層。男達の職業は《探索者》。迷宮探索のエキスパートである。
いつ魔物が襲ってくるとも知れない迷宮の中、誰もが警戒しながら奥へと歩を進めている。
しかしそんな中、男達のリーダーである
(はぁ。今回の任務って正直どうでもいいよね? 金持ち坊ちゃんの迷宮探索ツアーのガイド役って……これほど面倒臭い仕事ってある? さっさと終わらせて妹のところに帰ろう)
壮馬は周りに聞こえない程度にため息を吐いた。
「マスター。ため息、聞こえてますよ」
しかし、壮馬のため息を聞き逃さなかった者がいた。
壮馬は仕方なく言い訳をすることにした。
「いや、しょうがないじゃん。だって……今回の任務はひどすぎるだろ? 金にならんし、仕事もつまらん。ストレスたまるし、やりがいもない。
「はぁ。私もそう思いますけど、少しは反省してください。だいたい、あなたが
「いや、でもさ。
真顔で返答した壮馬を見て、凛は頭痛がした。
重度のシスコン野郎。それがこの黒瀬壮馬という男なのだと、凛は改めて認識する。
彼は今までの人生を妹のために捧げてきていた。
病弱で入院生活をしている妹の治療費を稼ぐために、学生時代は勉学に励み、高校を卒業してからは休みなく危険な迷宮に潜り続け、そして必要とあらば、……自らの手を汚してきた。
すべては妹のために。その献身と依存の混じった心こそ、彼の美徳であり、欠点であると凛は思っていた。
「妹の誕プレに情熱を注ぐのは、客観的にみて気持ち悪いということを除けば許容できますけど、そのせいで私たちまで巻き込まれたことについて何か言うことはないですか?」
「ないね。俺は君らへの好感度を犠牲にして、日葵の好感度を稼いだんだ。何も後悔していない」
「すがすがしいくらいのシスコンですね。普通ならドン引きですよ?」
「凛はどうなんだ?」
「超ドン引きです」
「そうやって毒舌なこと言いながら、なんだかんだいつもサポートしてくれるよな。俺はお前のそういうところ好きだわ。」
「……」
凛はその場で押し黙った。「超ドン引き」の先へ……行ったわけではなかった。
(簡単に「好き」とか言わないでください。……私の決意が揺らぐじゃないですか)
壮馬は「暇つぶしは終わり」とばかりに先へと進んでいく。凛はその後姿を複雑な表情で眺めていた。
と、そこで、部隊の先頭にいた者が手を上げる。それを合図に全員が静かになり、足を止めた。
どうやら魔物を発見したようだ。
『敵、ビッグコボルト5体とビッグコボルトオフィサー1体。前方左手100メートル。曲がり角の先で待機しています』
『よし、スローン2は敵を釣ってこい。スローン3、4、5はゲストを連れて十字路の通路で待機。敵が来たら退路を塞げ。スローン6は俺と十字路の真ん中で待機。敵を屠るぞ』
『『『了解』』』
部隊の仲間が壮馬のハンドサインの指示を見て、各々の配置に向かって行く。
先頭の男が十字路を抜け出して通路を進み、左手の曲がり角に入っていく。
しばらくすると、釣りに行った男がビッグコボルトの群れを引き連れて走りながら戻ってくる。
「ボス! 予定通りです! あとはお願いします!」
「任せろ」
ドドドドという足音を立ててビッグコボルト——大きな二足歩行の犬のような魔物——が突進してくる。
壮馬は両手に双剣を握ると、無造作に構えた。
「えー、ではゲストの皆さん! これからモンスターを実際に狩るところを見ていただきます! 危ないですので、絶対、私たちの傍を離れないでくださいね!」
ゲストを連れた部下たちが、ゲストに説明をしている。しかし、ゲストはいきなり始まった狩りに動揺して説明を聞くどころではない。
ゲストの人達が混乱している間にも、魔物はすごい勢いで十字路に近づいていき、やがて壮馬の20メートル先にまでやってくる。
『マスター! 全スキル充填完了しています! いつでも撃てちゃいますよ!』
『よし、まあ、今回は敵も弱いし、無難に《ソードスラッシュ》で頼むわ。ただし、ゲスト受けするように威力マシマシの奴でよろしく』
『了解しました~!』
陽気な返事をする脳内の声が聞こえると、壮馬の全身が金色に包まれる。
それを確認すると壮馬は一気に踏み込んだ。
その後の現象を一言で表すならば、「全てがバラバラになった」であろう。
ビッグコボルト達は、壮馬の間合いに入った瞬間、手を、足を、胴体を、頭を、バラバラに解体された。その間わずか1秒。鮮やかすぎる解体の手並みに、騒いでいたゲスト達も黙りこくった。
「手ごたえないな。まるで豆腐だな」
それが壮馬の正直な感想である。
「なにカッコつけてるんですか。さっさと魔石を回収してください」
「違う。カッコつけているんじゃない。残心してるんだ」
「残心の使い方間違ってますよ。あなたのは童心っていうんです。いわゆる厨二病ですね」
「ちっ。せっかくゲストにいいところ見せようと思ったのに」
凛はいつものように毒舌を吐きながら、内心では感嘆していた。
(マスターはまた成長しましたね。もはや無能と呼ばれていた過去が嘘のようです。……この人は一体どこまで行くんでしょうね。その最後を私は見届けられるでしょうか?)
ゲストが壮馬を賞賛する。返り血一つ浴びなかった壮馬は、手持無沙汰に他の部下と会話をしつつ、次の敵が来ないか警戒している。
その様子を眺めながら、凛は壮馬と出会ったときのことを思い出してみた。
出会った当初の彼は確かに無能だった。
スキルの一つもロクに使えない最弱無能ないじめられっ子。
それでも、彼はたった一人の家族である妹のために、すべての努力を惜しまなかった。
凛の目の前で、妹のためにすべてを捨てると誓っていた。
思えば、その姿を見たときから、凛は彼に強い興味を持ち始めていたのかもしれない。
そして今も、持ち続けている。自分が彼の興味を決して引けないと分かっていながら。
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