032 家を出る

「おう!」


家を出ると先ほどの刑事が片手で挨拶しながら、突っ立っていた。

「ケッ! 待ってやがったのかい」

「待っていたら、どうだって言うんだ? 嬢ちゃん、こいつに何かされなかったか? しょっ引く理由がちょっとでもあれば、オジサン助かるんだがなあ」

「あるワケねえよ!用が済んだら帰れよ!」

「それはこっちのセリフだ。お前こそ仕事済んだんだろ? さっさと帰りやがれ!」

「だ、大丈夫です。何もされてませんから。お引き取りいただいて結構です」

佳穂が割って入る。

「そうか~? まあそう言うんなら仕方がない。実は、オジサン別に用事できたから、ちょっと困ってたんだ。待ってるって言った手前、動けなくてな」

「んだよ、事件か?」

「お前に答える筋合いはねえ。嬢ちゃん、最近、横浜は物騒だ。気いつけなよ!」

 刑事はくるりと向きを変えると歩きだした。

「一昨日来やがれ!」

 便利屋が毒づいた。どうやら本当に相性が悪いらしい。

 刑事は覆面パトカーに乗り込むと、走り去っていった、

「さて、煩いのもいなくなったし、行くか」

「ど、どこへ向かうんですか?」

「思い当たる場所がある。まだ時間もあるから、そこで作戦会議だ」



  *    *    *

 本牧ふ頭。

 横浜湾の入り口に位置する横浜港最大のふ頭だ。

「……ここ、入っていいんですか?」

 突堤縁を歩きながら佳穂が訊いた。

「知るか!」

 手に持った傘をクルクル回しながら、先を行く便利屋が答える。

――――ということは、入ってはいけない場所なのだろう。

 途中の車止めには進入禁止と書いてあったはずだ。

「あ、あの……。なんでいつも、傘持ってるんですか?」

「雨が降ると困るからだ。濡れるの、嫌いなんだよ」

――――意味がわからない。


 雨なんて降りそうにはない、夕凪のふ頭だ。

 感じるか感じないかほどの微風が頬に気持ち良い──普段なら、そう感じただろう。

 しかし、傾いた日差しに佳穂の緊張感は増してゆく。

 今日の祭礼ゲームが近づいている。


「よし、この辺でいいだろう」

 便利屋は、長い突堤の真ん中あたりで立ち止まった。

「ちょっと待ってろよ」

 スマホで着信履歴を繰り、どこかに電話をかけている。

「おう! 出たか? ちょっと、聞きてぇことがある!

 …………

 は? こっち来るだと!?

 ちょっと待て!

 いや、待ってるヒマなんかねえ!って!

 お、おい!

 …………

 クソッ! 切るなよ!」

 便利屋は悪態をつくと、叩きつけるように通話を切った。

「あんの、クソガキ! 待っている間に日が暮れちまったらどうすんだよ?! 大体、こっちの場所も知らねえクセに!!」

どこに電話をしたのかは分からないが、ブリブリ言って怒っている。


 その時だ。

「………?」

 電話を待つ間、ぼんやりと空を見ていた佳穂の視界に、信じられないものが飛び込んできた。

 それは最初、虚空に浮かんだ点に見えた。

 点はまっすぐ海まで急降下すると、落水寸前で向きを変え、一直線にこちらに向かって飛んでくる。

「………え!?」


「ぉまたせ――――――――!」

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